<h3>1億2800万円の作品『風船と少女』が細断後に20倍の27億円に</h3>
世界各地に出没しては、街角や建物の壁に、社会風刺や政治的メッセージを込めたグラフィティをゲリラ的に描く正体不明のアーティスト、バンクシー。作品を発表するたび話題になるが、彼の作品は一体いかほどなのか。フランス近代絵画や現代アートの作品を中心に取り扱う翠波画廊（東京・京橋）代表の髙橋芳郎さんに聞いた。
&#8217;18年10月にサザビーズロンドンのオークションで起きたシュレッダー事件。このアート史上前代未聞の出来事によって、バンクシーの名は日本でも広く知られることとなった。
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「風に飛ばされるハート型の赤い風船に手を伸ばす少女を描いたバンクシーの『風船と少女』が落札されたと同時に、額縁に仕掛けられたシュレッダーが作動して、作品の下半分が細断されました。その時の落札価格は86万ポンド。当時の日本円にして約1億2800万円です。 
サザビーズは仕掛けを知らなかったと主張しましたが、オークションの前に作品を額から外して状態を検査しますから、気づかないはずがありません。おそらく知っていたでしょう。いずれにしてもこれは、バンクシーがアートの価値を問うために計画したパフォーマンスだろうと思います。 
このシュレッダー事件は世界中で報じられ、大きな話題になりました。それにより&#8217;18、&#8217;19年あたりから、バンクシー作品の価格はさらに高騰するわけです」 
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下半分が細断された「風船と少女」はその後、「愛はごみ箱の中に」と改題され、再びオークションにかけられる。
「&#8217;21年の10月にサザビーズのオークションに出品され、1600万ポンド、日本円にして約27億円で落札されました。86万ポンドだった絵の価格が、およそ20倍に跳ね上がったことになります。この作品が今のところ、バンクシーのオークションレコードですね」
髙橋さんの画廊でもバンクシーの作品を扱っている。価格はどのくらいなのだろう。
「私のところもシュレッダー事件で話題になった頃から取り扱っていますが、日本では、コロナ前でしたら500、600万円で買うことができました。それがコロナ禍でどんどん値上がりし、ちょっとした版画作品でも1000万円近い値段で取り引きされるようになっています」
庶民が迷わず購入できる額ではないが、まったく手が届かない値段でもないか……。
<figure id="attachment_308078" aria-describedby="caption-attachment-308078" style="width: 4817px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="53f38126"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/1_aflo_87787561-1.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308078" class="wp-caption-text">オークション会場で切り刻まれ、世界中で話題を呼んだバンクシーのアイコン的作品「風船と少女」は、その後「愛はごみ箱の中に」に改題</figcaption></figure>
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<h3>ブラッド・ピット元マネージャーとの出会いとアートバブルでさらに飛躍!?</h3>
バンクシーはイギリス西部の港町、ブリストル出身。&#8217;90年代初期からストリートアーティストとして活動を始め、街中の建物の壁などにフリーハンドや、型紙にスプレーを吹きつける「ステンシル」と呼ばれる技法で絵を描いていたらしい。
「バンクシーはやがて、壁に描いた絵をキャンバスやプリント作品にし、&#8217;00年前後から小さな雑貨屋とかレコード店などで売り始めたようです。本で読んだ知識によると作品は1点あたり100ポンドほどだったといいますから、1万6000円ぐらいでしょうか」 
<figure id="attachment_308079" aria-describedby="caption-attachment-308079" style="width: 2563px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d8bde3f2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/2_aflo_153686434.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308079" class="wp-caption-text">警官に向かってテディベアが火炎瓶を投げつける構図の壁画には、権威に対する抵抗の意味が。出身地ブリストルの建物の壁にフリーハンドで描いた初期の作品</figcaption></figure>
ストリートに根差すグラフィティアーティストから、彼はどのようにして世に認知されていったのか。
「画家は一般的に、画商の目に留まり、画廊で作品を発表することによって世に出ます。バンクシーの場合はそうしたプロセスを経ていません。壁に描くというストリートアーティストのスタイルを貫きながら知名度を上げていったアーティストです。 
&#8217;90年代後半からバンクシーにはマネージャーがついていましたが、&#8217;06年に現在マネージャーを務める人物と出会っています。その年、ロサンゼルスでバンクシーの個展が開かれました。ハリウッドスターのブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーも連れ立って会場を訪れ、作品3点を4200万円で購入したと言われています。その時にブラッド・ピットのマネージャーだった女性が、バンクシーの今のマネージャーです」
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&#8217;06年はバンクシーにとって、大きな転機だったと髙橋さんは話す。新たなマネージャーがついて以降、バンクシーがさらに飛躍したからだという。
「&#8217;08年のリーマンショック以前の数年間はアートバブルと言われた時期で、現代アートの値段が世界的に高騰しました。バンクシーの作品も然りです。&#8217;00年頃に彼の絵を100ポンドで買った人が、&#8217;07年にオークションに出品したところ、2400ポンドの値がついたといいます。このアートバブルの頃からバンクシーは世界的に注目され始め、作品がオークションで取引されるようになるんです」 
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<figure id="attachment_308080" aria-describedby="caption-attachment-308080" style="width: 1700px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="081d9372"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/3_aflo_234041.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308080" class="wp-caption-text">ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーがバンクシーの個展で作品を3点買い上げたことを世界のメディアが報道</figcaption></figure>
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<h3>「バンクシーは間違いなく美術史に名を刻むアーティストの一人になる」</h3>
バンクシーは&#8217;08年、自身の作品の公式認証機関「ペストコントロール」を自ら設立する。ちなみにペストコントロールとは、害獣駆除という意味。皮肉めいた言葉遊びが、いかにもバンクシーらしい。
「アートバブルの頃からバンクシーの偽物の売買が横行したため、ペストコントロール発行のCOAと呼ぶ証明書を自分の作品につけて保証することにしたようです。ただ、建物の壁などに描くストリートアートには、COAを発行していません」
だが、バンクシーは自分が描いたストリートアートについても、本物であることを別の方法で証明している。 
「ある時期から、自分が描いた壁画の画像をインスタグラムに投稿するようになったんです。そうすることで、本物だとアピールしているわけです」 
<figure id="attachment_308081" aria-describedby="caption-attachment-308081" style="width: 5631px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="93bd83c6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/4_aflo_203655750.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308081" class="wp-caption-text">ウクライナの街で爆撃によって崩れた建物の壁に残した絵。ウクライナでの壁画制作の動画をバンクシーはインスタグラムで公開している</figcaption></figure>
バンクシーは昨年11月にウクライナの首都キーウ近郊に7つの作品を残し、直近では3月にイギリス南東部の廃墟に新作を描いており、いずれもインスタグラムに投稿している。
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「壁に描いた絵にペストコントロールの証明書を発行しないのは、その壁画に商業的価値を持たせないためでもあるでしょう。建物の絵を誰が描いたかわかったとたん、販売目的で壁を剥がしたり壊したりする人が現れる。だから、不法取引を防ぐためにペストコントロールによる承認はしないということだと思います。 
ストリートアーティストにとって商業的成功はむしろ失敗だと、バンクシーは考えているんじゃないでしょうか。間接的に聞く限りにおいては、自分の作品が経済的価値を持つことを望んでいない気がします」 
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<a href="#" data-ident_hash="c1e344a8"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/5-1_aflo_203737200.jpg" alt=""></a>
<figure id="attachment_308083" aria-describedby="caption-attachment-308083" style="width: 3922px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="2fd1d202"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/5-2_aflo_205415375.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308083" class="wp-caption-text">キーウ近郊のホストメリでバンクシーの絵が描かれた建物の壁がはぎ取られ、27～60歳の男女8人が拘束されたとウクライナのメディアが報じた</figcaption></figure>
話題づくりやSNSの活用など、プロモーションのうまさを感じさせるバンクシーだが、商業的成功は眼中にないということか。 
「バンクシーの魅力はやはり、権力や戦争、過度な資本主義などに対する批判や風刺をこめた作品の強いメッセージ性です。自身のメッセージをしっかり伝えていこうとする一貫した姿勢が、プロモーションのうまさにもつながっていると思いますね」
バンクシーは現代美術史に名を残すアーティストの一人――髙橋さんはそう評価する。
「アートの経済的価値は、その作品を誰が描いたかで決まります。たとえば、キャンベルスープ缶の絵は、アンディ・ウォーホルが描いた作品だから経済的価値を持つわけです。 
ところが、バンクシーは覆面アーティストであり続け、未だに素性を明かさず謎に包まれたまま。自分を表に出さないことによって、作家個人と結びつく経済的価値を否定しているんです。 
パブロ・ピカソやアンディ・ウォーホルがそうであったように、バンクシーも既存のアートのあり方にアンチテーゼを唱え、新たな価値を独自に作り上げています。現代アートの中で、彼は間違いなく美術史に名を刻むアーティストの一人になるでしょうね」
髙橋芳郎（たかはし・よしろう）株式会社ブリュッケ代表取締役、翠波画廊オーナー。1961年、愛媛県生まれ。’83年、多摩美術大学彫刻科卒業。’90年に株式会社ブリュッケを設立し、翠波画廊をオープン。エコール・ド・パリの作家から現代アーティストまで幅広く取り扱う。著書に『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画』（幻冬舎）、『アートに学ぶ6つの「ビジネス法則」』（サンライズパブリッシング）、『画商が読み解く西洋アートのビジネス史』（ディスカヴァー・トゥエンティワン）がある。
<figure id="attachment_308084" aria-describedby="caption-attachment-308084" style="width: 1910px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="04ef7e51"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/6_aflo_56338617.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308084" class="wp-caption-text">&#8217;05年イギリス・ロンドンで撮影された「バンクシー本人」 ロビン・ガニンガム（ロビン・バンクス）とされる人物（PHOTO：Shutterstock/アフロ）</figcaption></figure>

斉藤さゆり

アフロ

正体不明のアーティスト「バンクシー」。作品を発表するたび話題になるが、彼の作品は一体いかほどなのか。フランス近代絵画や現代アートの作品を中心に取り扱う翠波画廊代表の髙橋芳郎さんに聞いた。

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