1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。ジェイ・ビー・シー（株）広報部所属

林 壮一

<figure id="attachment_311019" aria-describedby="caption-attachment-311019" style="width: 1077px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="747fa98e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0976.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-311019" class="wp-caption-text">鋭い視線でサンドバッグを打つ中谷。集中力の高さは世界チャンピオンの中でもトップクラスだ</figcaption></figure>
5月20日に、アンドリュー・モロニーとのWBOスーパーフライ級王座決定戦を控えた中谷潤人(25)。デビュー以来、24戦全勝18KOと順調に白星を重ねてきた。中谷にとって、今回は2階級制覇を懸けた一戦となる。
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本来なら指名挑戦者として、同タイトルを保持していた井岡一翔(34)と対峙する筈だったが、井岡は中谷を回避し、ベルトを返上。昨年末に引き分けた相手とのリターンマッチを選択した。この発表を受けた折、ボクシング界では「勝ち目の薄い井岡が逃げた」という声が上がった。井岡―中谷戦が行われていれば、確かに中谷が勝利していたであろう。
15歳で単身渡米し、本場のボクシングを習得した中谷。その頃から指導するルディ・ヘルナンデス(60)は言う。
「イオカ戦は十二分に勝算があったね。対戦相手に決まったアンドリュー・モロニーは、インファイトもアウトボクシングもできる頑強なファイターだ。とはいえ、ジュントが負ける要素は見当たらない。彼は、いつもベストコンディションで試合に臨むことができる」
ルディは、実弟の故ジェナロを名チャンピオンに育て上げ、竹原慎二、畑山隆則、伊藤雅雪などを指導した過去を持つ。10年の歳月を共有してきた参謀は、中谷の能力に太鼓判を押す。
「ジュントは今までにコーチした選手の中でナンバーワンだ。私の弟も偉大なチャンピオンだったが、ジュントの方が上だな。才能に加え、常に貪欲に学ぼうとする姿勢がある。彼は最高の選手になるためのトレーニングをしている。4階級を制するのは当然。うまくいけば、6階級も狙えるよ」
中谷と出会う前のルディの最高傑作、ジェナロはWBA、WBCでスーパーフェザー級タイトルを獲得し、それぞれ8度、3度と防衛に成功した。スタイリッシュな技巧派で、打たせないボクシングを身上とした。ラストマッチの相手は、当時21歳だったフロイド・メイウェザー・ジュニアで、32歳のジェナロは世代交代を告げられての敗北だった。
手足が長く、無駄な動きの無いテクニシャン、中谷と、ジェナロのボクシングは共通点が多い。そのことを中谷に質すと、「よく映像を見ています」と答えた。
モロニー戦に向け3月29日にロスアンジェルス入りし、ルディの下でキャンプを張ってきた。師の言葉通り、今回も順調な調整だったと中谷は話した。
「スーパーフライ級になったことで、体重を落とす過程は楽になった部分があります。でも、減量の最後はやっぱり辛いですよ。まだ背が伸びているみたいですし……」
穏やかな口調ながら、自信とプライドを覗（のぞ）かせる。15歳の頃から目の前のことを一つ一つ丁寧に、かつ確実にこなし、異国の地で孤独に耐えながら培った鋼の精神力を持つ中谷。だからこそ、彼に大言壮語は必要無く、どんな時も謙虚さを忘れない。
「今回のキャンプでのスパーリングはトータルで209ラウンドになりました。12回フルのスパーも2回組まれました。だいたい平均して、毎日20ラウンドくらいのトレーニングでした」
<figure id="attachment_311021" aria-describedby="caption-attachment-311021" style="width: 1151px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="cb74d5d3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0973.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-311021" class="wp-caption-text">ルディ（右）の愛情溢れる熱のこもった指導が、中谷を伸ばした</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="サウスポーに「右構えで戦え！」"></div>
昨年11月に催されたスーパーフライ級転向第1戦で、中谷は判定勝ちを収めた。ルディはその一戦に向けた2ヵ月強のキャンプで、サウスポーである中谷にオーソドックス（右構え）で動けと命じた。サウスポーでなら華麗なボクシングを展開する中谷だが、急造の右構えはぎこちなく、スパーリングでは何発も被弾した。
「僕はルディを全面的に信頼していますから、疑問を感じることなどありません。『やれ』と言われたら、とことんやって身に付けるだけです」
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オーソドックスでの練習期間を終え、モロニー戦を見据えた今回のキャンプでは本来のサウスポーで汗を流した。
<figure id="attachment_311020" aria-describedby="caption-attachment-311020" style="width: 1162px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="cc004d94"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0977.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-311020" class="wp-caption-text">今回のキャンプは、本来のサウスポーでメニューをこなした</figcaption></figure>
「リングで相手にプレッシャーをかける際、オーソドックスで追い詰めた方が速い場面があります。そんな時も、よく動けるんですよ。スパーリングでそれを実感しました。『ルディが教えたかったのはこういうことか』と、分かってきました。自分の武器を増やす、選択肢を一つ加えるための練習だったんだなと。あれだけのラウンドをこなしましたから、オーソドックスにした時のバランスも崩れないようになりました」
モロニー戦に向け、ルディが課題として挙げたのは「手数」と「ガード」。非常にシンプルな内容だが、毎日、口を酸っぱくして、その重要性を中谷に説いた。世界2階級を狙う今だからこそ、基本の尊さを語るのだ。
「モロニーは運動量の多い選手です。ルディからは、『ジャブを顔だけではなく、胸にも打ち分けろ』とアドバイスされます。自分の距離で戦うことが鍵になるでしょう。月、水、金、土と週に4回のスパーで、一日に10ラウンドはやってきましたね。火、木は、全力でのシャドウボクシングを12ラウンド。これまたキツいメニューでした。日本のGW明けから、追い込みメニューとして12ラウンド、フルのスパーをこなしました。とにかくボクシングに集中できる環境なので、伸び伸びやらせてもらっています。また、複数の世界ランカーがスパーリングパートナーを務めてくれるので、本当に勉強になります」
<figure id="attachment_311022" aria-describedby="caption-attachment-311022" style="width: 1110px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="621842c9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0979.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-311022" class="wp-caption-text">パートナーに恵まれ、内容の濃いキャンプを終えて決戦の地、ラスベガスへ</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="100パーセントの信頼"></div>
ルディと中谷の絆は固い。中学卒業後にルディを訪ね、アメリカでの生活を始めた頃の中谷は、「自分のパフォーマンスが悪ければ、ルディに見限られてしまうのではないか」といった恐怖に苛まれていた。しかし、今や最大限の評価を得る選手となった。
「毎回、『一つでも多く吸収しよう』と感じますね。ルディの言ったことに全力で取り組むのが仕事です。何の疑いも無く、身を任せられる人です。100パーセント信頼しているので、何を言われても、彼のメニューに取り組む気持ちがありますよ。仮に戸惑いを覚えても、必死でこなすだけです。そうしていくうちに体に染み込むんです。ルディは厳しいけれどユーモアがあって、毎日が刺激的です」
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今回のキャンプ中のスパーリングでのことだ、突然ルディから「次のラウンドはガードを下げろ。ボディワークだけで相手のパンチを躱（かわ）せ。もし、ガードを上げたら、腕立て伏せの罰を課すぞ」なる指示が下った。ボディワークでのディフェンス力を磨くと共に、ガードの有効性を味わわせるためだった。
「そういうのが楽しいんですよね。ルディと僕の関係は、けっして上意下達ではなく、がんじがらめということも無い。練習はハードですが、本当に充実した日々ですし、自分の成長を感じることが出来ます」
<figure id="attachment_311023" aria-describedby="caption-attachment-311023" style="width: 1155px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e407583f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0972.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-311023" class="wp-caption-text">今回の独占インタビューは、オンラインで行われた。一つ一つの言葉から、彼の人柄が伝わってきた</figcaption></figure>
さて、モロニー戦の会場となるネバダ州ラスベガス、MGMグラウンドガーデン・アリーナは、ジョージ・フォアマン、マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、マニー・パッキャオなどの拳豪たちが熱戦を繰り広げてきた場所である。
「そんなアリーナで2階級を狙うチャンスを与えられたわけですから、本当に光栄です。日本人にはなかなか無い機会ですよね。僕は今後アメリカで活躍したいので、きちんとアピールしたいと考えています。アメリカのファンは目が肥えていますし、自分自身もその舞台を楽しみたいです」
最後に、20日の展望を訊ねた。
「自分の長いリーチを生かして、しっかり距離をとっていきたいです。相手はタフですから、こちらから仕掛けるアクションを増やして、ノックアウトしたいですね。11月のスーパーフライ級第1戦の反省点は沢山ありますが、クリンチワークが勉強になりました。クリンチを多用してくる選手でもしっかり対応し、自分のペースを貫けるように戦います」
MGMグラウンドガーデン・アリーナは、1万6000人強を収容する。世界中で最もボクシング熱が高いラスベガスで、中谷潤人は2本目の世界タイトル獲得を目指す。本場の関係者やファンの胸を焦がす、熱いファイトを期待したい。

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

中谷龍人

日本人で初めて6階級制覇が見込める男、中谷潤人の２階級目となるタイトルマッチが5月20日に迫っている。15歳で単身渡米した彼を「ネクストモンスター」に育てた名伯楽との絆秘話

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