<figure id="attachment_312965" aria-describedby="caption-attachment-312965" style="width: 1169px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a9bc5cea"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_1036.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-312965" class="wp-caption-text">ボクシング史に刻まれる名ファイトが生まれたMGMグランドガーデン。中谷潤人の2階級制覇の地として申し分のないアリーナだった</figcaption></figure>
「潤人がこんな風に全身で喜びを表すのは初めてだ。幼い頃からの夢を、良い形で実現させたな……」
リングサイドで息子の戦いを見詰めていた中谷澄人氏（47）は、勝利を収めて拳を突き上げながらリングを駆ける新WBOスーパーフライ級チャンピオンを目にしながら、そう感じた。
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澄人氏は試合3日前に夫人と共にラスベガスに入り、2階級制覇を目指す長男、そしてマネージャーとして兄をサポートする次男と合流した。潤人が前日計量をパスした後、4名は久しぶりに家族で食事を摂った。常に淡々としている潤人以上に、父親の方が緊張していた。
ゴングまで数時間となった折、対戦相手のアンドリュー・モロニーがスパーリングパートナーとして雇い入れた選手が、前日の試合でKO負けしたという情報が入る。
「長身のサウスポーである点は共通しているかもしれないが、技術、スピード、パンチ力は比較にならず、『仮想・中谷潤人』としては力不足。モロニー陣営は準備段階で誤算が生じている」
そんな言葉を耳にした澄人氏は、少し落ち着きを取り戻す。とはいえ、「良い結果を出してほしい」「ケガをしないでほしい」という親心で体が固くなった。
だが、ジョージ・フォアマン、マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、マニー・パッキャオなどの拳豪たちが熱戦を繰り広げたMGMグランドガーデン・アリーナに登場した中谷潤人に気負いは無かった。
WBOスーパーフライ級新チャンピオンは振り返る。
「数々の名ファイトが行われてきた場所で戦えるなんて、最高だなと。小さい頃から、TVの画面で見てきたリングで、自分も試合をやるんだなと思うと感慨深いものがありましたし、いざ、キャンバスを踏むと、楽しさを覚えました」
<div data-friday-nextpage-lead="ベガスでのタイトルマッチを「楽しめた」理由"></div>
WBOフライ級王座を2度防衛した中谷は、昨年11月にスーパーフライ級でのチューンナップ戦を一つこなし、この日を迎えた。モロニー戦に向けて3月末より、米国カリフォルニア州ロスアンジェルスでキャンプを張った。世界ランカーを中心にこなしたスパーリング数は209ラウンド。やるべきことをやったからこそ、彼は檜舞台を楽しむことが出来たのだ。WBOフライ級タイトル初防衛戦もアリゾナ州ツーソンが会場となったが、ボクシングのメッカ、ラスベガスはファンの目がより肥えていた。
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「自分のパンチが当たると、その瞬間に観客席が湧くんですよ。また、リングがライトアップされていて、場内が見渡せました。リングサイドにいた両親の顔も、ハッキリと捉えられましたね。わざわざ日本から応援に来てくれたんだし、いい試合を見せたい、それが親孝行だなと改めて感じました」
<figure id="attachment_312975" aria-describedby="caption-attachment-312975" style="width: 6062px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="81547f23"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/aflo_219073014.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-312975" class="wp-caption-text">最終ラウンド、身体に染み付かせたカウンターの左フックが火を吹いた（撮影：ＡＰ／アフロ）</figcaption></figure>
モロニーは、双子の兄であるジェイソンが1週間前にWBOバンタム級王座に就いていた。
「“兄弟で世界チャンピオンになるんだ”と、強い気持ちでくることを予想していました。その通り、ファーストラウンドからグイグイ出てきましたね」
中谷は鋭いジャブを的確にヒットさせ、かつステップワークでモロニーの前進を捌く。そして、2ラウンドにはダブルの左アッパーから右アッパーを顎にヒットし、ダウンを奪う。
「流れの中でちょっと足の位置を変えて、相手が入ってくるところに合わせる練習を繰り返していました。ジャブを多く出していくのも、テーマでした。それは作戦通りに出来ましたね」
上々の立ち上がりだった中谷だが、翌3ラウンドにモロニーの頭突きを喰らって左目の上をカットする。鮮血が滴り落ちた。
「ちょっと左目に血が入りましたが、擦れば見えました。そのあたりは、ルディに任せました」
中谷を15歳から指導するトレーナーのルディ・ヘルナンデスは、カットマンとしても名を馳せる。とはいえ、5、6、7回はモロニーの接近戦に付き合い、押されるシーンも何度かあった。
「モロニーは頑強でしたし、プレッシャーを強めて僕の傷口を狙い、またバッティングしてきました。くっついた時にサイドに回れという指示がセコンドから出ました。モロニーはかなり手を出しましたから、向こうがポイントを取ったのかな…」
8ラウンド開始前、ルディは、「いいアッパーは打てているぞ」と声を掛け、かつ「打って離れて、また打っては離れること」を意識させる。
「ジャブを当てたら、ちょっと距離を取ってサイドに回るようにしたんです。すると、だんだんリズムが戻ってきました。モロニーは疲労の色が濃かったので、強いパンチを入れれば倒れるだろうという感覚で戦っていました。
モロニーのバッティングを警戒して、パンチを出していない方の拳をおでこに置く練習を重ねていたのに、本番では頭でブロックしてしまった。そこは反省しています」
<div data-friday-nextpage-lead="敢えて倒しに行った12ラウンド"></div>
ペースを奪い返した中谷は、11ラウンドに左ストレートで2度目のダウンを奪う。最終の12ラウンドは、無理に打ち合わなくても勝利は動かなかった。それでも敢えて倒しに行く。
このラウンド前のインターバルでルディが語ったのは、「左右にステップして、モロニーの正面に立つな」のみだった。
第12ラウンド2分39秒、中谷はドンピシャのタイミングでカウンターの左フックをヒット。次の瞬間、モロニーはリング上で大の字になり、しばらく動けなかった。
<figure id="attachment_312978" aria-describedby="caption-attachment-312978" style="width: 7071px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="07102ddb"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/aflo_219073016.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-312978" class="wp-caption-text">25戦目にして初めて、全身で喜びを爆発させた中谷潤人（撮影：ＡＰ／アフロ）</figcaption></figure>
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「やっぱりきちんと仕留めたい、という気持ちでした。今後、本格的にアメリカでやっていきたいですし、自分をアピールしたかったので。
左フックを正面から入れる一発でしたよ。衝撃があったので、あ、倒せたな、と思いました。スパーで、タイミングの取り方を学んでいたんです。ですが、僕はああいう形で勝つスタイルではない。手数で圧倒して、相手が嫌がって倒れるみたいなパターンが多いんですよ。スッキリ倒せたのが気持ち良くて、本当に嬉しかったです」
ルディも「良い仕事だったな」と相好を崩した。中谷を10年以上指導するトレーナーは言う。
「ポイントを失った5～7回も、至近距離から技ありのアッパーを何度か当て、適応能力の高さを見せた。乗り切った後は、彼のリーチを生かすべく『距離を取れ』『ジャブを出せ』『チャンスだと思ったらアッパーだぞ』と告げたんだ。会心の勝利だね。私も心から幸せを感じている。
私はジュントの良さを最大限に発揮出来るのは、バンタム級でだと考えている。まだまだ伸びる選手だよ。更に上に行くために、もっとパワーをつけて手数を増やすこと。そして、距離の取り方をマスターさせたいね」
<figure id="attachment_313043" aria-describedby="caption-attachment-313043" style="width: 1155px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="06a3d9e6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_0974.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-313043" class="wp-caption-text">ルディ（左）との二人三脚はまだまだ続く</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="名伯楽と「2倍」スパーリング"></div>
<figure id="attachment_312981" aria-describedby="caption-attachment-312981" style="width: 1169px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="82484ae7"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_1037.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-312981" class="wp-caption-text">試合後、モロニ―と健闘を称え合い、記念撮影</figcaption></figure>
中谷は常々、自分がここまで来られたのはルディの存在があってこそだと話すが、中学卒業後に出会った日から、迷わず、師の教えを守ってきた。200ラウンドを超えるスパーリングは、世界戦を控えた日本人チャンピオンの2倍近い数だ。それをこなせるだけの肉体と精神力を、中谷は養ってきた。
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試合終了のゴングまで21秒という局面で、獲物を仕留める強靭なメンタルは、10年の月日をかけ、ボクシングの本場で磨かれたものである。中学3年次の進路を決める時期、中谷は父親に「高校へは進学しない。プロボクサーとして成功するために渡米させてほしい」と頼んだ。お好み焼き店を経営しながら「人と違うことをやりなさい」と躾（しつけ）た澄人氏だが、流石に戸惑ったという。それでも、男が決めた道だと、全力でサポートすることを決める。
「チャンピオンなら誰でもいいです」
次戦で希望する相手を訊ねると、WBC同級王者の名を挙げながらも、中谷はそう繋げた。
自らが掲げた目標を一心不乱に追い続けてきたWBOスーパーフライ級チャンピオン。彼はまた一つ、夢を成し遂げた。が、これがゴールではない。もっと大きな花を咲かせられるに違いない。
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<figure id="attachment_312984" aria-describedby="caption-attachment-312984" style="width: 1169px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1a5a5dde"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_1038.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-312984" class="wp-caption-text">ラスベガスのファンは、今回のKO劇で嫌でも中谷の名前を覚えることになった</figcaption></figure>
<figure id="attachment_313042" aria-describedby="caption-attachment-313042" style="width: 1169px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="11da6d6a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/05/IMG_1042.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-313042" class="wp-caption-text">家族全員でチャンピオンを支える。試合後は数日間、ラスベガスでオフを満喫した</figcaption></figure>

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

中谷龍人

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