「女性性器切除」の暴虐から逃げた女性は「難民」では…? 入管法改悪で切り捨てられる「命」の行方
「この傷は、14歳で家から脱出したときに窓ガラスで切ったときのものです」
エリザベスさんはそう言って、足首に残る傷跡を見せてくれた。ナイジェリア出身の彼女は、母国に残る「女性性器切除」の風習を逃れて、日本にやってきた。
「私の国では今も、女性性器の切除が行われています。病院ではなく家で、医師ではなく地域の年配女性が『施術』をします。麻酔もなく、泣き叫びながら施術を受ける女の子を何人も見ました。いとこがふたり、この施術の後に死にました。早い子は赤ちゃんのうちに、わけのわからないまま施術を受けます。私の地域では、遅くても14〜15歳までに施術されます」
親類の女の子や学校の同級生たちが「施術」をされるなか、エリザベスさんの母親は、娘を守ろうとした。
「母自身が幼い時に施術を受けていて、その後遺症に苦しんでいました。私は一人っ子です。母は妊娠するたびに流産を繰り返し、無事に生まれたのは私ひとりだったんです。
私が14歳になって、いよいよ守りきれなくなったとき、自分が受けた苦しみを味わわせたくない一心で、母は私を逃がしてくれました」
女性性器切除(female genital mutilation=FGM)とは、アフリカや中東、アジアの一部の国々で行われている慣習で、①クリトリスの一部、または全部を切り取る、②小陰唇の一部または全部を切除、③膣の入り口を縫い合わせて接合、という3つのタイプがある(WHO=世界保健機構)。
WHOは「FGMに医学的正当性はまったくない」と指摘している。が、「世界30カ国の少なくとも2億人の女性がFGMを経験している」(ユニセフ調査(2016). FGM: A Global Concern)という。
国や地域によってさまざまな方法、背景があり、公に語られることが少ないため現状把握は難しいものの、今も密かに「文化・伝統」として続けられているのだ。
「FGMを受けていない女性は伝統に反しているとされます。私の家は地元の旧家で、伝統を重んじる父のもと、切除の施術は当然のこととされていました。でも、私は嫌だった、怖かった。だから、家出をしました」
エリザベスさんは、ナイジェリア国内を転々とした後、’91年、24歳のときに日本にやってきた。以来、印刷工場やクリーニング店などで働いていたという。
「’95年に、母に一目会いたくてナイジェリアに向かいましたが、空港に着いて親類に電話をしたら『危ないから帰ってこないほうがいい』と言われて引き返しました。FGMから逃げた私は一族の恥なので、見つかればひどい目にあわされる、と」
最愛の母の最期にも会えなかったが、体と命を守るために自分を逃してくれた母のことを忘れたことはない。
‘12年に「難民認定」を申請、不認定となり、入管施設に収容されたこともある。現在は「仮放免許可」を受けて茨城県に在住、2度目の難民申請の手続き中だ。
「仮放免者は、仕事をすることが禁止されています。私は今、各地の入管施設を訪れて、収容者を励ましています。クリスチャンの私にとって、困っている人に神様の力を送ることが『仕事』なんです」
エリザベスさんの難民申請は根深い因習が背景にあり、その判定はとても困難だ。今国会で審議されている「入管法改定」には、そういった観点からも反対の声が上がっている。
外国人を差別する政府は、日本人にも冷たい
入管法「改悪」に反対する声は日に日に大きくなっている。連休最終日の5月7日には高円寺で、デモの集合場所となった公園に続々と人が集まっていた。雨足が強まるなか、公園に入りきれない人が駅の近くまで歩道を埋めた。
「デモに参加するのは初めてです。Twitterで、日本にいる外国人の置かれた現状を知って、共感しました。この人たちが受けている仕打ちはいつか日本人にも行われるのでは、という危機感もあります」(都内在住の男性)
この日は、名古屋入管で命を落としたスリランカ人女性・ウィシュマさんの妹らも参加してデモを歩いた。土砂降りの雨のなか、デモ参加者は3000人に上ったという。その後、大阪や名古屋、福岡など、全国各地で「入管法反対」の声が上がっている。
「報道はきわめて少ないですけれども、国会前の集会や渋谷デモと参加者がどんどん増えて、先週末には7000人という規模になっています。入管法を外国人の問題として見過ごしていいのか、という声が高まっている。貧困が広がっている社会で、困っている人を助けるのが政府の役割でしょう」(集会を呼びかけた反貧困ネットワーク・瀬戸大作さん)
「不法滞在」とされ、収容されていた入管施設で、’07年以降少なくとも18人が命を落とした。難民申請を判断する難民審査参与員は110人以上いるが業務に偏りがあり、もっとも多く手がける参与員は1日に40件を審査、1件あたりの審査時間は「12分」しかない。そのなかで、女性性器切除のような伝統的背景や、各国の政治事情、民族間の歴史的確執など複雑で多岐にわたる外国人の申請を適切に判断できるのだろうか。人の命を扱う仕事は、とてつもなく重い。
圧倒的権力を持つ岸田文雄政権には、力をもって強行に採決するのではなく、市民の声を聞いて議論を深め、偏りのない判断をすることが求められている。問われているのは、人間全般に対する「命の意識」なのだから。


