下位クラスのトイレは粗末な和式、げん担ぎに親へ断酒要求…加熱する中学受験ブーム「教育虐待」実態
ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!
首都圏を中心に、「第3次中学受験ブーム」と呼ばれる波が押し寄せる中で、過度な勉強で心を病み、自ら命を絶つ子供が毎年一定数いる。
現在、未成年の自殺は過去最多を記録しており、警視庁によれば、その原因の1位が「学業不振」(83人)、2位が「進路に関する悩み」(60人)と、いずれも勉強に関するものだ。実際、社会の受験熱が高まれば、それに伴って子供を取り巻く環境は厳しいものとなっていく。
東京都の某小学校は中学受験者が全体の8割に及ぶ。この学校では、小学6年になると給食の食べ残しが急増するという。
なぜか。進学塾や家庭から「受験勉強に集中できないから、食事は腹6分目、7分目にするように」と言われている生徒が増えるからだそうだ。給食が一番の楽しみな育ち盛りの子に、大人たちが食事制限を呼び掛けているのだ。
そんな中、メンタルクリニックの中には、「受験うつ」の治療に取り組んでいるところも出てきている。クリニックの待合室には、行き過ぎた受験勉強で心を病んだ子供たちが青い顔をして座り込む。
塾の先生が「このままじゃ人生が終わる」と脅迫

――毎日子供部屋に親が張り付いて、午前3時まで勉強させている。
――テストの点数が1点落ちただけで、塾の先生に三者面談に呼ばれ「このままじゃ人生が終わる」と脅された。
――親から「受験のために借金までした。これで落ちたら、みんなで死ぬしかない」と言われた。
診察室からは、子供たちのそんな悲痛な声が聞こえてくる。
私は近著『教育虐待――子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)で、現代の受験戦争に見えるゆがみを家庭、進学塾、事件、歴史、医学など様々な面から描いた。本稿では、本書の中から暴走した進学塾や家庭の教育熱と、そこで子供たちが直面している現実について紹介したい。

近年の中学受験業界では、「受験勉強は小4からスタート」というのが常識だ。それくらいの年齢から進学塾に通って、学習を先取りするだけでなく、中学受験の特殊な知識を身につけなければ間に合わないとされているのだ。
進学塾の説明会や面談では、あらゆる言葉を駆使して親の危機感をあおる。
「今すぐ始めなければ、もう手遅れになってしまいます!」「親が子供の将来を想ってどこまで熱意を持てるかがすべてを決めるのです!」「小学生でがんばれない子は、大人になってもがんばれません!」
昔からお受験ブームはあったが、少子化が進んだ近年は、進学塾側の生徒集めに拍車がかかっている。マニュアル化された方法で親の不安を増幅させたり、子供たちを未就学児の段階から「知育→受験」のレールに乗せたりする。
上位クラスはリッチなホテル
親は受験熱に心を奪われると、感覚が麻痺し、何が行き過ぎた教育なのかがわからなくなる。部外者にとっては異常なことでも、渦中にいる親子だけが普通のこととして受け入れてしまうのだ。
本書の取材で私が塾側の明らかな「やり過ぎ」と思った例を紹介する。
・トイレや合宿の宿泊施設に差をつける
進学塾では、テストの成績に応じてクラスが決められているのが一般的だ。だが、進学塾の中には、首をかしげるような差別を行っているところもある。
ある進学塾では、クラスによって生徒が使用できるトイレを分けている。上位のクラスは最新のきれいなトイレが使え、下位のクラスは古い和式のトイレしか使えないと決まっているのだ。
また、夏休み等の合宿の宿泊施設や食事に違いをつけるところもあった。上位クラスはリッチなホテルに泊まれるのだが、下位クラスは宿泊施設も食事もお菓子もすべて粗末なものとなっている。
学習塾にしてみれば「差をつけることでやる気を起こさせる」ということなのだろう。だが、これは教育という名の下で行われている不健全な差別だ。成績上位の子供たちに優越感を与えるかもしれないが、そうでない子供たちには劣等感を植えつける。

・講師が下位のクラスを徹底的に貶める
授業中や面談の中で、講師は様々な言葉を使って下位クラスを馬鹿にするようなことを言う。
「下のクラスに落ちたら、人生終わるぞ」「負け組のクラスで勉強して何の意味があるのか」「勉強しなければ、ああいう連中(下位クラスの子供)と同じになるぞ」などだ。
子供たちは日常的にこうした言葉を尊敬する大人から聞かされているので、下位のクラスを見下すようになる。中には、「あいつらは自分より劣っており、将来社会でまともに生きていけない人間なのだ」と考える子供も出てくる。
取材の最中、こうした子供たちが下位クラスの子供たちをいじめるようになったという事例を何度も聞いた。大人たちのすり込みによって起きたいじめといえるだろう。
塾があおる競争がトラウマに

勉強をさせるために、学習塾が子供の競争心をあおることはしかたのないことなのかもしれない。
しかし今回示したように、それがエスカレートすれば、差別のようなことが行われる場合がある。これによって子供が一生心に残る傷を負ったり、いじめのトラウマを背負ったりすることは許されるべきではない。いくら受験という大義があったとしても、それは人権侵害以外のなにものでもない。
進学塾のこうした逸脱した行為は、子供だけでなく、親にも向けられる。受験勉強を続けるか否か、月謝を払うか否かの決定権は、親が握っていることが大半だ。そういう意味では、親をいかに取り込むかが重要になってくる。
取材中に出会った事例を紹介しよう。
・家族に極端な協力を要求する
ある進学塾は「家族の協力なしには合格は勝ち取れない」と必要以上に強調し、家族に次に述べるような極端なサポートを要求する。
「親に受験が終わるまで断酒や髪を切らないなどのげん担ぎを要求」「家庭学習しているかどうかの確認のために画像で証拠を提出させる」「家でのテレビやスマホはすべてイヤホンで視聴、きょうだいの私語は禁止」「脳に悪いものを食べさせないために献立を確認」……。
ここまでくると管理どころか、支配である。
・成績に応じた経済負担
一般的には、進学塾の月謝は成績上位クラスでも、下位クラスでも同額である。しかし、ある進学塾は「下位になればなるほど勉強が必要」として授業時間を延ばす、テキストを過剰に買わせるなどして月謝を増やすところがある(一方でトップクラスの生徒は特待生として無料にする)。
また、成績が少しでも落ちたら、即座に親子面談を開き、系列の家庭教師を雇ったり、有料の補講を受けさせたりすることを勧める場合もある。これによって、親の支払う教育費を膨らませる。
げん担ぎや食事の監視に効果があるとは思えないし、月謝に差をつけるのは差別とも捉えられかねない。
なぜ、こうしたことが行われているのか。
関係者によれば、親に精神的、経済的なプレッシャーをかけることで、精神的に追いつめるのが目的だという。
親は気がついた時には、「ここまでやったんだから、もう今さら引き返せない」とか「何が何でも子供を合格させなければならない」と思い込むようになる。一度そうなると、親は進学塾の思う通りにあやつられてしまう。
このような中で、親は自分を見失い、過剰なほど子供に対して勉強を強いることがある。それがエスカレートした場合に起こるのが「教育虐待」だ。
教育虐待とは、親が教育を名目にして行う違法な身体的、心理的な暴力行為だ。受験の異様な空気の中で、冷静さを失い、子供のためと言いながら、子供の体や心を傷つけるのである。
では、教育虐待のおぞましい実態とはどのようなものなのか。【後編:中学受験でうつ病に「子供を心身で追いつめる加熱親」の戦慄言動】では、勉強部屋という密室で親が子供にする過剰な教育を克明に記したい。
取材・文:石井光太
'77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。