乙武洋匡氏が「感動ポルノ」打破に期待する漫画『ブレードガール』
骨肉腫で片足を失った女子高生、鈴が競技用義足・ブレードと出会い、人生が大きく変わり始める青春パラスポーツ漫画『ブレードガール 片脚のランナー』――。自身も両足に義足を装着する「義足プロジェクト」を開始した乙武洋匡氏が、障害者の「感動ポルノ」を考察する。

数年前から「感動ポルノ」という言葉が流布するようになった。これは、自身も障害者であるオーストラリアのジャーナリスト、ステラ・ヤングが、2012年に書いた「私たちはあなたの感動のために居るんじゃない」という記事内で使い、そこから広まった言葉だ。日本では晩夏の風物詩ともなった『24時間テレビ』を批判する文脈で用いられるようになったと記憶している。
この言葉を初めて聞いたとき、胸のすく思いがした。私も『24時間テレビ』に限らず、障害者がただ感動の対象として消費されている現状に対して、長年にわたってモヤモヤしたものを抱いてきたからだ。もっと言えば、『五体不満足』を執筆した動機も、「不幸な境遇の人が健気に頑張っている物語」が大好きな日本社会に、それまでとは違う景色を提示してみたいという思いからだった。
そんな「感動ポルノ」打破に向けて、いま大きな追い風が吹いている。2020年の東京パラリンピック開催だ。当初は、「不幸な境遇の人が健気に頑張っている物語」という従来の感動ポルノの延長線上にあるものとして捉えられていたパラリンピックだが、その露出の機会が増えていくにつれ、多くの人のなかで「これは純粋にスポーツとして面白いのではないか」という気持ちが芽生え始めている。
この漫画『ブレードガール』は、そんな心の中の“芽生え”に水をやり、花を咲かせる作品になるのではないかと期待を寄せている。主人公の鈴は、16歳の女子高生。一年前に骨肉腫によって右足を切断した「障害者」だ。彼女がブレードと呼ばれる競技用の義足と出会い、パラリンピックを目指すようになるストーリーが軸になっている。
好感が持てたのは、鈴が抱える“障害者としての苦悩”がじつに手短に済まされている点だ(この手短という表現もいずれ「不謹慎だ」などと言われ、駆逐されていくのだろうか……)。もちろん、第1話では鈴が右足を失い、障害者になったことを受け止められずにいるといった至極当然の苦悩がしっかりと描かれているのだが、ウジウジしているのはそこでおしまい。第1話の終盤で競技用の義足“ブレード”と出会うと、第2話からはぐんぐんその魅力に惹きつけられ、陸上競技にのめり込んでいく姿が溌剌と描かれているのだ。
これを現実的ではないと非難するのは簡単だろう。たしかに思春期真っ只中にいる女子高生にとって、みずからの足を失うという事実はそう簡単に受け入れられることではないだろうし、今後の人生を考えたとき、夢や希望といった若者にとって必要不可欠とも思えるようなキラキラした言葉をイメージすることは難しいだろう。
そうした暗闇の中をもがき、這いつくばりながら、ようやく見えてきた光にすがりつく過程にこそ人間の強さ、美しさを感じられるのだというご意見も、たしかにあるのだとは思う。だが、私は思うのだ。もう、それはいいじゃないかと。そうした「不幸な境遇の人が健気に頑張っている物語」は、これまでさんざん扱われてきたじゃないかと。
再び私ごとで恐縮だが、いま私は義足プロジェクトなるものに取り組んでいる。これまでの義足というのは、わかりやすく言えば肉体の欠損部分を埋め合わせる棒切れのような存在だったが、最近では最先端のテクノロジーを搭載したロボティクス義足なるものの研究・開発が進んでいるという。
ソニーコンピュータサイエンス研究所でこうしたロボ義足の研究に励む遠藤謙氏から、「ぜひ乙武さんに被験者となってもらいたい」とオファーを受けたのが一昨年の10月。そこから、このプロジェクトに参加させていただいている。ところが、しばらくして私は、「なんと安請け合いをしてしまったことか」と愕然とすることになる。想像していた何倍も、難易度の高いチャレンジだったのだ。
私には義足を装着して歩行する上での“三重苦”があるという。人間が歩くには膝の働きが大きな役割を果たしているそうなのだが、私には膝から上がない。また手があればバランスを取ったり、杖をついたり、万が一転んだときに手をついたりといったことができるが、私にはその手もない。そして、事故や病気などで足を失った人であれば義足をつけることで歩いていた頃の感覚を思い出すことができるが、生まれつきこの体の私にはその感覚がないため、ゼロから獲得するしかない。
こんな“三重苦”を抱えながらのチャレンジだが、昨年11月に渋谷で開催された「超福祉展」やフジテレビ『ワイドナショー』でこの様子が公開されると、瞬く間に反響を呼んだ。今年1月からは活動資金を募るためのクラウドファンディングも始めたのだが、こちらも開始から6日間で1千万円を超す支援が集まった。
ところが、寄せられる声の大半は「感動しました」。私は遠藤氏らプロジェクトメンバーと思わず顔を見合わせてしまった。我々は、「肉体×テクノロジー」の融合で、私のような“三重苦”を抱えた人間がどこまで歩けるようになるのかという前人未到の挑戦にワクワクしているのに、なるほど、周囲から見ると「感動物語」に映るものなのか。
もちろん、感情の中身がどんなものであれ、応援していただけることは本当にありがたい。しかし、私たち自身はこれからも難易度の高い、それでも可能性の詰まったこのプロジェクトに「ワクワクしながら」邁進していくつもりだ。
読者のみなさんは、今後、『ブレードガール』の主人公・鈴をどんな気持ちで見守っていくのだろう。感動するのかもしれない。純粋にアスリートの成長物語として捉えるのかもしれない。その感情がどんなものであれ、鈴には周囲の視線など軽やかに飛び越え、最強のブレードとともに力強く疾走してもらいたい。
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撮影:森清