<figure id="attachment_320532" aria-describedby="caption-attachment-320532" style="width: 3059px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c5a31c51"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/5b721388730abaa5d035e11c22551f03.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-320532" class="wp-caption-text">スーパーバンタム級初戦がいきなりタイトルマッチとなった「モンスター」井上尚弥</figcaption></figure>
<p>井上尚弥(30)がWBC/WBOスーパーバンタム級タイトルに挑む日が近付いてきた。チャンピオンのステファン・フルトン・ジュニアは1994年7月17日生まれの28歳。生誕地も、育った場所もペンシルべニア州フィラデルフィアだ。</p>
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<p>シルベスター・スタローンが、映画『ロッキー』シリーズの舞台としたように、フィラデルフィアはボクシングが盛んである。当地が生んだ最も有名なボクサーは、モハメド・アリのライバルだったジョー・フレージャーだ。1964年の東京五輪で金メダリストとなり、プロでも世界の頂点に駆け上がった。</p>
<p>だが、フレージャーは、生粋のフィラデルフィアンではない。1944年にサウスカロライナ州ビューフォートで誕生し、15歳の時、「何者かになるために」近代アメリカ最初の首都であるフィラデルフィアにやってきた。そして、食肉加工場で働きながら、プロボクサーとして頭角を現す。</p>
<p>ロッキー・バルボアが天井から吊るされた肉の塊を、サンドバッグのように叩くシーンがあるが、何を隠そう、フレージャーがモデルである。今日、フィラデルフィアには米国4大スポーツ、全てのチームがあり、ホームとなる球場やアリーナは隣接している。その一角にフレージャーの銅像が立っている。</p>
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<p>2011年11月7日に67歳で鬼籍に入ったフレージャーは、フィラデルフィア市内に自身のジムを建て、晩年はその2階で生活した。フレージャーより14歳下のティム・ウィザスプーンは、若手時代からアリのスパーリングパートナーに抜擢されるほどの逸材で、打たせないボクシングを身上とした。1984年にWBC、1986年にはWBAヘビー級王座に就いている。フレージャーのヘッドスリップを模倣することがディフェンス力を上げたと、ウィザスプーンは力説する。</p>
<figure id="attachment_320534" aria-describedby="caption-attachment-320534" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e9258b46"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/aeed34f3543d53da08337b7c12cd0aa4-1-rotated.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-320534" class="wp-caption-text">フレージャーの銅像</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="全米最下層地区で育った「究極のハングリー精神」"></div>
<p>類まれなボクシングセンスを持ち合わせていたウィザスプーンだが、長期政権は築けなかった。プロモーターのドン・キングから「これでもか」というほどに搾取され、戦うモチベーションを失ってしまったのだ。それでも結局、<span class="strongInContent">「他にカネを稼ぐ方法を知らないから」</span>と、45歳までリングに上がった。引退の数カ月前まで世界9位にランクされていたのは、華麗な防御テクニックを身に付けていたからに他ならない。</p>
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<figure id="attachment_320535" aria-describedby="caption-attachment-320535" style="width: 3200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b9e7cc91"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/60f907ff9819a7af23f56995c28fb415.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-320535" class="wp-caption-text">体格差を活かせるかがフルトン勝利のカギを握る</figcaption></figure>
<p>ウィザスプーンは現WBC/WBOスーパーバンタム級王者を、アマチュア時代から知っていた。</p>
<p><span class="strongInContent">「ボクシング界は狭いからな。フルトンは大人しくて真面目な男だよ。今じゃ2つのベルトを巻いて、一丁前に髭なんか生やすようになったけれど、昔から黙々とジムで練習して、さっと去っていくようなタイプだ。フィリーは昔からいい選手が出るから、そんなに目立った存在でもなかった。</span></p>
<p><span class="strongInContent">街の北部にあったプロジェクト出身で、4人の子を抱えたシングルマザーの家庭だってことは耳にしていた。ボクサーになるヤツって、貧困から這い上がろうとするタイプばかりさ。フレージャーも俺も、ヤツもそう。『いつか、母親に家をプレゼントしてやる』っていう気持ちでグローブを嵌（は）めるんだよ」</span></p>
<p>米国社会において“プロジェクト”とは、貧民救済のための格安住居を指す。全米中で最下層の人間が蠢（うごめ）くプロジェクト地区は、自然と犯罪の温床となる。こうしたエリアの住民がカネを稼ぐには、ドラッグの売買や恐喝、あるいは売春といった行為が手っ取り早いのだ。</p>
<p>ステファン・フルトン・ジュニアは2つのベッドルームしかないプロジェクト・アパートの一室で、12歳まで他人に背中を見られないように暮らした。背の下部に矢尻のような形のアザがあり、それを隠していたのだ。</p>
<p>ウィザスプーンは言う。</p>
<p><span class="strongInContent">「俺も、似たような境遇――ゲットーと呼ばれる地域で育った。3部屋だけの小さな家で、トラックドライバーの父と心電図技師の母が、俺たち8人きょうだいを育ててくれた、でも、腹いっぱいに飯が食えたことなんてほとんど無かったよ。</span><span class="strongInContent">家の周辺にはドラッグの売人が佇んでいたし、ギャングの抗争も絶えなかった。学校だろうが近所だろうが、犯罪者なんて全然、珍しくなかった」</span></p>
<p>フルトンは、10歳まで父親と一緒に暮らせなかった。ステファン・シニアが、囚人服を纏っていたからだ。フルトン家唯一の男児は、複数の友人が命を落とす様を目にし、近隣の年長者による暴力に耐えた。やがて出所した父が、ジュニアにボクシングを勧める。息子の命を救う術としてだった。</p>
<p>井上尚弥を迎え撃つ2冠王者は、過去をこう振り返っている。</p>
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<p><span class="strongInContent">「金属探知機を通らねば学校に入れなかった。そんななかで、幼馴染が殺された。また、ドラッグの売人に囲まれて育った。とはいえ、自分は違う道を選んだ。</span></p>
<p><span class="strongInContent">父の助言があったから、ボクシングジムに通った。幼い頃に経験した負の出来事、たとえば友達をストリートで失ったことを思い出し、怒り、苛立ち、哀しみをリングに向かい合う相手に向けた。お陰で成功するために必要なモノを得ることができたね。だから、父には本当に感謝している。俺たちを育ててくれた母のことも、心底尊敬しているよ」</span></p>
<p>ウィザスプーンは、何度か頷くと言葉を続けた。</p>
<p><span class="strongInContent">「栄光を掴むボクサーに共通するのは、そういうハートさ。ボクシングを失ってしまったら、何も無くなることが分かっているから努力する。それでも、実際は人を利用することしか考えない詐欺師が沢山いる世界なんだがね」</span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="「リーチ差8㎝」体格で劣る井上の勝機は"></div>
<p>ここ数試合の井上とフルトンのファイトを見比べ、元世界ヘビー級チャンピオンは語った。</p>
<figure id="attachment_320537" aria-describedby="caption-attachment-320537" style="width: 2589px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4f07de74"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/850656f81ab58a27e32987349666570b-1.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-320537" class="wp-caption-text">ウィザスプーンは同郷の雄・フルトンを熟知する</figcaption></figure>
<p><span class="strongInContent">「技術とメンタルが勝敗を分ける。イノウエは左右どのパンチでも倒せる。24戦全勝で、そのうちの19戦が世界タイトルマッチか。3名を除いて全員ノックアウトしているんだよな。つまり、KOの仕方を熟知してるってことさ。イノウエにしてみれば、フルトンはこれまでの相手より大きいだろう。でも、ステップの速さで対応するんじゃないか。とにかく、彼は止まらない。リングの中ではもちろん、ボクサー人生においてもだ。そこが大きな魅力だな。</span></p>
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<p><span class="strongInContent">カウンターもうまいし、フルトンの右に合わせて左ボディーなんかを狙いそうだ。気が強くてアグレッシブだから、どこで自身の力を爆発させるか、非常に楽しみだよ。プラス、今回は母国の大声援を味方にする。自国での試合って、計り知れないアドバンテージを持つんだ」</span></p>
<p>一方、同郷の後輩についてはこう話した。</p>
<p><span class="strongInContent">「フルトンも21戦全勝8KO。でも、主要団体の世界タイトルマッチが3試合。マイナータイトルを含めた世界戦は5度。その全てが判定ということは、KOが少ないよな。12ラウンドの長丁場にはイノウエよりも慣れているのかもしれないがね…。フルトンはイノウエのような派手さは無いが、不器用ながらコツコツと自分のペースに引き摺り込んでいくタイプ。正直な話、フィリーから生まれたこれまでの世界チャンピオンと比べても、それほどの注目は集めちゃいない。攻撃にも、ディフェンスにも課題がある。ボクシングIQやクオリティーはイノウエが上だろう。</span></p>
<p><span class="strongInContent">ただ今回、敵地に乗り込んでいくフルトンには相当の覚悟がある筈だ。俺のベストバウトは1986年7月19日にロンドンで戦ったフランク・ブルーノとのファイトだ（11回KO勝ち）。WBAタイトルを獲って初防衛戦だった。ブルーノは祖国・イングランドの人気選手だったのでウェンブレ―・スタディアムはフルハウスで、何本ものユニオンジャックが揺れていた。周囲が全て敵である条件を呑んで、向かっていくには『決意』が必要だった。だから、フルトンにもそれがあるってことさ。これまでにないコンディションに仕上げて、イノウエと向かい合うだろう。あいつが勝つとしたら、メンタルが大きく左右するな」</span></p>
<p>ウィザスプーンは言葉を選びながら、勝者予想について明言はしなかった。そして、逆に私に質問してきた。</p>
<p><span class="strongInContent">「日本の夏って、暑いのか？」</span></p>
<p>ここ数年、狂ったように暑いと告げると、彼は言った。</p>
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<p><span class="strongInContent">「そういう気候に慣れているかどうかが、運命を決めるかもな。まぁ、楽しみに見るよ。フルトンとイノウエ戦の5日後には、4団体統一ウエルター級タイトルマッチがある。今、全米中の関心はウエルター級の4冠戦だ。それを超えるくらいの熱戦を期待したいね」</span></p>
<p>7月25日の有明アリーナで、両雄はどんな戦いを見せるか。ウィザスプーンの言葉からは、井上尚弥有利のニュアンスが伝わってきた。日本期待の星は、更なる進歩を見せるか。</p>
<figure id="attachment_320539" aria-describedby="caption-attachment-320539" style="width: 3456px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="59615562"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/293a1a5bd4cfdae91ee03a0a4f78b78b.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-320539" class="wp-caption-text">劇中に登場する「ロッキー・バルボア」のアパート。かなり危険な地区に建つ</figcaption></figure>
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<div><a href="#" data-ident_hash="2e8c4d43"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/07/a14668f0b640f5bfaaa9666c45da69e0.jpg" alt=""></a></div>
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1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

松尾／アフロスポーツ（井上）

ＡＰ／アフロ（フルトン）

7月25日に迫った井上尚弥のスーパーバンタム級タイトルマッチ。対戦相手のフルトンの地元の先輩にして、元世界王者のウィザースプーンが世紀の一戦の行方を占う

王者を熟知する同郷の元世界ヘビー級チャンピオンが占う「井上尚弥ＶＳフルトン」

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