異例の最有力候補「ROMA」アカデミー作品賞なら業界大変動!?
作品vs作品だけじゃない、映画館経営者vs配信業者、そして配信業者vs配信業者の闘いが始まる!
第91回アカデミー賞が2月25日(日本時間午前)に開催される。最も話題を集める作品賞候補には、音楽映画『ボヘミアン・ラプソディ』『アリー / スター誕生』、人種差別問題をテーマ(あるいはモチーフ)とした『ブラック・クランズマン』『グリーンブック』『ブラックパンサー』、そして過激な政治コメディー『バイス』などが並んでいる。
いずれも魅力的なタイトルで混戦が予想されているが、その中で最多ノミネートを誇る最有力作品は2作。
18世紀初頭のイングランド王宮を舞台に、絶大な権力を持つ女王の寵愛を得るため、あらゆる汚い手を使って互いを追い落とそうとする女たちの熾烈なバトルが描かれる『女王陛下のお気に入り』と、巨匠アルフォンソ・キュアロン監督が脚本・撮影を手がけ、1970年代メキシコの動乱と、運命に翻弄される中産階級の家庭の物語をモノクロで描いた自伝的作品『ROMA/ローマ』だ。
「ローマ」とはイタリアの都市のことではなく、メキシコシティの一地区のこと。そこで暮らす医者の一家は、キュアロン監督の子ども時代の家族をモデルとしている。主人公は、そこで家政婦として働く女性クレオだ。本作では、心優しく純真なクレオの目を通したメキシコの一時代が、劇的な音楽を廃した静かなタッチを基調としながら、映像的なスペクタクルを織り込んで映し出されていく。そしてキュアロン監督の家政婦への感謝と尊敬が、慈愛に満ちた聖母を描いた宗教画のように、ひとりの平凡な女性の日々や境遇を、心を揺さぶる荘厳な物語へと生まれ変わらせている。
その内容を見れば『ROMA/ローマ』が作品賞にふさわしい作品であることは疑いようもない。しかし、この作品に関しては、内容とは別の興味も存在する。それは、これが基本的には映画館で上映されないネット配信作品であり、それがアカデミー賞史上初めて作品賞候補になったという事実である。
近年、ネット配信事業を展開するNetflixが、作品の製作や配給を本格的に進めてきている。『ROMA/ローマ』もNetflix作品として、アメリカでの配信から少し遅れた昨年12月より、日本を含む世界の加入者に向けて配信されている。そして、すでに本作は世界中でおびただしい数の賞を獲得。もはや本作はキュアロン監督の代表作となったと言っていいだろう。ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(最高賞)、ゴールデングローブ賞監督賞(と外国語映画賞)、そして英国アカデミー賞でも、『女王陛下のお気に入り』を抑えて作品賞(と外国語映画賞)を獲得している。
「映画は映画館で上映されるべき」と、疑問や異議を呈する声ももちろんある。カンヌ映画祭では映画館での上映にこだわる映画祭側と妥協点がなく、コンペに臨めなかった。しかしその後、様々な映画祭で本作が映画作品として栄誉ある賞をいくつも獲得したという既成事実ができたことは確かである。
この上、世界中が注視するアカデミー賞作品賞を受賞することがあれば、配信作品が既存の劇場作品と同じ扱いになることを世界中の人々が理解する。それは新時代到来の象徴となるだろう。ゆえに、本命ながら『ROMA/ローマ』が受賞すれば、最もセンセーショナルな結果となるのだ。
だが映画ファンにとっては不満もある。本作は大スケールの映像が特徴なのだ。それをディスプレイやスマートフォンなどで視聴しなければならないのか……という声は多い。映画館経営者はさらに強い危機感を持っている。アカデミー賞を受賞する作品が、劇場公開もされず配信サービスの中だけで視聴されていては、映画館の存在価値は希薄になっていく。
反面、製作会社や映画監督、スタッフや俳優たちの多くにとっては仕事が増えることにもつながるので、Netflix作品が席巻することに、少なくともいまのところ、大きなデメリットはないはずだ。映画業界内でも、立場や個人的感情によって意見がそれぞれ異なる。このような複雑な要素が絡み合うため、受賞結果は全く読めないのだ。
また、Hulu(フールー)を傘下に引き込んだディズニーや、Amazonプライムなど、Netflixを追って配信サービスを展開するライバル企業もまた、オリジナル作品の製作をより本格化させていくだろうことが予測されていて、こちらの動向も気になるところ。配信業者も必死に生き残りをかけて戦っているのだ。第91回アカデミー賞の結果は、そのレースでも大きな意味を持つことになる。
映画vs映画、映画館経営者vs配信業者、配信業者vs配信業者。
業界の大変動を呼び起す、いままでにない緊張をはらんだ、エキサイティングな授賞式を楽しみにしたい。