【「夏の甲子園」特別企画】プロ野球界のスターたちが丸刈り「高校球児だった頃」 | FRIDAYデジタル

【「夏の甲子園」特別企画】プロ野球界のスターたちが丸刈り「高校球児だった頃」

大谷翔平、ダルビッシュ有から清原和博まで、秘蔵写真を大公開!あの頃はこんなに初々しかった!メジャー&プロ野球のレジェンド13人。貴重なオフショットから試合中の勇姿まで、〝デビュー前〟の高校時代を35年分の秘蔵写真で紹介!

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侍ジャパン編

大谷翔平 (29) エンゼルス
花巻東高等学校(岩手県)

世界の大谷も高校時代は細かった!

’12年8月、大阪府枚方市のパナソニックベースボールスタジアムで行われた高校日本代表の練習後の1枚。大谷は高校時代「みちのくのダルビッシュ」として注目を集めて、甲子園には2年夏と3年春の2度出場している
’12年8月、大阪府枚方市のパナソニックベースボールスタジアムで行われた高校日本代表の練習後の1枚。大谷は高校時代「みちのくのダルビッシュ」として注目を集めて、甲子園には2年夏と3年春の2度出場している

ダルビッシュ有 (36) パドレス
東北高等学校(宮城県)

高3の春、本誌の取材に応えるダルビッシュ。甲子園には2年の春夏、3年の春夏と4度出場した。インタビュー中、部内で人気の芸能人の話になると、チームメイトから「有は叶姉妹が好きやろう」と暴露される一幕も
高3の春、本誌の取材に応えるダルビッシュ。甲子園には2年の春夏、3年の春夏と4度出場した。インタビュー中、部内で人気の芸能人の話になると、チームメイトから「有は叶姉妹が好きやろう」と暴露される一幕も

村上宗隆 (23) ヤクルト
九州学院高等学校(熊本県)

’17年7月、熊本県大会に出場した村上。九州学院高では1年から4番を務め、甲子園には1年夏に出場。高校卒業後はヤクルトの主砲として活躍し、’22年には日本人新記録となるシーズン56本塁打と三冠王を獲得した
’17年7月、熊本県大会に出場した村上。九州学院高では1年から4番を務め、甲子園には1年夏に出場。高校卒業後はヤクルトの主砲として活躍し、’22年には日本人新記録となるシーズン56本塁打と三冠王を獲得した

佐々木朗希 (21) ロッテ
県立大船渡高等学校(岩手県)

’19年、佐々木は3年夏の岩手県大会に出場。甲子園出場は逃したものの、190㎝の長身から放たれる時速160㎞超の速球で、「令和の怪物」と称された。’22年4月には、プロ野球史上最年少での完全試合を達成している
’19年、佐々木は3年夏の岩手県大会に出場。甲子園出場は逃したものの、190㎝の長身から放たれる時速160㎞超の速球で、「令和の怪物」と称された。’22年4月には、プロ野球史上最年少での完全試合を達成している

吉田正尚 (30) レッドソックス
敦賀気比高等学校(福井県)

’09年の夏、1年生ながら4番として甲子園に出場した吉田。2年の春にも出場し、春夏の4試合で打率.313という成績を残した。’22年にはレッドソックスに入団。日本人初の1イニング2本塁打を放つなど活躍している
’09年の夏、1年生ながら4番として甲子園に出場した吉田。2年の春にも出場し、春夏の4試合で打率.313という成績を残した。’22年にはレッドソックスに入団。日本人初の1イニング2本塁打を放つなど活躍している

現役の大選手編

田中将大 (34) 楽天
駒澤大学附属苫小牧高等学校(北海道)

本誌の取材に見せていたマー君のあどけない素顔

’06年の夏、当時高3の田中は本誌のインタビューに応じた。プロ野球のスカウトから注目を集めていることについて本誌が聞くと、「今はプロ入りのことよりも甲子園の予選のことで頭がいっぱいなんです」と答えた
’06年の夏、当時高3の田中は本誌のインタビューに応じた。プロ野球のスカウトから注目を集めていることについて本誌が聞くと、「今はプロ入りのことよりも甲子園の予選のことで頭がいっぱいなんです」と答えた

中田 翔 (34) ジャイアンツ
大阪桐蔭高等学校(大阪府)

’07年夏、当時の高校本塁打記録である87号ボールと共に写真に写る中田。甲子園には1年と2年の夏、3年の春に出場し、〝平成の怪物〟として恐れられた。高校卒業後は日本ハムと巨人の2つの球団で4番を務めている
’07年夏、当時の高校本塁打記録である87号ボールと共に写真に写る中田。甲子園には1年と2年の夏、3年の春に出場し、〝平成の怪物〟として恐れられた。高校卒業後は日本ハムと巨人の2つの球団で4番を務めている

前田健太 (35) ツインズ
PL学園高等学校(大阪府)

’06年10月、本誌のカメラマンにポーズを決める前田。PL学園では1年の夏からベンチ入りし「桑田2世」と呼ばれた。甲子園には1年夏と3年春の2度出場。エースを務めつつ高校通算27本塁打と打者としても活躍した
’06年10月、本誌のカメラマンにポーズを決める前田。PL学園では1年の夏からベンチ入りし「桑田2世」と呼ばれた。甲子園には1年夏と3年春の2度出場。エースを務めつつ高校通算27本塁打と打者としても活躍した

往年のスター編

イチロー (49)
愛知工業大学名電高等学校(愛知県)

’91年3月、イチローは当時投手として甲子園に出場。2年夏と3年春の2度出場するものの、通算わずか1安打に終わっている。卒業後は国内外で大活躍。’16年には日米通算4257安打を放ち、ギネス記録に認定されている
’91年3月、イチローは当時投手として甲子園に出場。2年夏と3年春の2度出場するものの、通算わずか1安打に終わっている。卒業後は国内外で大活躍。’16年には日米通算4257安打を放ち、ギネス記録に認定されている

松井秀喜 (49)
星稜高等学校(石川県)

’92年、巨人のドラフト1位指名が決まって祝福される松井。1年の夏、2年の夏、3年の春夏と甲子園には4度出場した。3年夏の明徳義塾高校戦では5打席連続敬遠を受け、高野連が記者会見を開く事態にまで発展した
’92年、巨人のドラフト1位指名が決まって祝福される松井。1年の夏、2年の夏、3年の春夏と甲子園には4度出場した。3年夏の明徳義塾高校戦では5打席連続敬遠を受け、高野連が記者会見を開く事態にまで発展した

松坂大輔 (42)
横浜高等学校(神奈川県)

’98年、西武のドラフト1位指名が決定し帰路につく松坂。母校の横浜高校の監督は本誌のインタビューで、ドラフト会議を前にした松坂が「パ・リーグは絶対にイヤです。巨人に行きたい」と話したことを明かしている
’98年、西武のドラフト1位指名が決定し帰路につく松坂。母校の横浜高校の監督は本誌のインタビューで、ドラフト会議を前にした松坂が「パ・リーグは絶対にイヤです。巨人に行きたい」と話したことを明かしている

桑田真澄 (55) 清原和博 (55)
PL学園高等学校(大阪府)

女子から熱い視線を浴びる野球界のレジェンドコンビ

’85年の夏、母校のPL学園で撮影された1枚。甲子園のスターだった2人は本誌の取材に対し「昔は騒がれるのが嫌でしたが、もう慣れました」(桑田)「最後の年だし、悔いのないようにやるだけ」(清原)と答えている
’85年の夏、母校のPL学園で撮影された1枚。甲子園のスターだった2人は本誌の取材に対し「昔は騒がれるのが嫌でしたが、もう慣れました」(桑田)「最後の年だし、悔いのないようにやるだけ」(清原)と答えている

『FRIDAY』2023年8月18・25日号より

  • PHOTO神崎 龍 朝日新聞 アフロ 岡内正敏 眞野公一 共同通信 津田 明 霜越春樹 岩波友紀

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