<h3>水深8000ｍの調査も成功！　下町の町工場と大学、研究機関、信用金庫が集結したプロジェクト</h3>
８月１日、中国はレアメタルのガリウムとゲルマニウムの輸出規制に踏み切った。半導体やLED、太陽電池などに欠かせないレアメタル。いつまでも中国頼みでは不安だ。
「’14年から始まった『戦略的イノベーション創造プログラム（SIP）』も、今年第３期に入りました。レアアースを採鉱するために、深海のモニタリングなどが行われていますが、当社もそのプロジェクトに第１期から参加しています」
こう言うのは、千葉県柏市に本社を置く特殊ガラスメーカー岡本硝子株式会社の顧問・髙橋弘さん。
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これまで国主導で行われてきたSIPだが、第３期に入って、民間に事業を委託。それに伴って、今年４月、岡本硝子は、いであ株式会社、深田サルベージ建設株式会社、石油資源開発株式会社、株式会社ダイヤコンサルタントと共同出資して「次世代海洋調査株式会社」を設立したのだ。
レアアースを採掘するためには、環境に大きな変化を与えないか、採掘の前後に調査しなければならないが、そこで活躍しているのが、コア企業となっている岡本硝子が製作している深海無人探査機「江戸っ子１号」だ。
<figure id="attachment_330708" aria-describedby="caption-attachment-330708" style="width: 966px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="0a2cac15"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/1b3d680d2118a239f08c75514d3ef427.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330708" class="wp-caption-text">’13年、３機を投入して行われた実験で、３機とも無事に生還。水深8000ｍでの撮影に成功したことを喜ぶ「江戸っ子１号プロジェクト」のメンバー（PHOTO：岡本硝子提供）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_330709" aria-describedby="caption-attachment-330709" style="width: 567px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4582a26b"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/6c4c7ede439fb8df5a562bbf12598668.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330709" class="wp-caption-text">水中での挙動を把握するため、新江ノ島水族館の相模湾大水槽で潜水実験が行われた（PHOTO:岡本硝子提供）</figcaption></figure>
４つのガラス球の中に、それぞれ「通信装置」「浮上回路装置」「照明装置」「撮影装置」を入れ、深海に沈めるというシステムで、’13年に水深8000ｍでの撮影に成功。現在では8000ｍの深海で365日撮影できる「江戸っ子１号365型」など、４シリーズが作られている。岡本硝子はガラス球の開発に携わったが、その中心となったのが髙橋さんだ。
「『江戸っ子１号』の環境調査手法が国際標準化機構（ISO）の国際標準規格となりました。これから世界中で使われる可能性がある。海洋資源開発の一助になると思っています」（髙橋さん・以下同）
<figure id="attachment_330710" aria-describedby="caption-attachment-330710" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a3eb1664"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/2daa2bca39887d75a62d8a417f1bc3d2-rotated.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330710" class="wp-caption-text">これは小型の「江戸っ子１号COEDO」。上が照明球で、下が撮影球。水深4000mまで潜り、フルハイビジョンで撮影できる</figcaption></figure>
<figure id="attachment_330711" aria-describedby="caption-attachment-330711" style="width: 1108px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c9ed38ec"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/299c426d7701812235ad05f6e7ce54a4.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330711" class="wp-caption-text">「江戸っ子１号」は水中では１分間に約50～60ｍ沈み、その様子を船から音波で飛ばし、応答してくるスピードで深度を割り出す。着底後、撮影などを終えたあとは錘を切り離し、自らの浮力で海面に浮上する</figcaption></figure>
<h3>「昔あった高速道路の水銀灯ガラスカバーと作り方は同じなんです」</h3>
そもそも「江戸っ子１号プロジェクト」がスタートしたのは、’09年。東大阪市の中小企業が開発に携わった人工衛星「まいど１号」が種子島宇宙センターから、H2Aロケット15号機で打ち上げられたことがきっかけだった。「大阪が宇宙なら、東京は深海だ」と、葛飾区の杉野ゴム化学工業所の社長・杉野行雄氏が近隣の町工場に声をかけ、始めたプロジェクトだ。
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「海底を動き回るロボットのようなものを作りたい」などと夢は大きかったようだが、町工場の社長たちは深海のことについては、ほぼ知識ゼロ。プロジェクトに協力してくれる研究機関や大学などで講義を受け、結局、ガラス球をつなげた形に決まったのが’12年。深海の水圧にも耐えられるガラス球を作れるのは岡本硝子だということで、声がかかったという。
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しかし、創業1928年。プロジェクター用反射鏡やフライアイレンズ、医療用のデンタルミラーなど、機械部品に使われるガラス製品や加工品を作っている岡本硝子が、なぜガラス球を？
「昔は高速道路の水銀灯にガラスカバーというものがあって、半球形のものを作っていました。形が違うだけで作り方は同じなんです」
と、髙橋さんはこともなげに言うが、10ｍ潜るごとに１気圧かかるという海中。できるだけ水圧に耐えられるようにするためには、ガラス球は真球に近く作らなければならない。
現在、このようなガラス球を作っているのは、ドイツの会社だけ。そこの製品を取り寄せて調べてみると、
「真球というだけでは弱いところがあるとわかりました。それで弱い部分を補強しました」
けれど、大変だったのは、そこではなかった。
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「ガラス球は半球と半球を合わせるのですが、そこに少しでも隙間があれば割れてしまう。ここをいかに滑らかに仕上げるか。機械ではどうしても隙間ができてしまうため、磨き職人の手で仕上げました」
結果、ドイツ製のガラス球では58ミクロンあった隙間が、２～３ミクロンになった。日本の職人技もまだまだ捨てたものではない。
<figure id="attachment_330712" aria-describedby="caption-attachment-330712" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9f0baf2e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/cadff891ac4031385d2d3c001c8628a4.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330712" class="wp-caption-text">半球のガラスを製作。このあと、もう一つの半球と合わせるため、職人の手で接着面が磨かれた（PHOTO：岡本硝子提供）</figcaption></figure>
<h3>「世界に冠たる海洋国家と言いたいところですが、実際のところは…」</h3>
それにしても、これまでの仕事とまったく異なる世界の仕事。声をかけられたときは、戸惑ったりしなかったのだろうか。
「いえ、大変そうなことでも、面白そうなことに食らいついていくのが岡本イズム」
とは、岡本硝子社長の堀義弘さん。
昔は、車のヘッドランプも信号もガラスだったし、真空管やブラウン管など部品そのものがなくなったガラス製品も多い。
「時代に必要とされるものを作っていく。これまでもそうでしたし、これからも同じです」（堀さん）
岡本硝子にとって深海への挑戦も、未来を見据えてのことなのかもしれない。
これまでも、ウナギの産卵行動の観測に使われ、初めてその撮影に成功したり、マリアナ海溝で深海の生物などを調査したり、地震観測に使われたり、単発で利用されることはあったが、これからは本格的に系統的な海洋調査の仕事が始まる。
すでに日本の排他的経済水域（EEZ）には12.6兆㎥と、日本人が使う天然ガス100年分のメタンハイドレートがあると推定されているし、沖縄周辺の海域などにはレアアースが大量に含まれる熱水鉱床があるとされている。岸田首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画では無人海洋観測システムの開発を進めるとしている。
「海洋事業は、当社としてはまったく新しい世界。国家的に非常に重要なプロジェクトに参加できることにロマンを感じます。 
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ただ、世界に冠たる海洋国家と言いたいところですが、実際のところ、深海における産業はまだまだ。研究開発によって得られた知識や技術が社会で役立つものになるように、一生懸命やっているところです。海外進出も目指したいですね」（堀さん） 
「国産資源を採掘し、日本のみなさんに使っていただく。そんな国家的事業に貢献していきたい」 
と、髙橋さんも熱く語る。
面積では世界で６番目に広いEEZをもつ日本。ちなみに体積では世界で４番目。そこに眠っている資源を開発するために、中国は本気を出している。日本だって負けてはいられない。
<figure id="attachment_330713" aria-describedby="caption-attachment-330713" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c5e2cfe5"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/6cff489a3ada5e53ec2bb540c7d2c158-rotated.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-330713" class="wp-caption-text">定年を迎えたが、今も顧問として「江戸っ子１号」プロジェクトの中心的役割を担う髙橋さん（右）と、堀社長。「まだまだ髙橋さんにはがんばってもらわないと」</figcaption></figure>

中川いづみ

「海底を動き回るロボットのようなものを作りたい」…葛飾区の町工場の社長が近隣に声をかけ、始めた「江戸っ子１号プロジェクト」。’13年に水深8000ｍでの撮影に成功。現在では４シリーズが作られている。

「大阪が宇宙なら東京は深海」…町工場の技術が生んだ深海無人探査機「江戸っ子１号」国家PJに参戦

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