アニメ黎明期は幕末と同じ17年間。今、改めて振り返る

指南役のエンタメのミカタ 第13回

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今年――2019年は、アニメのメモリアルイヤーである。

漫画の神様・手塚治虫の没後30年であり、アニメ『機動戦士ガンダム』の放映40周年にも当たる。記念すべき100作目となる次のNHK朝ドラ『なつぞら』のヒロインの職業がアニメーターであるのも、恐らくその一環だろう。

日本のアニメの歴史において、重要な年が2つある。

1つは日本初の本格的連続テレビアニメ『鉄腕アトム』がスタートした1963年。もう1つは、アニメ通の間で俗に「奇跡の年」と呼ばれる1979年がそう。

1979年とは、劇場版の『銀河鉄道999』(監督・りんたろう)と『エースをねらえ!』(監督・出崎統)、そして『ルパン三世カリオストロの城』(監督・宮崎駿)が封切られ、テレビでは『機動戦士ガンダム』と『ドラえもん』(共にテレビ朝日系)の放映が始まった年――。いずれ劣らぬ名作である。

『999』はこの年、アニメ作品として初めて邦画配給収入の第1位に輝いた。『エース』は今日、出崎演出の最高傑作と称えられ、『カリ城』もまた、宮崎映画の最高峰に挙げる人は多い。『ガンダム』の登場はアニメの歴史を変え、富野喜幸(現・由悠季)監督を一躍カリスマに押し上げた。『ドラえもん』のアニメ化に際し、企画書を書いたのはかの高畑勲である。今やそれは国民的アニメと呼ばれる。

日本初の本格的テレビアニメ『鉄腕アトム』の登場から、5つの名作アニメが揃った1979年まで、わずか17年である。17年と言えば、幕末の起点となった黒船来航から、明治新政府が全国を平定した戊辰戦争までと同じである。そう、17年で時代は変わる。

日本のアニメ黎明期の17年間――。

そこには、アニメ界の英雄たちがきら星のごとく登場し、合従連衡を繰り返しながら、劇的な進化を遂げる軌跡が見て取れる。奇しくも今年は「手塚治虫」と「ガンダム」のメモリアルイヤー。いま改めて、その17年間を辿るいい機会かもしれない。

日本初の本格的なテレビアニメ『鉄腕アトム』の登場は、1963年1月1日である。まず、その前史がちょっと面白い。漫画の神様がアニメを志すキッカケになったのは、自身の作品「ぼくの孫悟空」のアニメ映画化を、東映動画(現・東映アニメーション)の白川大作サンに持ちかけられたからである。最初は乗り気だったものの、やがて連載を数多く抱える多忙さから会議を休みがちになり、東映動画のスタッフ陣と衝突。その反省から「次は自分のペースで作りたい」と、自ら立ち上げたアニメ制作会社が「虫プロダクション」だった。

そして、『鉄腕アトム』のパイロットフィルムを制作。試写会を自宅で催したところ、先の白川大作サンが弟を連れて訪れる。この弟サンがフジテレビの白川文造サンで、作品を一目見て気に入った彼は、すぐさま社に持ち帰り、翌日『アトム』のテレビアニメ化を決めたのである。以後、フジテレビと虫プロの蜜月関係が数年に渡って続く。

『アトム』は子供たちに大人気で、視聴率も開始3ヶ月で40%を超えた。こうなると、他局も放っておけない。中でも当時、教育専門局だったNET(現・テレビ朝日)は低視聴率打開のために、「アニメも教育の一環」と拡大解釈。資本関係にあった東映動画と初のテレビアニメの制作に乗り出す。そして作られたのが『狼少年ケン』だった。

ちなみに、この年、東映動画に入社したのが、宮崎駿サンである。そして、先輩社員の大塚康生サンと高畑勲サンと出会うことになる。

さて、当時、民放の雄として名を馳せていたTBSも、アニメに参戦する。同局が組んだ相手は、CM制作会社のTCJ(現・エイケン)だった。当時はアニメCMが多く、同社はサントリーの「アンクル・トリス」を手掛けていた。そして生まれたTBSのアニメ第一号が『エイトマン』である。

更にTBSはアニメ市場の拡大を見込んで、自局で制作会社作りに乗り出す。そこで目を付けたのが、当時、人形劇団「ひとみ座」に在籍していた藤岡豊サンだった。半ば強引に「人形劇もアニメも同じ」と焚きつけ、資本提携して作らせたのが、東京ムービーである。

そして、この東京ムービーがアニメ黎明期にコアな役割を担うことになる。

1968年、1本の伝説のアニメ映画が作られる。東映動画の『太陽の王子 ホルスの大冒険』がそう。演出・高畑勲、作画監督・大塚康生。若き宮崎駿サンも参加する。テレビアニメ全盛期であっても、東映動画は「東映まんがまつり」で上映する長編アニメを毎年1本のペースで作り続けていた。だが、登場が早すぎたのか、残念ながら同作は興行的には失敗する。そして、居場所のなくなった高畑・大塚・宮崎の三氏は、先の東京ムービーが設立した制作プロダクションのAプロダクションに移籍し、あの伝説のアニメに関わることになる。『ルパン三世』(1stシーズン)である。

東京ムービーとAプロダクションの関係は、前者が企画・営業を担い、後者が制作を担当する。『ルパン』は当初、人形劇出身の大隅正秋サンが演出を担い、Aプロダクションが作画を担当した。しかし、大人向け路線が低視聴率を招き、大隅サンが降板。演出家を失った同作は、本来、下請けであるAプロダクションが演出も担うように――即ち、高畑勲・宮崎駿チームである。この1st『ルパン』は後半、若干持ち直すも、全23話で打ち切られる。しかし、後に再放送で火が着き、2ndが作られ、映画化もされ、今日まで続く人気シリーズとなったのは承知の通りである。

さて、日本のテレビアニメの扉を開けた虫プロだが、競合他社が増えると、次第に経営が苦しくなった。赤字を社長の手塚サンが漫画の稼ぎで補填する放漫経営も災いし、70年代に入ると、経営が悪化の一途をたどる。

1972年、Aプロダクションの高畑・宮崎・大塚チームは、自ら企画した中編アニメを制作する。『パンダコパンダ』である。のちの『となりのトトロ』の原型とも言われる。同作で「アニメは子供のためのもの」と改めて自分たちの役割に目覚めた高畑・宮崎は、子供向けアニメが作れる環境を求めて、ズイヨー映像へ移籍する。そこで担当するのが、『アルプスの少女ハイジ』である。

一方、経営悪化が著しい虫プロは遂に73年、倒産する。

だが、皮肉なことに、同社の真価が発揮されるのは、ここからだった。倒産前後に四散した元社員たちが、それぞれ新しいアニメ制作会社へ独立・移籍する。りんたろうと出崎統はマッドハウスを立ち上げ、富野喜幸は日本サンライズに活動の場を移した。また、西崎義展はオフィスアカデミーを設立し、安彦良和らを招聘した。そして彼らは数々のヒット作を世に放つ。

1974年10月、日曜の夜7時半に2つの伝説的アニメが裏表で対決する。フジテレビが『アルプスの少女ハイジ』、日本テレビが『宇宙戦艦ヤマト』である。前者はズイヨー映像の高畑・宮崎チームが手掛け、後者は元虫プロの西崎義展が原案・プロデューサーを務めた。結果は『ハイジ』の圧勝で、『ヤマト』は打ち切られるも――後に再放送でブレイクする。皮肉にも、『ヤマト』の企画の際に参考にした作品が、高畑・宮崎チームがかつて担当した『ルパン』(1stシーズン)だった。

1977年、既に『あしたのジョー』や『エースをねらえ!』などで数々の斬新な演出技法を編み出していた出崎統サンが、日本初の立体アニメーション作品の『家なき子』を手掛ける。ステレオクローム方式を用いたもので、改めて出崎演出の先進性を世に印象付けた。

更に、1978年10月――再び、2つの伝説的アニメが裏表で対決する。テレビ朝日が『キャプテンハーロック』、NHKが『未来少年コナン』である。前者は元虫プロのりんたろうサンがチーフディレクターを務め、世の松本零士ブームに乗って人気を博する。後者は宮崎駿サンが初監督を務め、プロットの一部はのちの『風の谷のナウシカ』に受け継がれた。

気が付けば、世はアニメブームの中にあった。火を点けたのは、同年夏に公開された1本のアニメ映画だった。『さらば宇宙戦艦ヤマト』である。企画・総指揮は、テレビから引き続いて西崎義展サンが担い、絵コンテはのちに『ガンダム』を手掛ける安彦良和サンが担当した。主題歌をジュリーが歌い、中高生の観客を大量動員し、もはや「アニメ=子供向け」という概念を打ち破った。配給収入21億円(興行収入換算約42億円)は、91年に『魔女の宅急便』に破られるまで、長く日本のアニメの興行最高記録であった。

そして――時代は1979年、冒頭に記したアニメ界の「奇跡の年」を迎える。

元虫プロの最後の天才と言われた富野喜幸サンが、マグマのようにぐつぐつと“その時”が来るのを待っていた。

  • 草場滋(くさば・しげる)

    メディアプランナー。「指南役」代表。1998年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。現在、日経エンタテインメント!に「テレビ証券」、日経MJに「CM裏表」ほか連載多数。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に、テレビ番組「逃走中」(フジテレビ)の企画原案、映画「バブルへGO!」(馬場康夫監督)の原作協力など。主な著書に、『テレビは余命7年』(大和書房)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社)、『情報は集めるな!」(マガジンハウス)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー~時間旅行代理店』(ダイヤモンド社)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『絶滅企業に学べ!』(大和書房)などがある

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