「かなり生々しく、聞いていて辛くなるほどキツイものだった」元〝神待ち少女〟の取材

「神待ち」という言葉をご存知だろうか。これは、未成年の家出少女らが寝泊まりする場所や飲食などを提供してくれる相手をSNSで探す行為のこと。新型コロナ感染拡大以降、こうした「神待ち」の少女が被害者になる未成年者誘拐事件の増加も報じられている。

また、コロナ禍で社会問題としてクローズアップされた「トー横キッズ」の中にも、コロナ禍をきっかけに居場所をなくした家出少女は多数いるという。

そんな「神待ち」の少女たちを描いた漫画がある。今日マチ子さんの最新作『かみまち』（上・下、集英社）だ。

親の過干渉や性被害、虐待、貧困など、現代の社会問題を映し出す意欲作となっている同作だが、実は今日さんが連載開始したのは、コロナ禍で家出少女の問題が増加・表面化するより前の’19年。なぜ「家出少女」を描こうと思ったのか。今日さんが取材を通して知った実態から、近年次々に明らかになる性暴力の問題などについてまでお話を伺った。

「家出少女をテーマに描いたきっかけは、編集さんからの提案でした。

男の人に泊めてもらうみたいなことをしている女の子たちがいることは、うっすら知っていたんですけど、勝手なイメージで、いわゆるギャルなどが軽いノリで友達の家を泊まり歩いて、気が向いたときに帰ってくる“プチ家出”に近いものを想像していたんです。それが“神待ち”と呼ばれること自体知らなくて。

でも、実際に当事者の方々などを取材していく中で、私のイメージとは全然違うものだということが初めてわかりました」

今日マチ子さんが取材したのは、元・神待ち少女で、今は神待ち少女たちの世話をしている人などだという。衝撃だったのは、「一見明るく話してくれること」、しかしその内容が「かなり生々しく、聞いていて辛くなるほどキツイものだったこと」だ。

【神待ち】…それは、未成年の家出少女らが寝泊まりする場所や飲食などを提供してくれる相手をSNSで探す行為のこと（©今日マチ子／集英社）

踏み込まざるを得なかった「性の問題」「家庭の問題」

『かみまち』に登場するメインの神待ち少女は4人。名門高校に通い、過干渉の母に耐えきれずに家を飛び出した主人公「ウカ」（羽化）、家庭内の性的虐待で家を出た少女「ナギサ」（さなぎ）、元子役の「アゲハ」、貧困家庭の「ヨウ」（幼虫）と、蝶の生長過程を想起させる名前がついている。こうしたキャラクターはどのように生み出されたのか。

「まずナギサは、ウカを導くキャラクターとして作ろうというのは、最初から決めていました。

私は他の作品（ひめゆり学徒隊をモチーフとした『cocoon』の主人公・サンと親友・マユなど）でも、主人公と主人公を導く少女という組み合わせをよく描いていて、その2人プラス、キャラクターのバリエーションとして華やかな雰囲気のアゲハと、自己肯定感が低い子どものヨウというキャラクターを作りました。取材で聞いたお話をばらけさせて要素を抽出し、4つのキャラクターを作っていった感じです」

「ルポ漫画」ではなく、あくまで「フィクション」のため、事実をただ伝えるのではなく、物語としての面白さの上に取材が生きるように描いているという今日さん。

どうしても踏み込まざるを得なかった要素の一つが、性の問題だ。

過干渉の母に耐えきれずに家を飛び出した主人公「ウカ」（羽化）は…（©今日マチ子／集英社）

「漫画ではウカは、性行為に対して強い嫌悪感を表していますが、お話を聞いた家出少女の方たちは、そこはある程度わかっている感じはありました。彼女たちも別に大したことじゃないと思っているのかもしれないですが、明らかにそれで何か自分が傷ついていることをわかっていないんだろうなと。

過去を語ってくれた方は、壮絶な話を明るく話してくださるんですよ。逆に明るく話さないと、辛くなっちゃうのかなと思います。それに、私のような第三者に話している時点で、たぶん彼女たちの中では客観視していて表面上はもうツルッとした感情を差し出しているだけなのかもしれないですが」

性の問題と共に、家庭の問題も見えてくる。

例えばウカは、一見恵まれた家庭の子に見えて、親の過干渉に苦しめられている。一方、ウカの目には鬼の形相に映る母も、娘をしっかり育てなければいけないという自身の呪いに押しつぶされそうになっていて、母親の心情としては他人事と思えない面もあるのだ。

「私自身、ウカの母親についてもあまり悪く描きたくないという思いはありました。モデルはたぶん自分自身で、自分を2つに分けると、ウカとお母さんに分かれるんじゃないかというところからキャラクター作りをしていったんです。

私も自分に対して『なんでこんなことができないんだ!?』と怒ってしまうときがあって、一方でひたすら『ごめんなさい』と謝り続ける娘のような自分もいて、2人が同時に自分の中にいる感じなんです。だから、ちゃんとしてほしいし、ちゃんと育てたいと思っているのに、なぜできないんだろうというお母さんの気持ちもすごくわかるんですよ。

自分の子供だから、多分に自分の責任もあると思い込んでいるし、どうにもならなくなってつい手が出てしまう。どこに出しても恥ずかしくない子供にしたいという理想が強すぎて、娘が性的な成熟を迎えるのさえ拒否しているんですね」

一見恵まれた家庭の子に見えて、親の過干渉に苦しめられているウカ（©今日マチ子／集英社）

また、本当は賢いのに、親にバカだと言われて本人もバカだと思いこんでしまっているアゲハも、ある種、親の犠牲者に見える。

「特にアゲハは、世間の『可愛い子はバカである』みたいな思いも反映させたキャラクターなんです。可愛くて頭も良いなんて、そうそういないと世間の多くが思っているから。アゲハの親も口グセのようにすぐバカと言っちゃう人で、それ以上に周りの環境や世間の風潮によって、そう思ってきてしまったところがある。

たぶん私自身、羨ましさもあって、可愛い人を見ると『こんな可愛いのにまさか頭も良いなんてないだろう』と思ったりするんですけど、実際はそんなことなくて。どっちも別にという人もいるし、どっちもいい人も、どっちかだけの人もいるし、多様性に富んでいるものなのに、なぜか人はそう決めつけたがるんですよね」

本当は賢いのに、親にバカだと言われて本人もバカだと思いこんでしまっている元子役アゲハ。「可愛くて頭も良いなんて、そうそういないと世間の多くが思っているから」と今日さん（©今日マチ子／集英社）

踏み外したら永遠に滑り落ちていく「逆さの円錐」

また、本作の中で非常に印象的なのが、ナギサの言った「世界は球体じゃないよ。逆さの円錐。踏み外したら永遠に滑り落ちていく」という言葉。そして、居場所を失った子たちの底なしの不安と恐怖を象徴するような逆さの円錐の絵である。

「これはダンテの『神曲』の中に出てくる地獄の地図の逆さの円錐型をモチーフとして転用しているもので、逆さの円錐型でツルツルで登れないみたいなイメージにしました。取材した方の話を聞いていて、思いついたアイデアですね。

1回踏み外してしまうと、本人たちがさらに傷ついて、ますます登れなくなっていく。それで、登れなくなった先はハッピーエンドが想像できないというか。

実際にお話を聞いた方は、サバイブして生き延びた人たちなんですが、生き延びたとしても、引きこもり気味になってしまったり、対人関係が不安定になっていたりしました。それこそ命を絶ってしまったケースもありましたし、やっぱり何がしかの傷を負ってしまうので、家出を簡単に捉えない方がいいのかなとは思っています」

また、彼らとの対比として出てくるのが「持てる者」たち。家出少女を救おうとする優秀な青年・カゲロウと、ウカの幼馴染で優等生の「委員長」ユキだ。

「こう言うのも変ですけど、私自身、ユキやカゲロウ側の、神待ちを絶対しない側の人間なんですよ。だから、神待ちをする人たちの気持ちがわからないと、描き始めたときに思ってしまい、そんな自分が描いていいんだろうかという葛藤や申し訳なさがありました。でも、逆にそういうキャラクターを登場させた方が、一方通行にならないで済むのかなと。

たぶん読者のほとんどはカゲロウやユキ側の人間なんですよ。そういう人たちは、神待ち少女がどんな悲惨な目に遭っているか想像もつかないし、なんか助けてあげたいと思っても取っかかりも何もないし、それで『何もできない自分はダメなんだ』と思ってしまうんです。でも、その2者をわかり合えないものとして分断させるのではなく、うまく共存させたいという思いで一緒に描きました」

今日マチ子さん自身と「逆さの円錐」…

ところで、本作は、連載中にコロナ禍に突入したこともあり、一時中断した時期もあった。これは作品と改めて向き合うためにも大切な時間だったようだ。

「特にナギサの受けた性暴力の話などは、実際にモデルになった人がいるので、描いていて申し訳ない気持ちもあるし、はたして描いていいのだろうかとか、自分がそれで責められる立場になったらどうしようとか、どんどん不安が沸いてきていたんですね。

そんなときにコロナもあって、少しお休みをいただいたんですけど、休んでいるうちに、『参考にはさせてもらうけど、ただの漫画だから』と客観的にとらえられるようになり、ようやく描けるようになりました」

戦争や震災など、シリアスなテーマを描くことの多い今日さん。作品を描く中で、ご自身が「逆さの円錐」に落ちるような感覚になることはないのだろうか。

「どんなに重くて辛くても、最終的にはできるといつも思っているんですよ。このトンネルがどこまで続くんだろうという気持ちになることはよくありますし、進めなくなってしまうときもあって、そういうときはひたすら考えたり、別の出口がないかやってみたりして、毎回一応戻っては来るんです。

今回ばかりは性被害という問題があまりにきつかったのか、実際に辛い体験をした人の話と自分が作り出したキャラクターをうまく切り離せなくなってしまった時期もありましたが。でも、そういうときは『たかが漫画でしょ』と自分に言い聞かせるしかない。

この話を共有してくれた方の思いを無駄にしたくないというか。自分がここで取り落としてしまったら、勇気を出して話してくれたことが何にもならないので、とにかく何か形にはしなければいけないという責任感に尽きる気がします」

一気に表面化した「性暴力問題」について

近年、性暴力の問題が一気に表面化した。と同時に、性暴力に対する私たちの意識も、今日さんが本作を描き始めた頃と現在とで変化してきている。今日さんはこうした流れについて、率直な思いをこう語った。

「むしろなんで今まで出てこなかったんだろうとも思うし、自分自身の変化もあります。

例えば、自分が痴漢などに遭ってしまったときでさえ、『満員電車にスカートで乗ったからいけなかったんだ』みたいに変に考えてしまうクセがついちゃっていたことを、すごく反省しました。性被害に遭った方に対しても、本人にも落ち度があったんじゃないかとか、その人を責めてしまう部分がたぶんどこかであったんです。

でも、それは絶対に違う。完全に犯罪であり、人の心を壊す行為だということが、取材を通してはっきりわかったんですね。たぶん無知な頃の自分はすごく舐めた見方をしていて、『神待ちをする少女の側にも非はある』みたいなことも言ってしまいそうだった。

でも、取材をしたことで、なぜこんな大変なことに今まで気づかなかったんだろうと思ったし、気づいてこなかった自分の責任もあって、辛くてもちゃんと描き切ろうと思いました」

20代後半でも「神待ち」を続けている女性たち…

今日さんが取材した「サバイブ」できた人の多くは、補導されたことがきっかけで家にいったん戻り、親に見切りをつけるなどの自分なりの結論を出していったという。

しかし、なかには20代後半でも神待ちを続けている女性もいるそうだ。

「20代後半でも神待ちをしている人は、何度も家出少女を助ける活動家の方などに助けられつつどこかで戻ってしまう、うまく社会復帰できないままなんですよ。

途中で学校もドロップアウトしているので、就職やバイトをしようとしても、うまくいかない現実があって、そのループにハマって逆さの円錐に落ち、底から出られなくなってしまう。

もしかしたら時間を守るとか、いわゆる普通の人ができることができない特質も重なって、差し伸べてくれる手をすり抜けてしまうのかと思います」

『かみまち』を通して、今日さんが当事者・非当事者に伝えたい思いとは――。

「自分の周りでも親とのトラブルで心が病んでしまった人などがいますが、私はなぜ一言でも声をかけてあげなかったんだろうと思うんですよね。

今回の取材と作品を通して、そういう予兆を見つけたときにうまく声かけができる人になりたいと思いました。『誕生日おめでとう』とか、『近所に来たんだけど今いる？』とか、全然関係ない、どうでもいい声かけでもいい、一人じゃないと伝えることができたらと思うんです。

また、当事者の方が、自分で作り出してしまっている逆さの円錐も、実はあると思うんです。

どうしようもなくなってしまったときに、ちょっと場を変えるとか、視線を少しずらすとか、相談を全然関係ない人にしてみるとか、何か方法はあるはずです。トラブルの中にいると、視野が狭まるものだけど、絶対に解決する方法はあると思ってほしいです」

今日マチ子　漫画家。1Ｐ漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題に。4度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。’14年に『みつあみの神様』他が手塚治虫文化賞新生賞、’15年に『いちご戦争』が日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた『Distance わたしの#stayhome日記』は’22年1月に『報道ステーション』にて特集で紹介、’23年4月から町田市民文学館ことばらんどにて『今日マチ子「わたしの＃stayhome日記」2020-2023展』を開催。近著に『From Tokyo わたしの#stayhome日記2022-2023』。’25年にはNHKにて『cocoon』のアニメ化が決定している。

親の過干渉や性被害、虐待、貧困…「家出少女」の孤独とリアルを描いた漫画『かみまち』が共感を呼ぶ訳

あなたへのオススメ