1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。ジェイ・ビー・シー（株）広報部所属

林 壮一

<figure id="attachment_332959" aria-describedby="caption-attachment-332959" style="width: 2533px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e11982d6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/081caabca2486feeef6265d4da8d3bbc.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332959" class="wp-caption-text">プロの目から見ても「スピードは世界トップクラス」</figcaption></figure>
９月18日、那須川天心（25）はボクシング転向後、２戦目のリングに上がり、ルイス・グスマン（27）を相手に８回判定勝ちを収めた。２度のダウンを奪い、３名のジャッジがそれぞれ80-70と採点するほどの大差をつけた。試合後の記者会見で、ファイト中に左手を痛めていたことに触れたが、20日に「左手手根不安定症」の診断が下ったことが公になった。
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那須川の試合中、有明アリーナには「天心、行けー！」「那須川がんばれ！」という子供たちの声が木霊していた。従来のボクシングファンとは違った層が、会場を埋めていたのだ。日本最大手のジム、帝拳による新たなビジネスがスタートした感がある。
今回、筆者は、３名の識者に那須川の戦いぶりについて語ってもらった。
まずは元WBO世界ミニマム級チャンピオンの谷口将隆（29）選手。現役ファイターながら、解説の仕事もこなす彼の的確な分析は、高評価を得ている。
「序盤は重心を低くして、やや後ろに体重を乗せた構えでしたね。彼の一つ前の試合でWBO世界スーパーフライ級タイトルを防衛した、中谷潤人選手を彷彿とさせましたよ。立ち上がりは、相手が出てきたところでバックステップして、左ストレートを打つ攻撃が印象的でした。試合開始直後のダウンも、それで奪いましたよね。リアクションなのか、相手のパンチを見て打っているのか、ちょっと僕は分からなかったのですが、タイミングの計り方は見事なものです。
倒されたグスマンはフラッシュというか、『まさか？！』みたいな感じだったでしょう。ダメージもあったはずですが、驚きが大きかったと思います。那須川選手は見た感じ、パワーで倒すというよりもキレでダウンを奪うタイプじゃないかな。なので、変に『倒してやる！』と意気込み過ぎると、上手くいかないのかなと僕は感じました。
ハンドスピード、反応のスピード、体を動かすスピードっていうのは、世界的に見てもトップクラスだと思います。ただ、その使い方が単調かなと。スピードや攻撃に緩急をつけるとか、引き出しの少なさが気になりました。それがあれば、仕留められた相手だったんじゃないかと感じます。那須川選手は、終始『速い』『強い』イメージでしたが、そこを敢えて、スピードを落としてみる。あるいは、相手にパンチを出させるとか、もっとプランがある気がします。
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それから、序盤は腰がしっかりと沈んでいたのですが、後半は体が浮いてしまいましたね。グスマンが出て来て、後半ちょっと疲れてきた時、所謂（いわゆる）、打ち疲れ、攻め疲れの時に浮きました。この辺りは課題なんじゃないかと。本人も世界タイトル獲得を前提としている訳ですから、今回の勝利で満足はしていないでしょう。２戦目としては満足すべき内容ですが、世界を見るってことなら、苦言じゃないんですが、体を浮かせないとか、緩急をつけたバリエーションとかを身に付けた戦い方もあるんじゃないかと。
とはいえ、２戦目であの動きができる選手ですから、今後が楽しみですよ。『世界チャンピオンになるだろう』という目を向けられたら、雑な部分や、穴も見られますが、第２戦と考えたらレベルは高いでしょう。着眼点をどうするかだと僕は考えます。才能はピカイチですよね。凄いセンスだと思います。階級的にバンタム、スーパーバンタムは強いチャンピオンがいますから、世界を獲るのは難しいでしょうが、ある程度いいところまではいくでしょうし、世界チャンピオンになれるポテンシャルはありますね」
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次は、あの井上尚弥（30）がノニト・ドネア（40）との第１戦を終えるまで「自分が戦ったなかで一番強かった男」と評し続けた田口良一（36）氏。2019年３月16日のラストファイトから４年半が過ぎ、現在は指導者の道を歩んでいる。
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「那須川君は試合前に『今回はKOする』と発言していましたから、期待していました。そこを、ちょっと見たかった気がします。左ストレートのカウンターや、右にダッキングして右のフックを放つなど、いい動きを見せましたから、才能は申し分ないと思います。
レベルアップは感じましたが、なぜKOを逃したかといえば、気魄（きはく）じゃないでしょうか。『絶対にKOで倒すんだ!!』というハートが見られなかったというか、もっと前面に出して、ゴリ押しでガンガン攻めていれば、チャンスを作れたと思いますね。ボクシングって気魄がモノを言う世界です。今後、それを出して、本当に死に物狂いの姿を見せてほしい。頭をくっつけて必死で打ち合うような戦い方も覚え、何としてもKOで勝つんだという気持ちを出してもらいたいですね。今回、もっとノックアウトに拘っていたら仕留められたと感じます。
<figure id="attachment_332961" aria-describedby="caption-attachment-332961" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="8bf69bb2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/d8e92a4688b779e5a38705316697b6dd.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332961" class="wp-caption-text">大差での判定勝利を受け、ポーズを決める</figcaption></figure>
それから、那須川君は重心が高いと感じました。でも、キックから転向して２戦目ですから、適応するのに時間がかかるでしょう。そこは大目に見るべきなのかと。簡単に結果は出ないですよ。プレッシャーを与えるよりも、日本人選手なのですから、見守るというか、皆で応援してあげたらいいんじゃないかと自分は考えます。そういう雰囲気を作ってあげたら、彼は伸び伸びやれるような気がしますね。マッチメイクのタイミングやどんな相手を選ぶかにもよりますが、世界チャンピオンになる可能性は十分にあると思いますね」
<div data-friday-nextpage-lead="天心に勧める「魔術師型テクニシャン」の道"></div>
そして最後は、リングを見つめ続けて半世紀のボクシングアナリスト、増田茂（65）氏である。深い洞察のうえで、彼は冷静にコメントした。
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「現時点の那須川は、効かせてダウンをとるまでのパンチはあっても、確実に仕留めるスタイルを持っていない。それは本能的な部分に帰属するものかもしれない。那須川のデビュー戦に際して20世紀末に、ライト級からスーパーウェルター級まで４階級を制覇した那須川と同じサウスポーのディフェンスマスター、パーネル・ウィテカーを思い出した。ウィテカーは1984年のロス五輪ライト級金メダリストでもあり、米国の記者がそのプロデビュー戦をみて『世界ランカーが４回戦で戦っている』と驚嘆したという逸話が残っている。
那須川との共通点は＜抜け感＞だ。身体から力みが抜けてフロートした状態にあり、相手がパンチを強く振るほどに風に煽られた風船のように遠ざかってしまう。それは卓越した距離感のなせる術にほかならない。また、サウスポーのセオリーである『逆時計（左）回り』ではなく、オーソドックスと同じく『時計（右）回り』主体であることも重なる。
異なるのは、ウィテカーの基本フォームはより重心が低く、フロート状態のまま打つのではなく、確実に当たると見極めると瞬時に足を止め、重心をさげて“ため”を作って打ち込むことだ。それが、左右・上下への打ち分けの精度と効果をもたらし、現時点で那須川にほとんど見られない左ストレートから返しの右フックなど、倒すための多様なパターンをウィテカーにもたらしていた。ボクシングにフォーカスして培われた距離感覚の賜物である。
ウィテカーは軸をズラして当てさせぬまま相手の軸を打てるが、那須川はそうではない。那須川の最大のアドバンテージ・ポイントは秀でた危険察知能力とリアクションスピードだと思うが、『攻』⇔『防』のモード変換スイッチが『防』をデフォルト（初期設定）として身体に染みついているかのように思える。そのため、ワンヒットがポイント勝負を分けるスタイルで固まった元トップアマにもよく見られる共通の欠点として、有効打の後にフォローアップにつなぐ意識が強いとは言えない。
右フックの返しがないことでサウスポーとしてのフィニッシュパターンが不足していることもその一例だが、エフェクティブヒットは、＜そこで終わり＞ではなく本来は＜それが始まり＞であるべきだ。それを最も高度に具現化しているのが、ほかでもない井上尚弥ではないか。
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もっとも天心にやみくもにKOを求め、スタイルを根本から作り直そうとするならば、従前のシステムに何らかの破綻をきたすリスクを負う。20世紀半ばの米国リングに１発のパンチも打たずに相手のパンチを躱し切ることでペースポイントを挙げたウィリー・ペップという伝説の業師がいた。ウィテカーやペップのような従来の日本人ボクサーにみられぬＷizard（魔術師）型テクニシャンの道を究めるというのも悪くないと思う」
那須川がボクシング転向を表明した頃、帝拳ジム本田明彦会長は「ウチでやるからには、世界チャンピオンに就かせなければ」と話していた。今後、那須川はどのように壁を上っていくか。

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

時事通信社

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