中川 いづみ

<h3>なぜか日本では言及されない〝雇用主の責任〟</h3>
「この手のニュースを聞くたびに思うのですが、日本では、なぜ犯罪者を“雇った”教育委員会や塾の責任について言及されないのか…、不思議で仕方ありません」
そう話すのは犯罪学者の小宮信夫氏。
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子どもを性犯罪から守るため、「日本版DBS」の法案化が検討されている。
DBS（Disclosure and Barring Service=前歴開示・前歴者就業制限機構）は’12年にイギリスで生まれたもので、犯罪歴などをデータベース化し、雇用主は就職を希望する人の承諾を得てDBSにチェックを依頼し、雇用するかどうかの判断材料にするというものだ。
<figure id="attachment_335013" aria-describedby="caption-attachment-335013" style="width: 1363px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="2e6e2737"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/c33d757df1f93d9d8c10a3740e16d691.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-335013" class="wp-caption-text">教え子のわいせつ写真を撮影、保存していたとして、警視庁に児童買春・ポルノ禁止法違反（所持）の疑いで逮捕された元中学校校長・北村比左嘉（ひさよし）容疑者（55）。女子生徒を校内の一室に呼び出し、わいせつ行為をしたとして再逮捕された（PHOTO： 蓮尾真司）</figcaption></figure>
「日本版DBS」では、学校や保育所、児童養護施設などについては利用を義務づけることになりそうだ。
「そもそもこのシステムはイギリスで〝犯罪機会論〟に基づいて作られたものです。 
犯罪機会論とは、犯罪の機会を与えないことで犯罪を未然に防ごうという考え方です。犯罪機会を与えないためには、場所の管理者が犯罪予防の責任を負う必要があります。 
日本のように、犯罪者を罰して終わりではなく、犯行現場になってしまった場所の管理者・所有者にも責任を追及するのがグローバル・スタンダードな考え方です。イギリスには、犯罪機会論の法律もしっかり存在します」
たとえば公園を作るときでも、犯罪が起きないように考えて設計されなければならず、万一そのトイレで性犯罪が起きた場合は十分に防止策がとられていたか審議され、不十分だった場合は、その建築を許可した地方自治体も莫大な賠償金を払わなければならないという。
「犯罪機会論のハード面が建築デザインですが、そのソフト面が〝雇用システム〟です。 
イギリスのDBSには、犯罪はもちろん、警察の警告処分や会社の懲戒処分など、反社会的行動に関する様々な情報が寄せられ、それらをDBSに所属する専門家がリスク判断します。 
その結果、ある人が、子ども関連の仕事に従事させられないと判断されたとします。その判断を承知の上で雇用した場合は、その人が犯罪を犯さなくても、雇ったこと自体を犯罪として雇用主は罰せられます。 
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『日本版DBS』では教育機関だけが対象になる予定ですが、イギリスでは子どもと接するあらゆる職業に適用されています」
日本では、学校で不祥事が起こった場合、学校関係者や教育委員会の人間が出てきて頭を下げるが、イギリスでは頭を下げるぐらいではすまされない。何千万、時には何億という賠償金が雇用主に請求されるというのだ。これでは雇うほうも真剣にならざるを得ない。
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<h3>しかし、日本でも雇った人の「過失」は問える</h3>
日本では、犯罪を犯した人を罰するけれど、雇った人は罰せられないのは、
「なぜ、その人は犯罪を犯したのかという〝犯罪原因論〟で考えるからです。〝場〟に注目する犯罪機会論という考え方は、法の専門家でも知らない人が多い」
では、たとえば教師が犯罪を犯しても、日本ではその人を雇った人の責任は問われないのか。
<figure id="attachment_335014" aria-describedby="caption-attachment-335014" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b05e1368"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/cab9fc6b60157f5b4261fad2aa6203bb.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-335014" class="wp-caption-text">北村比左嘉（ひさよし）容疑者の事件で、記者会見で陳謝する練馬区教育委員会の幹部ら。イギリスでは頭を下げるぐらいではすまされない（PHOTO：共同通信）</figcaption></figure>
「過失で問うことができます。ちょっと調べればわかるような過去の事件の調査を怠り、その場だけの判断で雇用したら、過失です。 
子どもと二人だけになってしまう部屋でトラブルが起きていたにもかかわらず、それをそのまま放置していたら、それも過失で問うことができます」
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そんな人だと知らなかったということもあるけれど……。
「努力して調査しても知ることは難しいという状況でない限り、知らなかったということ自体が過失になり得ます。 
特に、建物や施設の設計に関するミスは、見ただけでわかるので、犯罪機会論を根拠に主張すれば、もっと簡単に過失が認定されるでしょう」
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実際、’01年に大阪府池田市の池田小学校で無差別殺傷事件が起きたときは、学校の過失が認められたし、’11年の東日本大震災の津波で児童・教職員84人が死亡・行方不明になった大川小学校も過失責任が問われた。
「日本版DBS」ができれば、過失責任も問いやすく、今までのように頭を下げて終わりということもなくなるだろう。
<div data-friday-nextpage-lead="欧米のDBSとは…"></div>
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<h3>社会から締め出そうというものではない…欧米ではあの手この手で更生の道も</h3>
「日本版DBS」を法制化するのに慎重論もある。その一つは「職業選択の自由」を侵害するというもの。
「DBSでは犯罪を犯すリスクの高い人と被害に遭うリスクの高い人が接触する機会を制限しているだけ。運転免許を持っていない人がタクシー運転手になれなかったり、医師免許を持っていない人が医療行為をできないのと同じです」 
しかし、イギリスのこの制度は、決して犯罪者を社会から締め出そうというものではないと小宮氏は言う。
「欧米ではすでに20年ほど前から〝修復的司法〟が行われています。これは被害者と加害者を直接会わせて、被害者がどんなに苦しい思いをしているかを伝えて、加害者が罪の重さに気づくよう教育するものです。そこには、検察官も裁判官も登場しません。 
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日本では犯罪を犯せば、起訴されて裁判にかけられる道しかありませんが、欧米では、起訴するという道のほか、修復的司法という道も用意されている。若い人の中には自分がどんなことをしたか、自覚がない人もいるけれど、こうした方法で更生への手助けをしているわけです」 
このほかにも、刑務所に収監せずに、地域でのボランティアなど社会奉仕活動を通じて、自分の価値に気づかせるなど、さまざまな方法での更生を促している。ただ厳しくしているだけではないのだ。
<figure id="attachment_335015" aria-describedby="caption-attachment-335015" style="width: 3440px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b55b408b"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/927e017cdbb4e966576e4ad2447d7b5f.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-335015" class="wp-caption-text">次回の臨時国会での法案提出が見送りとなった「日本版DBS」。９月26日の会見で、加藤こども政策担当大臣は法案の提出時期は〝白紙〟との考えを示した（PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
「日本版DBS」では、今のところ学習塾やスイミングクラブ、ベビーシッターなどには義務づけられない予定だ。これで大丈夫なのかと思うが、
「イギリスも時間をかけて範囲を広げてきました。最初はこのくらいからスタートしてもいいと思います。ただ、DBSの前提である犯罪機会論の法律は作ってほしいと思います」 
次の臨時国会で法案提出される予定だった「日本版DBS」だが、こども政策担当大臣が加藤鮎子議員に代わり、法案提出時期は〝白紙〟になってしまった。子どもを２人もつ母としての視点も期待された加藤議員。今も各地で危険にさらされている子どもたちのためにも、早期の法律化が実現することを祈るばかりだ。 
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小宮信夫　立正大学教授。社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省などを経て現職。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』（小学館）。テレビへの出演、新聞の取材、全国各地での講演も多数。
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中川いづみ

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