ラグビーW杯8強かけた大一番 キック成功率93%の日本代表・松田が「恐竜ポーズ」を編み出した理由 | FRIDAYデジタル

ラグビーW杯8強かけた大一番 キック成功率93%の日本代表・松田が「恐竜ポーズ」を編み出した理由

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プレスキックを蹴る直前の松田。みぞおちの前あたりにちょこんと両手を出した立ち姿には、キックを決めるための深い意味があった
プレスキックを蹴る直前の松田。みぞおちの前あたりにちょこんと両手を出した立ち姿には、キックを決めるための深い意味があった

キッキングティーに楕円球をセットする。そこから軸足と蹴り足を合わせ、後方へ下がること4歩、さらに右へ2歩。スクエアスタンスで背筋をピンと伸ばし、肩甲骨を寄せるように曲げた肘を引いた姿勢から、まっすぐボールにアプローチして蹴り込む――それが松田力也のルーティーンだ。

人呼んで「恐竜ポーズ」。みぞおちの前あたりにちょこんと両手を出した立ち姿が、太古の昔に地球上を闊歩した巨大生物を想起させることから名づけられた。チームメイトのレメキロマノラヴァからは、「ティーレックスみたい」といわれているという。

プレスキックを外したのはわずか1本

10月8日、2大会連続のワールドカップ(以下、W杯)決勝トーナメント進出をかけてアルゼンチンとのプールマッチ最終戦(日本時間20時キックオフ)に臨むラグビー日本代表。現在プール2位のアルゼンチンを勝ち点1差の射程圏にとらえるところまでチームを牽引してきたのが、スタンドオフ(SO)の松田だ。ここまで3試合すべてに10番を背負って先発出場し、ゴールキックは16本蹴って15本成功。93.75パーセントという驚異的な成功率を残している。

W杯では、「いいキッカーを擁することが成功の条件」ともいわれる。際どい接戦になればなるほど、コンバージョン(C)の2点とペナルティゴール(PG)の3点が大きな意味を持つからだ。大会第4週を終えた10月1日時点の37得点(8C7PG)は、スタッツランキングで堂々の全体6位。スクラムを専門とする長谷川慎コーチが「力也のキックは本当に助かる。(フォワードが)ここでがんばったら絶対に3点取ってくれると思える」と語るなど、スタッフ陣も手ばなしの称賛を送る。

もっとも、大会前は決していい状態ではなかった。7月から8月にかけて行われた代表戦では、6試合中先発は2試合のみ。特にゴールキックは50パーセント(6本中3本成功)と不調で、「ワールドカップ本番では22歳の李承信がスタンドオフに起用されるのでは」と予想する声も少なくなかった。

しかしいざ蓋を開けてみれば、チリとの初戦からチームの司令塔としてフィールドに君臨。落ち着いたコントロールでゲームを仕切りつつ、正確なゴールキックで得点を積み上げ、勝利の原動力となった。サモアとの第3戦でついに連続成功が「13」でストップしたものの、続く2本のPGをきっちりと決め、6点差での勝利に貢献している。

なぜ松田はここにきて復調を遂げたのか。理由は、ワールドカップ直前にフォームを修正したことだった。大会前最後のウォーマップマッチとなった8月26日のイタリア戦までは、「自分のキックができていなかった」と振り返る。

あらためて自分なりのポイントを見直してみると、細かなズレがあることに気づいた。そこから厚い信頼を寄せる佐藤義人トレーナーの助言を受け、右肩が下がらないよう意識する構えに変更。その結果、今では「そこをしっかりすれば絶対に決まる」と自信を持って蹴ることができているという。

蹴る瞬間。チェックポイントの一つである右肩は下がっていない
蹴る瞬間。チェックポイントの一つである右肩は下がっていない

松田に訪れた「大きな転機」

レギュラーの座すら危ういと思われていた状況から本番で真価を発揮できたのは、この4年間の確かな歩みの証でもある。自身初のW杯となった’19年の日本大会は田村優のバックアップという位置づけで、全5試合にメンバー入りしたものの、先発出場はゼロ。「個人的にはすごく悔しい思いをした大会でもあった」と吐露している。

4年後のフランス大会は、必ず10番のレギュラーで出場する――。そう決意して再出発した松田にとって大きな転機となったのが、’21年10月に大分で行われたオーストラリア代表戦だった。コロナ禍による長い活動休止期間を経て2年ぶりに国内で開催されたテストマッチで、松田は田村を抑えてSOで先発出場を果たす。キックパスによるトライアシストに加え1G2PGの8点をマークし、W杯で過去2度の優勝を誇る強豪との真剣勝負でみずからの実力を証明してみせた。

のちに本人は、この時の心境をこう明かしている。

「練習の時から、周囲の選手が僕のほうを見てくれるようになった感覚がありました。それまではずっと優さん(田村)と同じことをしなければと考えていたけれど、今は自分なりの持ち味を出せばいいんだと思えるようになった」

所属する埼玉パナソニックワイルドナイツでも結果を残し続けた。’22シーズンのリーグワンでは初戦から10番を背負い、リーグ戦13連勝を達成。その最終節で左ヒザ前十字靭帯断裂の大ケガを負い、半年以上実戦から遠ざかる雌伏の時間を過ごしたが、翌’22-’23シーズンの開幕戦で見事に復活を果たし、SOのレギュラーとしてチームを2年連続の決勝進出に導く。同じポジションにはユース時代から天才と称され、同世代の山沢拓也がおり、ことあるごとに比較されてきたが、ファーストチョイスの10番の座は決して譲らなかった。

今年6月。1年半ぶりに参加する日本代表合宿を前に、「しんどい練習をするのはわかっていますが、戻ってこられてうれしいという気持ちのほうが大きいし、ワクワクしています」と心境を語った松田は、2度目となるワールドカップに向け意気込みをこう口にした。

「この4年間、10番に強いこだわりを持ってやってきました。成長したところを見てもらいたいですし、結果でも2019年のベスト8以上に行きたい」

母校の伏見工業(現京都工学院)ラグビー部で代々受け継がれる言葉は、「信は力なり」。生きるか死ぬかの大一番となるアルゼンチン戦、悔しさを糧に正SOの座をつかみ取った松田力也が、積み上げてきた信とともに決戦のフィールドに立つ。

9月18日のイングランド戦後、プレー中では全く見られない優しい表情でで子どもと戯れる松島と松田(右)。
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密かに自信を積み上げてきたゲームメークでアルゼンチンを撃破できるか
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大会に入ってまだ1本しか外していない正確無比なキックで日本代表を勝利に導きたい
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  • 取材・文直江光信

    1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)

  • 写真産経新聞社(1枚目)長尾亜紀(2~5枚目)

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