「スパイダーマン:スパイダーバース」革命で日本アニメに危機?

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「スパイダーマン:スパイダーバース」(原題:Spider-Man: Into The Spider-Verse)写真左から本作の主人公マイルス・モラレス = スパイダーマン、おなじみのピーター・パーカー = スパイダーマン、グウェン・ステイシー = スパイダー・グウェン    (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.

アメコミ原作で「アカデミー賞長編アニメーション賞」受賞の快挙

『スパイダーマン:スパイダーバース』が、いま世界のアニメーション界を変えようとしている。

2月24日(現地時間)、ハリウッドのドルビー・シアターで、アメリカ最大の映画の祭典、アカデミー賞授賞式が開催された。この場で各賞の受賞者を発表、『ボヘミアン・ラプソディ』やNetflix映画『ROMA/ローマ』などの話題作が次々に栄冠を勝ち取った。

長編アニメーション部門で最優秀賞に輝いたのが『スパイダーマン:スパイダーバース』(以下、『スパイダーバース』)だ。おなじみスパイダーマンシリーズ初の長編アニメーション映画である。日本の『未来のミライ』や、ピクサー『インクレディブル・ファミリー』、ディズニー『シュガー・ラッシュ:オンライン』、巨匠ウェス・アンダーソン監督の『犬ヶ島』をかわしての受賞である。

〔ものがたり〕ニューヨーク・ブルックリン。マイルス・モラレスは、頭脳明晰で名門私立校に通う中学生。彼はとある事件で得たスパイダーマンの力をコントロールできずにいた。ある日、時空が歪められる大事故が起こる。激しい衝撃により集められたのは、異なる次元=ユニバースで活躍する、様々なスパイダーマンたちだった! 3月1日~3日IMAX版先行上映。3月8日から全国公開。

『スパイダーバース』は、すでにゴールデングローブ賞、アニー賞、各映画批評家協会などの有力な賞を総なめ状態。だから受賞への反応の多くは「順当」だ。
ただ「ちょっと待って欲しい」。半年前はどうだっただろう。おそらく誰もこの結果は想像していなかった。

「スパイダーマンのアニメーションが、アカデミー賞? そんな馬鹿な!」。そんな感じだろう。

これは作品の良し悪しとは別の問題だ。
アカデミー賞の対象は、「映画芸術として素晴らしいもの」だ。アメコミ原作や、テレビ番組のようなスタイルは、ちょっと俗っぽ過ぎる。

実写映画ではアメコミ原作でアカデミー賞の作品賞、監督賞を受賞した作品は存在しない。2018年に記録的な大ヒット、高評価を獲得した『ブラックパンサー』も衣装デザイン賞、美術賞、作曲賞にとどまった(今までの最高は(バットマン)ダークナイト』の2冠)。

長編アニメーション部門も同じだ。これまでの受賞作はディズニーやピクサー、2002年の『千と千尋の神隠し』も含めて、全て大人も子ども観られる作品だ。ノミネートに広げても、これに海外を中心にしたアート作品が加わるだけである。
ところが『スパイダーバース』のアメリカでのレーティングは、子どもが観るのに親の指導が必要な「PG」。この映画のターゲットはヤングアダルトである。大人向けアクションアニメーションのアカデミー賞初進出なのだ。

『スパイダーバース』は、アメリカのアニメーション界に大きな革命を起こしている。これまでジャンク扱いだったスーパーヒーローのアニメーションを「映画」として批評させ、ギークな世界が表舞台に飛び出した。それが一般観客の心も掴む。大人向けのアニメーションというジャンルを世に知らしめたのだ。

混乱、そして予測不能。 「スパイダーバース」の魅力

スパイダーマンとスパイダーマン。力を使いこなせないマイルス・モラレスはピーター・パーカーの助けを借りる   (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.

『スパイダーバース』の映像を端的に表現するのは難しい。パッと見るとフル3DCG。けれどもキャラクターデザインには2Dテイストやカートゥーンと呼ばれるテレビ番組のスタイルが取り入れられている。

さらにコミック的な表現の数々。アメコミのコマ割りや、文字に書かれたセリフ、オノマトペ(擬音語)までが画面に飛び出す。そして日系女子高生ヒーローとして登場するペニー・パーカーの表現は、日本アニメスタイルがもとだ。およそ脈絡がない。観客は少し混乱するが、同時にワクワクする。

この実験的な映像こそが映画の魅力だ。何が起こるか想像させない。意表を突いた展開、真っ当な映画であれば躊躇するような遊び心。

ストーリー構成も同じだ。平行するいくつもの世界のバランスが崩れて、各世界のスパイダーマンが顔を合わせる設定に、主人公の少年マイルスと警察官の父親との親子愛がテーマ軸である。

しかし実際のストーリーは、3行でかけるほど単純ではない。キャラクターたちは画面の向こうから観客に語りかけてくるし、スパイダーマンが活躍する劇中世界でもスパイダーマンのコミックは販売されており、それはノンフィクション的な扱いなのだ。コミックショップでは、スパイダーマンのコスプレセットも売っている(ここではショップの親父の顔に是非注目したい)。

普通の少年が大きな力を得てスパイダーマンになる葛藤は、これまでのシリーズのフォーマットを踏襲している。作中に盛り込まれたコアなネタ・引用の数々。それらは必ずしも説明されない。知らなくても十分楽しめるが、由来を知っていれば思わずニヤリとする。マニアックだ。
しかし映像と同様、この混乱こそが他のどんな映画とも異なる本作の最大の見どころだ。

それはかつて日本アニメが与えてきたものだった

ペニー・パーカー(声:キミコ・グレン/高橋李依)と彼女が操縦するパワースーツ、SP//dr   (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.

かつてアメリカの日本アニメファンが日本アニメにはまる理由は、「アメリカのアニメーションは子ども向けばかり、日本のアニメは大人でも楽しめる」と説明されていた。子ども向け映画・番組では許されない複雑な設定に、容赦のないストーリー(「世の中はいつもハッピーなわけでない」)、そして馬鹿馬鹿しいほどの脈絡のなさ(「アバンギャルドだ!」)を持っていた。

筆者はかつて、アメリカで「マクロス」(現地では「ロボテック」のタイトル)の熱心なファンに、作品がいかに衝撃的だったかを語ってもらったことがある。
「友だちと一緒に見ていたんだけれど、主人公の仲間がすごい危機に陥って。「どうせ最後には助かるのさっ」て、みんな笑って見てたんだ。そしたらそいつはそのまま死んじゃって。とにかくすごい衝撃だった」。

アニメーションのこうした種類の驚きは日本アニメの専売特許だった。一見ではワケがわからない、アバンギャルドな表現、あちらこちらに潜り混んだマニアックなネタと作品を解読する醍醐味も……。

『スパイダーバース』はそれらを全て持っている。

『スパイダーバース』が受け入れられた背景には、日本アニメの影響もあるかもしれない。過去20年、日本アニメがハイティーンから20代に人気を得たことから、「世の中に“大人向けのアニメーション”というジャンルが存在する」、「しかもそれは結構大きなマーケットだ」と、アメリカの映像業界が気づきだした。

日本アニメを見て育った新世代のクリエイターやプロデューサーは、日本からそれらを輸入するだけでなく、自分たちでも作れる、作りたいと考えた。
あとはそこに潤沢な資金と、きっかけがあれば十分だ。それが『スパイダーバース』というわけだ。

『スパイダーバース』が起こした革命は、いまも戦線を拡大しつつ進行中だ。実はヤングアダルトに向けたアニメーションは、ここ1、2年、アメリカで急激に浮上しているトレンドだ。

例えば日本アニメ導入にも熱心なNetflix。アメリカ制作の『悪魔城ドラキュラーキャッスルヴァニアー』が大人気だ。『セブン』『ソーシャル・ネットワーク』などのデビット・フィンチャー監督が手がける大人向けアニメーション『LOVE DEATH + ROBOTS』の予告も公開され、大きな話題を呼んでいる。今後もこのジャンルは拡大する勢いだ。

そうした作品のターゲットは、日本アニメの視聴者と重なる。日本にとっての強力なライバルである。これまでは大人向けのエンターテイメントなアニメーションは、世界的にほぼ日本の独占市場とされてきた。しかしそれはこれからも続くのか? このジャンルは今後世界的に大きく変わりそうだ。

『スパイダーマン:スパイダーバース』が起こした革命は、その象徴である。あとから見ると、2019年が世界と日本のアニメーション業界の分水嶺だったと思える日が来るかもしれない。

ピーター・B・パーカー = スパイダーマン(声:ジェイク・ジョンソン/宮野真守)  (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
敵役ウィルソン・フィスク = キングピン(声:リーヴ・シュレイバー/玄田哲章) (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
スパイダーマン・ノワール(声:ニコラス・ケイジ/大塚明夫)  (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
スパイダー・ハム(声:ジョン・ムレイニー/吉野裕行)  (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
スパイダー・グウェン(声:ヘイリー・スタインフェルド/悠木碧) (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
マイルス・モラレス = スパイダーマン (声:シャメイク・ムーア/小野賢章) (c)&TM 2019 MARVEL. (c)2019 SPAI. All Rights Reserved.
  • 数土直志

    (スド タダシ)アニメジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。

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