フィギュアスケートを中心に、冬季競技を幅広く執筆。競技会からアイスショーまで、取材範囲も多岐にわたる。

秦野 大知

観るものを”物語の世界”へ引き込む滑りが、より凄みを増していた。
2018年平昌冬季五輪のフィギュアスケート女子で4位に輝いた宮原知子（25）が、10月7日にさいたまスーパーアリーナで行われた日本、欧州、北米によるチーム対抗戦「ジャパン・オープン」で1日限りの競技復帰を果たした。
<figure id="attachment_339224" aria-describedby="caption-attachment-339224" style="width: 683px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a9360290"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/abbfc52286066f48b521881d142b38d7.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339224" class="wp-caption-text">1日限定で競技復帰した宮原知子</figcaption></figure>
昨年3月に現役引退した後、宮原は一流スケーターだけが出演するアイスショー「STARS ON ICE（スターズ・オン・アイス）」の海外ツアーに日本人として初めて全公演参加するなどプロスケーターとして活躍していた。
今回、彼女が出場した「ジャパン・オープン」は各チーム男女2人ずつがフリーだけで争うプロアマ混合戦。参戦が決まって以降、ジャンプを競技会レベルに戻そうと宮原は急ピッチで調整を進めてきた。第一線を退いてからすでに1年半以上。
「現役を辞めてから練習量も減った。プログラムの種類も（ショー向きに）変わったので、体作りが一番大変だった」
と宮原は苦労を口にしていた。
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「プロとしての見せ方の違いを出せたら」と試合前に抱負を語っていた通りに、宮原は「愛と情熱と宿命」をテーマにした『ロミオとジュリエット』を情感豊かに、そして華麗に舞った。
現役時代の一切の妥協を許さない姿勢はそのまま。元世界王者で今回の演目を振り付けたコーチのステファン・ランビエール（38）に送り出され、リンク中央に立つと、宮原は演技の冒頭、3回転ルッツからの連続3回転ジャンプを見事に着氷させてみせた。正確なエッジワークと、荘厳な音楽に負けないメリハリのある力強いスケーティングはさすがの一言。「ステップと最後のコレオはすべてを投げ打って表現したい」という狙い通り、終盤のコレオシークエンスで4000人の観客の心をわしづかみにし、最後は氷上に横たわって、ジュリエットの自死を表現した。濃密な4分間だった。
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「やれることだけを一個一個やっていこうと思って試合に臨んだ。それは達成できたかな」
競技後の宮原の弁だ。いくつかのジャンプで回転不足はあったが転倒はなく、一つの作品として見事にまとめ上げて123･22点。競技としても大健闘と言えるだろう。それは近くで見つめる仲間の姿が証明していた。
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<figure id="attachment_339225" aria-describedby="caption-attachment-339225" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="95c9cf0e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/7b836d73a537403668c747a4c9160449.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339225" class="wp-caption-text">優勝を決め、表彰に向かう日本チーム。左から島田高志郎、友野一希、坂本花織、宮原知子</figcaption></figure>
昨年12月の全日本選手権で男子2位の島田高志郎（22・木下グループ）は
「表現していく体の動き、内から出てくる感情を直に感じ、その美しさに涙が止まらなかった」
と語った。宮原は照れ笑いを浮かべながら
「涙を流して、よいデトックスができたかなと思ってます。曲の壮大さを感じながら、曲に入り込んで滑ることができた。それが伝わったのは嬉しい」
と目を細めた。
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物語に息を吹き込む――。そんな宮原のプログラムで忘れられない作品がある。2017-2018年の平昌五輪シーズンに選んだショートプログラム（SP）の『SAYURI』だ。2016-2017年シーズン途中に左股関節の疲労骨折が判明し、大事な五輪プレシーズンで長期離脱を余儀なくされた自身と、映画『SAYURI』で波乱の人生を歩んだ芸者と自分を重ねた勝負の演目だった。
「自分を貫く主人公の強さを表現したい」
この楽曲を滑ると決めてから、英語の原書を読み始め、作品のイメージを膨らませて、滑りの一つ一つに落とし込んだ。約11ヵ月ぶりの実戦復帰となった2017年11月上旬のグランプリ（GP）シリーズNHK杯ではジャンプにミスがあって得点は伸び悩んだが、2週間後のスケートアメリカでは5点以上伸ばして70点台の大台に乗せた。当時読み進めていた場面は、主人公が一途に思い続けてきた芸者への道が開けてきたシーン。五輪を目指して階段を着実に上る自身の境遇とぴったりと重なっていた。
そして迎えた五輪最終選考会を兼ねた12月の全日本選手権。脚には連戦の疲労がたまっていたが、首位と0・36点差の2位で発進とすると、フリーで逆転して堂々の4連覇。五輪切符を自らの手でたぐり寄せた。
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「ずっと（全日本選手権を）優勝してきて、ここで優勝しないわけにはいかないと強い気持ちだった。ここで復活するためにやってきた」
宮原が演技後に珍しく語気を強めた姿は印象的だった。
プロスケーターとして、アイスショーの舞台でじっくりと時間を掛けてつくり上げた作品を見るのはもちろん素晴らしいひとときだ。だが、競技という真剣勝負の舞台で、その時々の人間模様を重ね合わせる彼女の演目はさらに素晴らしい。それは世界女王の坂本花織（シスメックス）の言葉が見事に言い表している。
「まばたきを忘れるぐらい見入ってしまう。それがすごくて、語彙力がどこかにいくぐらいすごい。一日現役（復帰）がもったいないぐらい。もうちょっとやってほしいなと思うぐらい、まだまだ見ていたかった」
来年もまたこの舞台で、宮原の円熟の滑りを見たい。

秦野大知

共同通信

2018年平昌五輪4位の成績を残し、昨年プロ転向を果たした宮原知子。彼女が10月7日のジャパンオープンで一日限りの現役復帰を果たした。後輩たちの胸を打った演技の裏には何があったのか――。

世界女王・坂本花織がまばたきを止めた…宮原知子「一日限りの奇跡の現役復帰」の凄み

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