まさかの現役復帰 岡部哲也53歳が国体に出走した理由

史上最強のアルペンスキーヤーが東京予選を勝ち抜いて

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レース後、テレビカメラや記者に囲まれる。岡部哲也の周りだけ人だかりができ、ファンにも30分近く対応していた

今年の冬季国体は例年にない異常な盛り上がりを見せていた。「イランカラプテくしろさっぽろ国体」スキー競技会第3日の2月16日、サッポロテイネのスキー場には、観客だけでなく大手マスコミの記者やカメラが集まっていたのだ。会場を行き交う人々からも、こんな声が聞こえてくる。

「今日は、あのオカベが滑るんだって!」

話題の中心にいたのは、「史上最強のアルペンスキーレーサー」と言われた岡部哲也選手(53)である。

スキーブーム全盛だった’80年代後半から’90年代、岡部は回転競技(スラローム)で日本人として初めてW杯2位となり、世界の頂点に最も近い男と言われた。

そんなスターが24年ぶりに現役レースに復帰したのだから、往年のファンが詰めかけたのも当然だろう。

どうしてまた国体に出場しようと考えたのだろうか。それには、昨年、岡部の故郷・北海道を襲った地震の影響があったという。

「私の滑りを見てもらって北海道を元気にしたい、ということがまずありました。昨年、北海道のスキー場で教え子が事故で亡くなったことも大きな出来事でした。ほかに『今の自分の力を試したかった』という気持ちも、もちろんあります」

こうして、「現役復帰」を決意した岡部だったが、昨年12月、テレビ番組の収録で同コースを滑走して転倒し、右ふくらはぎ筋断裂。欠場もやむなしと思われたが国体東京都予選(成年男子C・34歳以上の部)でなんと優勝。見事現役復帰を果たし、国体本戦出場の切符を手にしたのだった。

しかし国体直前の2月5日、今度は第三腰椎横突起を骨折し、全治2ヵ月という重傷を負う。

北海道入りするまでは松葉杖をつき、一時は出場も危ぶまれた。それでも、レース会場に岡部は姿を現し、小雪舞う中、難コースを滑りきったのだ。

「フィニッシュ時の岡部選手は、傍目(はため)で見ていても相当辛そうでした。しばらく動けず、取材などが終わった後、ゆっくりとヘルメットやゼッケンを外していくと、いくつものテーピングやコルセットが見えてきて、本当に満身創痍で滑っていたんだな、と頭が下がりました」(レースを取材したカメラマンの黒瀬ミチオ氏)

三浦雄一郎も駆けつけた

あの岡部だったら奇跡の優勝を果たしてしまうのではないか――。そんな期待もあったがレース結果は128人出走して33位の成績。このレース結果について、プロスキーヤーにして登山家の三浦雄一郎氏(86)はこう称賛した。

「実はレース当日、僕も会場に行っていました。コースを見ると、急斜面と緩斜面がねじれ、氷も張っていました。非常に難しい斜面。よく滑り通したと思います。年齢、ブランクにケガもあります。すごい勇気だと思う。もう称賛あるのみ。

やはり彼は最高のヒーローですよね。岡部くんの挑戦は僕にもいい刺激になりました。彼を見ると、僕も頑張らなきゃいけないなというか、お互いにまだまだやろう、やれるな、と感じます。今後もお互いに頑張っていこうじゃないか、と伝えたいですね」

三浦知良(51)やイチロー(45)、葛西紀明(46)といったレジェンド選手が一線で活躍する時代。岡部のチャレンジもまた、「時代の最先端」といえるだろう。

2月16日、国体「スキー大回転成年男子C」の部に東京都代表で出場し、テイネのGSコースを滑走する岡部哲也
ゴール後、一社ずつていねいに取材に応じていた岡部哲也
  • 撮影黒瀬ミチオ

Photo Gallary3

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