辻 啓子

<h3>「ダンスがうまい日本人はたくさんいるが、歌がうまい日本人は少ない」</h3>
韓国人は、歌手や俳優、もっと言えば一般人まで歌がうまい。
第一次韓流ブームのころからの韓国ドラマ＆K-POPファンである筆者はこう確信している。もっとも、今や日本で大人気のK-POP。ライブでアイドルたちの歌声を聴き、あまりのうまさに愕然とした人も多いのではないだろうか。
昨今ではK-POPアイドルになりたい日本人が急増し、国内でも韓国芸能事務所による練習生オーディションが頻繁に開催されている。そんななか、日本のオーディション関係者から聞こえてきたのは「ダンスがうまい日本人はたくさんいるが、歌がうまい日本人は少ない」という声。
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韓国発のサバイバルオーディション番組でも、「ダンスには自信があるけど歌は苦手」と不安な表情を見せる日本人練習生と、「自分こそがメインボーカル」と言わんばかりに見事な歌声を披露する韓国人練習生の両極端な姿が度々映し出されてきた。
韓国人はなぜ歌がうまいのかーー。
<figure id="attachment_342816" aria-describedby="caption-attachment-342816" style="width: 6000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="742bbdab"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/2afd329bfa0f013d653ba880a119fe39.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342816" class="wp-caption-text">現在、ソロ活動中のBTSのメインボーカル、ジョングク（Jung Kook）。その歌唱力は世界中から高い評価を受けている</figcaption></figure>
長年にわたる筆者のこの疑問を解消すべく、音声学を基本としたボーカルレッスンスタジオを主催する音声学ボイストレーナーの安倉さやかさんと、同スタジオのK-POP育成コースでトレーナーを務める韓国人ボイストレーナーのSoomiさんに取材。“韓国人の歌ウマな理由”を探るうちに、「言語」「国民性」「環境（教育）」の３つのキーワードが見えてきた。
<figure id="attachment_342817" aria-describedby="caption-attachment-342817" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b5a67e7f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/ee74665eff5f47f202b49f5bd4a6b04e.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342817" class="wp-caption-text">「安倉さやかボーカルスタジオ」を主催する安倉さやかさん（写真右）と、同スタジオの講師の一人、Soomiさん（同左）</figcaption></figure>
<h3>「韓国語を表記する“ハングル”が大きく関係している」 </h3>
日本語の読み書きも得意とする韓国人のSoomiさんによると、「韓国人に歌がうまい人が多いのは、韓国語を表記する“ハングル”が大きく関係している」という。
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「ハングル文字には、日本語同様に母音と子音がありますが、“音”を意識して創られています。
子音は発音器官の形やその動きを模して創られていて、例えば『ㄱ』（牙音）は舌根が喉をふさぐ形、『ㅁ』（唇音）は口の形を表しています（※図１を参照）。
子音19個、母音21個と、日本語より断然多く、それぞれ音の区別が明確にあります。その両方が組み合わさって一つの音節になるため（『子音＋母音』または『子音＋母音＋子音』の組み合わせ。※図２を参照）音のバリエーションが豊富。鼻腔、口腔、咽頭を最大限に活用して発音しなければ正確な音が出せないのです」
<figure id="attachment_342819" aria-describedby="caption-attachment-342819" style="width: 7980px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f4caf430"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/58ebc768d4d9829475aa79b9fa61cc83.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342819" class="wp-caption-text">【図１】ハングル文字の子音は発音器官の形やその動きを模して作られている</figcaption></figure>
<figure id="attachment_342820" aria-describedby="caption-attachment-342820" style="width: 8000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5df95de2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/988a6d6afc6ca9de0b3f3c0493382372.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342820" class="wp-caption-text">【図２】ハングル文字は、子音＋母音、または子音＋母音＋子音の組み合わせで構成される。（図は「愛（サラン）」「感謝（カムシャ）「FRYDAY（フライデー）」を例にSoomiさんが作成）</figcaption></figure>
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こうした韓国特有の言語が、音楽の３大要素であるリズム、メロディ、ハーモニーを習得させ、声の３要素である声帯、呼吸、共鳴を鍛えることにも繋がっているのだと分析する。
「韓国語の発音が身についている韓国人は、声が出しやすく、音域の幅も広いと言えます。 
そのため、歌に必要なリズム感や、声に必要な共鳴もともなうようになり、声が持つトーン（音色）にも深みが出てくる。歌のプロでなくても、韓国人は音の聞き分けに長けてきますし、口のなかの筋肉が自然と鍛えられているので、すぐに修正でき、習うことで簡単にレベルアップできるのだと思います。 
一方、日本人を教えていて思うのは “音”の響かせ方を知らない人が多いということ。日本語は韓国語ほど口のなかを意識しなくても発音できる言語だからなのでしょう。そのためか、日本人は発声で損をしているような気がします。 
とはいえ、最近の小学生には音の聞き分けができる子が多いので以前に比べると習得は早い。親がK-POPを聴いていた世代なのだと思います」
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<figure id="attachment_342821" aria-describedby="caption-attachment-342821" style="width: 2880px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="be548541"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/123a7b7bc0d32ee46bafa1e0d2cb3151.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342821" class="wp-caption-text">Soomiさんが指導するPOP育成コースでは、レッスン室に鏡がある。ハングル文字を頭の中で描きつつ、口の形や動かし方を見ながら、発音、発声の方法を習得していく</figcaption></figure>
筆者は生まれたときから日本語を使っている日本人だが、恥ずかしながら自国の言語に“音”を意識したことは一度もない。安倉さんは言う。
「言語は音程。発音する際には必ず音程が存在します。 
とはいえ、日本語はトーンが単調で奥行きや広がりが出づらい。例えば、ディズニー映画『アラジン』に用いられている曲『A Whole New World』の英語版と日本語版を聞き比べてみてください。英語版の『I can show you the world』の部分、日本語版では「見せてあげよう」と歌っていますが、文節の最後、英語の「world〔wə&#8217;ːrld〕」に対し、日本語は「よう」で終わる。これだけ音が少ないと、トーンに深みが出ません」
対して韓国語は、洋楽が歌いやすい言語。音のバリエーションが豊富にあり、単語と単語の間にスペースが入るところも英語と似ている。
「そもそもK-POPはトラックが完全に洋楽。英語に似ている韓国語の要素が、抑揚やリズム、トーンを生みやすくしていて、洋楽を歌いやすくしているのだと思います」 
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<h3>韓国人の心に潜む「恨」「情」「興」が表現力に</h3>
Soomiさんによれば「韓国人は歌とダンスが好きな民族」。こうした“国民性”も歌ウマの背景にはあるという。
「韓国には、歴史的にお酒を飲みながら歌って踊る“飲酒歌舞”という文化が根付いています。会社の飲み会で披露するため歌やダンスを習う人も多く、近年では、家族や友だちの結婚式でお祝いのパフォーマンスを行うためにレッスンを受けるのが流行しています。 
サバイバル＆チャレンジ精神が強い人が多いので、幼いころから歌やダンスの大会に出る機会も多い。レッスンにも力が入るのだと思います」
また、ダンス曲であれば、めまぐるしく変わる表情で楽曲の世界観を伝えたり、バラードであれば、情感たっぷりに歌い上げたりと、10代のK-POPアイドルでもその表現力には舌を巻く。韓国の俳優がドラマやミュージカルで見せる演技や歌も然り。
“豊かな表現力”という言葉では言い表せられない、その高い “伝達力”も、国民性の一つだとSoomiさんは言う。
「歴史が大きく関係していると思いますが、韓国人の場合、若い世代であっても、悲しみの『恨』（ハン）、心を温める『情』（ジョン）、喜びの『興』（フン）という感情が潜んでいる。 
個人的には、こうした“熱さ”が韓国人の表現力を生んでいるのだと思います」
<figure id="attachment_342823" aria-describedby="caption-attachment-342823" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6460c37f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/cac7c5c9237c2e3290cbf7020cd31434.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342823" class="wp-caption-text">来日15年、日本語を流暢に話すSoomiさん。韓国と日本、両国のアーティストを指導するほか、音楽スクール、芸能事務所でボーカルコーチとして活躍している。（株）KamSha所属</figcaption></figure>
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<h3>韓国では歌は身近なもの。学べる環境が整っている </h3>
一般人でも歌を習うことが珍しくない韓国には、ボーカルレッスンスタジオの数も多い。優秀なボイストレーナーが多数いて、日本より安価で質の高いレッスンが受けられるという。
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高校や大学といった教育機関には音楽を専門的に学べる「実用音楽学科」があるのも韓国の特徴だ。日本のような専門学校はなく、歌手やアイドル、作詞家、作曲家など音楽のプロを目指す場合は、こうした実用音楽学科のある大学や高校を受験するケースが多いという。
「実用音楽学科は多くの大学に設けられていて、有名校になると、韓国の最難関大学に匹敵する競争率です。高校にも実用音楽専門高校（＝芸術高校）があり、こちらも大学同様に競争率が高い。 
こうした学校で音楽を専門的に学んだ人たちが各音楽事務所にスタッフとしても在籍しているわけです。ボイストレーナーが新人開発担当に配属されることもあり、自ら音楽的な面での指導に当たる場合も。 
つまり、練習生の周囲には歌やダンスのプロがそろっている。それも一流の。だからこそ質の高い教育ができるのです」（Soomiさん） 
こうした韓国独自の練習生システムはK-POPアイドルを目指す日本人にとっても魅力的だ。とはいえ、日本語の発声で歌うことしか学んでこなかった日本人練習生が、この環境下に身を置いても韓国人と同じように上達できるとは限らない。 “日本人の歌のレベル”を上げるためには、ボイストレーナー側にも大きな課題があると安倉さんは指摘する。
「日本人のK-POPアイドルを育てるのであれば、Soomiのように、韓国語と日本語の発声の違いを理解した上で指導することも必要でしょう。残念ながら多くのトレーナーがその段階には至っていない。両国で活躍するボイストレーナーの今後の課題だと思います」
<figure id="attachment_342822" aria-describedby="caption-attachment-342822" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="bdd263af"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/11/269f97dc22d2c714686e649086daa004.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-342822" class="wp-caption-text">安倉さんは、発声の医学的・科学的な研究を続けるチームViP認定ボーカルインストラクター。これまで多くのメジャーアーティストの指導を行ってきた</figcaption></figure>
最後に、韓国発サバイバルオーディション日本語版のトレーナーを務めた経験もある安倉さんに、K-POPアイドルを目指す若い世代に必要なことは何かを教えてもらった。
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「まずは言語。日本人の場合、韓国語の発音の違いを聞き取れない人があまりにも多い。もっとも最近は、Soomiの話にもあったように小学生には聞き取れる子が多くいる。つまり、より幼いうちから韓国語に慣れておく必要があるということです。ハングルの読み書きや成り立ちまで、言語を含めた韓国の文化を学んでほしいと思います。 
言語以外では、基礎音楽能力の習得に洋楽の学習。K-POPのトラックは洋楽なので、洋楽は必須です。そして日本人としてK-POPを発信する意味は何か。なぜK-POPアイドルになりたいのか、自分の強みはどこにあるのかを突き詰め、努力を重ねてほしいと思います」 
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<a href="https://yasukurasayaka.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">■「安倉さやかボーカルスタジオ」のHPはコチラ</a>
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辻啓子　

各務あゆみ

「ダンスがうまい日本人はたくさんいるが、歌がうまい日本人は少ない」とオーディション関係者は言う。たしかに、韓国人は、歌手や俳優、もっと言えば一般人まで歌がうまい。韓国人はなぜ歌がうまいのかーー。

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