1回5000万円でがん消滅 CAR-T細胞の真実 | FRIDAYデジタル

1回5000万円でがん消滅 CAR-T細胞の真実

国内製造・販売が認可 日本人開発者:新潟大学医学部・今井千速准教授医師が語った

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
新潟大学医学部准教授の今井千速医師。「キムリア」の日本での承認スピードは開発者本人にとっても驚きだったという
新潟大学医学部准教授の今井千速医師。「キムリア」の日本での承認スピードは開発者本人にとっても驚きだったという

「私がCAR-T細胞の研究に関わっていたのは、’01年末から’05年にかけて。当時はCAR-T細胞の黎明期だったので、海外の学会でもとにかく注目度が低かった。まさか自分が現役の医師であるうちに保険認可が下りる薬剤が誕生するとは思ってもいませんでした。これだけスピーディーに承認された背景には、米国の治験結果から従来の抗がん剤治療では考えられない治療効果が続々と発表されたところが大きい。『難治性の急性リンパ性白血病』の患者さんの8割、『難治性の悪性リンパ腫』の患者さんの5割が、CAR-T細胞の投与から3ヵ月以内にがんが消える状態に至った。この顕著な治療効果は、医学界の常識を覆すものでした。でも、最初の第1世代といわれる細胞の構造モデルでは、臨床的な効果は得られませんでした。これだけ急激に治療効果が高まったのは、CAR-T細胞の研究が一気に進んだから。これにより、爆発的な変化が起きたんです」

そう語るのは、新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野の准教授・今井千速医師(50)だ。

2月20日、「CAR-T細胞療法」に使用する薬剤の国内における製造・販売が了承されたと厚生労働省から発表された。これにより、他に治療法がない「難治性の白血病と悪性リンパ腫」の患者を対象にした新たな免疫療法が、間もなく日本でも受けられるようになる。

米国では約2年前に認可され、劇的な効果でがんが消滅するようになった。難治性の白血病にかかる治療費は1回5000万円以上。超高額ながら、米国では従来の抗がん剤では考えられない治療結果が報告されている。

クルマのように進化する治療法

日本初の薬剤となるのは、ノバルティスファーマ社の「キムリア」。この開発に携わっていたのが、今井医師なのだ。

「CAR-T細胞療法」とは、新たな免疫治療の一種。患者から採取したリンパ球に遺伝子操作を行い、がんに対する攻撃力を高めた細胞を大量に培養。それを患者の体に点滴で戻すという治療法だ(下図)。ターゲットにするのは、一部の白血病や悪性リンパ腫に多く発現する「CD19」だ。

「CD19という細胞表面にあるタンパクは、がん細胞にも正常なB細胞(骨髄で作られるリンパ球)にも存在するもの。そのCD19を持つ細胞をすべて、身体の中から消滅させてしまうという治療です。いわば”肉を斬らせて骨を断つ”方法。B細胞は完全に身体から無くなっても、人間は生きていくことができる。治療対象となるがんが一部の白血病や悪性リンパ腫に限られるのは、CD19の目印を持ったがんでなければ攻撃ターゲットが見つからないからです」(今井医師=以下、特記がない限り「 」内は同じ)

培養されるCAR-T細胞には、第1世代から第3世代と呼ばれる構造デザインがある。いわば進化をし続けている治療法なのだが、今井医師はこれらの研究に関わってきた。

「第1世代、第2世代のCAR-T細胞は、がんに対するスナイパーとしての能力はほぼ同じ。ただ、第1世代にはターボエンジンがないので持久力がなく、相手(がん細胞)を数人倒せたとしても、相打ちのような状態で自分も力尽きてしまう。これに対して第2世代はターボエンジンが搭載されているようなもの。そのため、がんを倒すたびに特別なシグナルが出て、自分の味方となる細胞が2倍、4倍、8倍と、倍々ゲームで増えていくんです」

今井医師は、このターボエンジンに当たる遺伝子を、留学先のテネシー州メンフィスのセントジュード小児研究病院で発見した。第1世代の構造をモデルチェンジし、燃費がよく治療効果が持続する第2世代のモデルを作ったのだ。

「このターボエンジンの役割をする遺伝子は、実はもうひとつある。そのふたつのどちらも搭載したのが第3世代になります。理論上は第3世代が一番いいように思えるんですが、実際に試してみると、一番効果が上がったのは、第2世代で僕らが見つけた遺伝子を使ったモデルだったんです。そのあたりが、がん治療の難しいところです」

今回承認された「キムリア」で使われているCAR-T細胞の構造は、今井医師の言う第2世代に当たる。

「そもそも、CAR-T細胞の『CAR』は当て字で、クルマとかけている。私が研究していた頃は、カイメリック・レセプターとかTボディと呼ばれていたんです。ですが、それでは名称としてとっつきにくい。その点、クルマに例えれば誰でも馴染みがあって親しみやすい。アメリカでは、よく第1世代から第3世代までの細胞構造が実際のクルマに例えられます。第1世代はヘンリー・フォードが作った20馬力の普通車で、第2世代は現代版のデラックスカー、第3世代がすごいエンジンを搭載したマッスルカーという具合に写真を付けて説明するんです。アメリカの先生方は、遊び心があって、キャッチーな言葉を作るのが上手。そして、基礎研究から臨床へ持っていくスピードが圧倒的に速い。このすごさを肌で感じました」

現在、今井医師は臨床に軸を置いている。数年前から独自の手法でCAR-T細胞の研究を再開したが、メインに据えているのは、あくまで小児がんの治療。これには、理由がある。

前述の通り、CAR-T細胞療法の治療対象となるのは一部の白血病と悪性リンパ腫に限られている。そもそも白血病は非常に種類が多いものだが、子どもが白血病に罹った場合、7〜8割が急性リンパ性白血病。つまり、子どもの白血病にとって、CAR-T細胞療法が有効である可能性が高いのだ。

「急性リンパ性白血病のうち、CAR-T細胞療法の対象となるB細胞性は約8割に及びます。ただし現状では、ほとんどの患者さんは標準的治療で十分治療が可能です。かつて白血病は不治の病でしたが、今は治る病気。それでも、なかにはどうしても一般的な治療では治らない患者さんがいる。そんなケースでは、CAR-T細胞療法がひとつの選択肢となりえます」

呼吸困難になることも

もうひとつ、CAR-T細胞療法で起こりえるのが副作用の問題だ。CAR-T細胞療法を受けると、数日のうちに高熱が出たり、痙攣(けいれん)の症状に襲われることがある。さらには急激に血圧が下がったり呼吸困難となり、集中治療室で人工呼吸が必要になるケースも。米国の治験では、治療効果が高かった人の8〜9割に強い副作用が表れたとの報告がある。

「強い副作用が表れるのは、投与後、リンパ球が1000倍以上に増えることで、リンパ球同士が刺激しあい”サイトカイン”という物質が出てしまうことが原因です。逆に言えば、サイトカイン放出がないと治療効果が期待できないとも受け取れますが、強い副作用がなければ無効かと言うと、必ずしもそうとは言い切れません。仮に強い副作用が出ても、治療薬があり、対応もマニュアル化が進んでいる。また、すべての免疫療法が同じメカニズムで作られているわけではないので、『強い副作用が出ないから効果が無い』『本物の免疫療法ではない』と考えるのは安直すぎるし、大きな誤解です」

ちなみに、CAR-T細胞療法に使用されるT細胞を使った免疫療法には、他にも臨床研究が進んでいるものがある。がん研がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔医師(66)が進めるゲノム研究をもとにした治療もそのひとつだ。これは「TCR-T細胞療法」といい、がんにターゲットを絞って攻撃するのが特徴。CAR-T細胞療法が正常細胞とがん細胞の両方にあるリンパ球の目印に作用してどちらも消滅させるのに対して、「TCR-T細胞療法」は、がん細胞にのみ働きかける。患者のリンパ球から敵の目印を見つける攻撃型リンパ球を人工的に増やすという点はどちらも同じ。これらは、世界が注目する新しい免疫療法だ。中村医師はこう語る。

「特に隣の中国では、CAR-T細胞療法に国を挙げて取り組んでいます。中国国内には専用の培養施設を持つベンチャー企業が20社以上あり、開発が行われている。1回当たりの高額な治療費をいかに抑えるかも大きな研究課題です」

がんの免疫治療は日進月歩。ひとつのブレイクスルーがきっかけとなり、今後すべてのがんに有効な治療法が生まれる可能性を秘めているのだ。

今井千速医師は新潟大学医学部附属病院の小児科外来と病棟で診療にも当たっている。写真は小児科のラボがある研究棟
今井千速医師は新潟大学医学部附属病院の小児科外来と病棟で診療にも当たっている。写真は小児科のラボがある研究棟
新潟大学医学部の研究棟。取材に訪れたこの日は、小児がん患者の治療効果を確かめる検査が行われていた
新潟大学医学部の研究棟。取材に訪れたこの日は、小児がん患者の治療効果を確かめる検査が行われていた
T細胞を使った治療にもがん研・中村祐輔医師の遺伝子研究が活かされている
T細胞を使った治療にもがん研・中村祐輔医師の遺伝子研究が活かされている
  • 取材・構成青木直美(医療ジャーナリスト)写真浜村菜月、濱﨑慎治(4枚目)

Photo Gallery5

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事