【追悼’23】「真のプロだった」…女房役・達川光男が語る「北別府学さんから受けた」衝撃のボール | FRIDAYデジタル

【追悼’23】「真のプロだった」…女房役・達川光男が語る「北別府学さんから受けた」衝撃のボール

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北別府学
6月16日没・享年65

広島カープ一筋で、通算213勝をあげた。達川氏は「神がかった試合が多すぎて存在自体が神様だった」と偲んだ(PHOTO:共同通信社)
広島カープ一筋で、通算213勝をあげた。達川氏は「神がかった試合が多すぎて存在自体が神様だった」と偲んだ(PHOTO:共同通信社)

’23年6月16日に亡くなった北別府学さん(享年65)。プロ野球の広島東洋カープでエースとして活躍し、球団最多となる通算213勝をあげた。

北別府さんと現役時代にバッテリーを組み、ともにカープの黄金時代を支えた女房役の達川光男さんが、北別府さんとのエピソードを振り返る――。

「勝ちにこだわる、本当のプロフェッショナルだった」
達川光男(元プロ野球選手)

初めてブルペンで球を受けたのは45年前だけど、その衝撃は今でも忘れないね。ズバ抜けてコントロールが良かった。だからアイツと組む時はすごく緊張するんだよ。持ち球はすべて一級品だったんで、打たれたらキャッチャーのせいになっちゃうから。

つまらないサインを出して試合後に無視されたこともあったな(笑)。アイツはインコースを強気に攻めるピッチャーだったから、こっちもできる限りの強気のリードをしていたね。

あとは「ベラベラ喋(しゃべ)ると気が抜ける」と登板前のロッカールームでは常に寡黙。若手に「お前ら、静かにしろ」と言って回るのも僕の役目だった。勝ちへのこだわりは本当に強くて、プロフェッショナルでしたね。

大の酒好きで、勝った日はしこたま飲む。選手だけじゃなくて球団職員とか裏方の方々と食事に行くことも多かった。周りの人を大事にしなきゃ自分が勝てないことをよく知っていたと思うよ。

僕たちは誕生日が1日違いで、血液型も同じ。兄弟のような阿吽(あうん)の呼吸がありました。アイツ以上に気が合う投手はいなかった。ちょっと褒(ほ)めすぎたかな(笑)。ただ、最後にもう一度、酒を飲みながら野球談議に花を咲かせたかったね。

『FRIDAY』2023年12月29日号より

  • PHOTO共同通信社

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