年商10億円 芸能人が告白「私は副業でこんなに儲けました!」

保阪尚希は通販、杉原杏璃、ボビー・オロゴンは株式投資、コウメ太夫はアパート経営

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芸能人の副業といえば、かつてはレストランやバーなど飲食店経営が常道だった。ところが最近は、株式投資をしたり、通販グッズのプロデュースなどで大儲けしているタレントも少なくない。副業で成功するコツとは!?

通販グッズで年商10億円、一日1億円売り上げたことも

保阪尚希 ほさか・なおき 1967年静岡県生まれ。’86年芸能界デビュー。’94年ドラマ『家なき子』の教師役で注目される。’96年高岡早紀と結婚するも、2004年に離婚。現在は、料理研究家、通販コンサルタントとして活躍中

保阪尚希(51)といえば、’90年代、数多くのテレビドラマや映画に出演し、萩原聖人や福山雅治と共に「新・平成御三家」、さらに永瀬正敏も加えて「平成四天王」などと呼ばれ、超が付くほどの人気者だった。その甘いマスクに、世のお姉さまたちはメロメロにされたものだ。

現在、保阪は健康・食品関連の通販ブランド「保阪流」を立ち上げ、年商10億円以上を売り上げるなど、実業家として注目を集める存在となっている。

そんな彼がいまイチオシの商品が、『ストレッチハーツ』というセルフケアツールだ。これは「ストレッチ」「ほぐし(マッサージ)」「はがし」のトリプル効果で身体を軽くする健康グッズ。3980円で、一日2万5000個を売り、1億円の売り上げをたたき出したことも。

「いままで僕が開発・販売してきた商品は、身体の中から健康にするアプローチでした。でも、次に外からも健康になる商品を、と開発を始めたんです。この『ストレッチハーツ』には今後バイブレーターを付ける予定です。血流をよくするサポーターも販売する予定です」

保阪といえば、生い立ちにしても、芸能人になってからのプライベートにしてもまさに波乱万丈そのものだ。

小学1年生のとき、轢(ひ)き逃げに遭遇し瀕死の重傷を負い、同じ年に両親が自殺した。

「その後、何のコネもなく芸能界に入って、たまたまうまくいっちゃって。ところが’00年の元旦、突然、腹膜炎になって内臓破裂を起こしたんです。なんとか一命は取り留めましたけど」

当時の保阪は、女優・高岡早紀との間に2児を授かり、仕事面でも超売れっ子で、ドラマに出ずっぱりだった。

37歳の時、芸能界のすべての仕事を辞めてプロレーサーとなる。ちょうどそのころ、高岡の不倫が原因で離婚。

「40歳になったとき、人生が3分の1しか残っていないと思い、今後何をしていこうかと考えた。いろいろと悩んだあげく、やっぱり自分に向いているのは伝えていく仕事だと思った。僕は若いころからフライデーとか芸能情報番組、スポーツ新聞ではほぼレギュラーでした。女性問題をはじめ、散々やらかしてきましたからね(笑)。ただ、僕がそうやって取り上げられるのは、僕に興味を持つ人がいたから。つまり、俳優・タレントとしての僕を楽しむ方もいれば、僕のプライベートを面白いと思って見てくれる方もいると知ったんです。不幸な生い立ちでアップダウンも激しい生き方は、きっと面白いに違いないとね」

そこで保阪が注目したのは、自分がもっとも得意で、20代から真剣に取り組んできた「健康」だった。

「健康や食べ物に関してだったら、もともと興味があり、ほかの芸能人の誰よりも経験値と知識はあった。これだ、と思いましたね」

しかし、ただ「これはいいですよ」なんて解説するだけでは「芸能人の戯(ざ)れ言(ごと)」で終わってしまう。

「それで、『モノを作らなきゃ』と思った。情報を伝えるために商品開発しなきゃと。すぐに『保阪流』というコンセプトを立ち上げて、商品開発に入りました。40歳のときでしたが、自分の子供も病弱だったので、コンセプトは『食育』でした」

最初に手がけた商品が、小麦アレルギーの子供でも食べられるパン。玄米粉を原料にしたパンの開発には3年かかったのだが、いざ生放送のテレビショッピングで売り出すと即完売となった。

「結果はわかってました。3年間マーケティングしてたんでね。要は周囲が保阪にどういうイメージを持っているか。『料理が上手』とか『健康オタク』とか。僕がトレンディドラマに出ていたころ、ファンでいてくれた方はほとんど女性です。同い年くらいか、10歳か20歳年上の方。僕が40歳になったら、その皆さんは50代、60代になって、そろそろ身体の衰えを気にし始める年齢。一方で、日本の消費を支えている方たちでもある。テレビはほぼ9割が野次馬なんだけど、テレビショッピングの視聴者はコアなマニアが多い。だから僕が伝えたいことが伝わるお客さんがそこにいたんですよ」

電子レンジ用調理器は60万個以上売れ、一日で1億7000万円を売り上げたこともある。ほかにもスチームポットやパスタ料理もできるフライパン、料理包丁など、次々とヒット商品を送り出していった。

「僕はこれらの商品をスターにするための『引き立て役』なんです。だからそれに徹していますよ」

さて、次はどんな開発を目指すのか。

「今後は海外ですね。いま取り組み始めているのが、フィリピンやイランのエネルギー資源。ガスや石油の取引ですね。政治家や大企業が取り扱いにくい案件を、民間人の僕が利権を持ってやってます」

スケールがデカ過ぎて、あまりピンときませんが……参りました!

話題の保阪考案の健康グッズ『ストレッチハーツ』
足の裏から固定し、膝まで守るタイツ型のサポーター。

こんな私でも、株でけっこう儲かって財テクしてます

杉原杏璃 すぎはら・あんり 1982年広島県生まれ。24歳の時、グラビアデビュー。以後、グラビアクイーンとして雑誌やバラエティ番組、ドラマやVシネマなどで活躍。最近は小説を発表したり、株タレントとしても活動している

「痛手だったのは、なんといっても’08年のリーマン・ショック。持っていたすべての株がマイナスになって、10年間、塩漬けになっちゃいました」

グラビアアイドルの口から「塩漬け」という言葉が出てくるとは思わなかった。

「財テクタレント」「株ドル(投資アイドル)」の異名を持つ杉原杏璃(36)。

株式投資を始めたのは、グラビアデビューする少し前、23歳のころだった。

「当時は、舞台女優で新人オーディションを受ける毎日。舞台が始まっても日給3000円くらいでお金がなかったんです。それで何かしなきゃと思ってた。野球が好きなので、なんとなく東京ドームの株を30万円くらい買ってみたんです」

半年後に株価を調べてみたら、わずかながらプラスに。株価が上がるのを見るのが楽しくなり、少しずつ売買をするようになっていったという。

「基本的には自分が興味のある会社の銘柄を選びますね。ゲーム、化粧品、野球関係の銘柄が多いかな。ゲーム会社はソフトの売り上げランキングなんかも参考にしますし、野球は株主優待でチケットをもらえるのが嬉しいんですよ」

「アイドルは何も知らない」と世間で思われていたことも、株を始めるきっかけであったという。

「私たちは、仕事の関係者や企業の社長さんなどと会食することも多いんです。そんなとき、政治や経済のことなんかわかるわけないものね、と言われることも多くて、その話についていけるようになりたい、と思ったんです」

彼女の株式投資のルールは、

「損切りはしない。分散投資もしない。2〜3の銘柄を集中して買い、塩漬けになっても焦って売りに出てはいけない、など、いくつかあります」

先のリーマン・ショック以外でも大損になったことがあるらしい。

「エアバッグ大手のタカタのリコール問題があったじゃないですか。あれだけの会社だからきっと立ち直ると思って買ってみたんだけど、あっけなく倒産。紙切れになっちゃった。同じことをJALでも経験しました。まさか、ということも起きるんですね」

思いがけなく高騰した株もあった。

「なんとなく任天堂の株を買ったら、『ポケモンGO』の配信とタイミングが合って急上昇。即、売り抜けました。200万円くらいの利益にはなりましたね」

5年前には株で儲けたお金で広島の母に家をプレゼント。上物だけで3000万円くらいにはなるらしい。

「チャートを見始めるのは朝8時半くらいから。けっこうしっかりチェックします。乱高下があっても、9時半までは我慢し、よく考えてから売買にいきます。だいたい午前中で終わらせますね」

また、杉原は’13年から補正下着のブランド『ANDIPTER』をプロデュース。テレビショッピングなどで販売している。

身体のラインに特化した下着で、彼女自身がデザインし開発した商品である。

「テレビや大手通販などで一日に1億5000万円を売り上げることもありますよ。アイテムもまだたくさんあって。’18年10月からはまた新作・新色が売り出されます」

なんとも商売人のグラビアアイドルだ。

「私の祖父も父も自営業で商売人気質なんですね。以前からグラビアをやめてからの人生設計を考えてて、そのための『食い扶持』を作っておきたいんです」

おまじないも信じる。

「財布を水晶の上に一晩載せて浄化させるんですよ。金銭的な運気を上げる効果があるみたい。いまのところ、その効果は出ているみたいですけどね(笑)」

さらに、’18年6月からは不動産投資も始めた。

「投資の番組にゲストで呼ばれたんです。そこで、適正やリスクをAIで自動算出してくれる不動産投資のことを知って興味が湧き、試しに都内のワンルームマンションを1部屋買ってみました。株のように短期間で結果は出ませんが、ある意味でリスクヘッジですね」

素人でも始められる株式のやり方は?

「誰もが知っている興味のある会社の株を10万〜20万円くらい買ってみればいい。1ヵ月経ったら、どうなってるか楽しみにして。コツコツやっているうちにだんだん面白さに目覚めてきますよ。ただし、総資産の3〜4割でやるべきですね。設定を決めれば、売買も自動的にやってくれるし、思いのほか簡単です。ゲーム感覚で少額でも始められる株式投資はもっと広まってもいいなと思っています。え? グラビア復活ですか? まあ、あるかもしれませんね、フフフ」

普段はスマホを使って株の動向をチェック。午前中が株の時間だという

FXをやっているときだけロマンを感じられるんです

ボビー・オロゴン 1973年ナイジェリア生まれ。父の仕事の関係で来日し、2001年『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)の街頭インタビューをきっかけにデビューし、以後、バラエティ番組で活躍

ボビー・オロゴン(45)といえば、あの筋骨隆々の体格にギョロッとした目に白い歯、そしてデタラメな日本語が思い出される。

’01年、『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)で街頭インタビューを受けた際のデタラメな日本語が話題を呼び、その後、始まったコーナー『セインのファニエスト外語学院』に生徒役としてレギュラー出演。一躍人気者になる。また、格闘家デビューも果たしている。

出身はナイジェリアで、国立大学経済学部を卒業。’99年に日本人女性と結婚し、’07年に日本国籍を取得した。

そして彼は、資産家としても知られている。その源は、株式投資とFX(外国為替証拠金取引)だった。

「もちろんいまでもやってますよ。儲かってるかって? オフコース!」

そう言ってボビーは白い歯を見せた。

「ビジネスが大好きだからね。だって、僕はせっかく4年間大学で経済学を勉強したんだからもったいないじゃない。それも、エアコンのない大学で汗と涙の中で勉強したんだから。あの4年間は人生の中でも大きなことなんだよ」

タレントとしても成功者だと思えるのだが。

「あれは運だけ。タレントは勉強は関係ないから。自分がちゃんとロマンを感じられるのはビジネスをしてるとき。FXをやっていると世界を感じる。それがないと生きている感じがしないよ。例えば円高が起こると、輸出入に影響が出て株価も変わっていく。それが面白いんだよ」

為替は、日本が終わればヨーロッパが始まり、そしてアメリカと、24時間常にどこかの相場が動いている。

「夢中になって24時間やってしまうときもあるし、時間さえあればいつでもやる。どのタイミングでもやれるのがいい」

株やFXでいったいどのくらい儲けているのだろうか。

「うん、それは牛数百頭かな」

牛? どういう単位だ?

「お金にしてしまうと損をしちゃうから、牛1頭という単位で考えるんです。お金はいくらあっても足りないでしょ」

うーん、いまひとつわからない。

「まずニワトリを飼ってみると考えて。それも卵を産むニワトリね。そのニワトリが毎日1個卵を産むとして、その卵がいくらで売れて何個売れたか、エサ代はいくらかかっているか。それで経済がわかるでしょ? それがわかるとビジネスになっていくんだよ。僕はナイジェリアにいるときに、ニワトリで成功したら、次に羊、山羊、牛という順に飼っていった。これはまさに経済でしょ。ハムスターは利回りが良かった。子供をたくさん産むし、ナイジェリアではその子供もいい値段で売れた。売るとすぐ元が取れるから大儲けができる。ペットなんだけど、ビジネスでもあるわけ」

家畜を飼ってビジネスにしたプロセスが、いま人生に役立っていると言う。

「数字だけでやろうとするから失敗する。ニワトリに置き換えて考えると楽しくなる。いままでの僕の10年間のリズムとポリシーで続ければ一生損はしないよ」

そのコツとは、まず「欲は出さない」、「大勢についていかない」、「大勝負ばかりしない」ことだとか――。

「ボクシングでもそうでしょ? 全部全力のパンチを出していたら必ず負ける。ジャブ、ジャブで小さく仕掛けていって見計らっていいストレートを打ってノックアウトする。市場を知るためには小さなものを追いかけることが重要なの」

外国株への投資が中心のため深夜の作業も多いという

アパート6部屋所有で、月35万円家賃収入が入ります

コウメ太夫 こうめだゆう 1972年東京都生まれ。幼少期より歌と踊りが好きで、梅沢富美男劇団に所属していたが、’97年よりお笑いに転身。’05年『エンタの神様』(日本テレビ系)でブレイク。CD『小梅日記』も話題

顔面白塗りに女形の鬘、派手な着物、自虐ネタに「チクショー!」の一言で大ブレイクしたコウメ太夫(46)。

その強烈なキャラクターがウケて『エンタの神様』(日本テレビ系)で人気が沸騰したが、最近テレビで見かけることは少なくなった。

「そうですね。フジテレビ系の『爆笑レッドカーペット』が終わってから波が来ませんね」と寂しそうに話す。しかし、生活が苦しいわけではない。コウメはブレイク直後の”バブル時代”に毎月コツコツと貯金。貯めたお金でアパートを購入し、収入を得ていた。

「『エンタの神様』に出演すると、営業の問い合わせがドーンとくるんです。それで毎週土日に一日2回の営業が入ります。営業は1回30万〜40万円ですから、週休3日でも月収400万円くらいは普通でした。僕にアパートを購入する発想はなかったんだけど、当時のマネージャーの実家が不動産屋だったので、稼げるうちにと勧めてくれたんです」

それでもすぐに購入したわけではないらしい。

「勧められてから数年後に一人で不動産屋に行って相談しました。約2000万円のローンを組んで、キャッシュが3000万円。4980万円のアパートを購入しました」

アパートは私鉄沿線の駅から5分という好立地で、部屋数は6部屋、家賃は5万5000円〜6万5000円。家賃収入は毎月35万円ほどになる。

「ローンの返済が毎月8万7000円ありますから、それほどの利益ではないけど、本業が苦しくても何とかなりますから、助かってはいますよ。ただ、現在1部屋空いてて。それがなかなか決まらないんで困っちゃって(笑)」

最近はツイッターにハマっている。

「フォロワーは、開始当初は2500人くらいだったのが、この1年くらいで8万4500人に増えました。何で増えたのかって? 毎日『チクショー!』と呟いていたからですよ(笑)」

これからはどんな笑いをめざすのか。

「いま、自分でもワケのわからないネタをやってまして(笑)。でもこれがなぜかウケるんですよ。またブレイクできたら、お金稼いでアパートをあと4〜5軒持ちたいですね」

現在コウメが所有し、定期収入になっている私鉄沿線のアパート

2億円を稼いだ「マツイ棒」

副業で稼いでいるタレントとしては、船越英一郎との離婚騒動で話題を呼んだ女優の松居一代(61)も有名である。

彼女の場合、自らプロデュースしたさまざまな掃除グッズを販売し、その多くがベストセラーとなった。代表的なモノが『マツイ棒』。棒にクロスを巻き、手を汚さずに家の細かい部分を掃除できるというものだが、主婦の間で大ヒットし、2億円近くを売り上げたという。

さらに、『マツイ鍋』といわれている彼女プロデュースの圧力鍋は、発売からわずか3年で120万個以上売れ、総売り上げは約150億円、そのロイヤリティだけで10億円は下らない。

「彼女はほかにも20商品以上をプロデュースしており、通販番組では、彼女のプロデュース商品だけで一日2億8000万円の売り上げを記録したこともあります。加えて、株や外貨投資も行っているので、現在、彼女の資産は10億円以上といわれています」(芸能プロ関係者)

離婚したところで、経済的には何ら支障はないのかも!?

哀川翔のカブトムシ育成・販売はすでに有名だが、『カラテカ』入江の経営コンサルタント業は意外な副業だ。野口五郎が特許をもつ動画配信サービスは、すでに一昨年、『ドリカム』のコンサートに導入され、大好評だった。
  • 小泉カツミ撮影會田園

Photo Gallary11

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