桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。’64年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100ヵ国以上。一方、社会派ドキュメンタリーの制作も意欲的に行い、「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」などの難題にも挑む。ドラマのプロデュース作品も数多い。’23年３月にテレビ東京を退社。著書に『混沌時代の新・テレビ論』『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える〝テレ東流〟逆転発想の秘密』『発達障害と少年犯罪』『ストーカー加害者 私から、逃げてください』『秘境に学ぶ幸せのかたち』など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
https://35produce.com/

田淵 俊彦

<p><span class="strongInContent">コンプライアンス度外視で話題の『不適切にもほどがある！』。テレビ東京の元プロデューサーとして局内の制約と長年闘ってきた桜美林大学芸術文化学群教授の田淵俊彦氏によると、ドラマ等でのテレビ局の自主規制は「世界的には珍しく、極めて日本的」だという。コンプライアンスに委縮していく番組制作現場の実情とは…。</span></p>
<h3><span class="strongInContent">〝勇気ある〟現場の姿勢にも、局の上層部や関係各所からのプレッシャーが半端ではないという事実が見え隠れする</span></h3>
<p>TBSのドラマ『不適切にもほどがある！』（以下、『不適切－』）が、コンプライアンスの厳しいこの時代に、しかも民放地上波で放送するとは挑戦的でおもしろいと話題になっている。私も毎回、大笑いしながら見ている。</p>
<p>今回、このドラマが「なぜウケているのか」ということを分析しながら、元ドラマプロデューサーという立場から私の自分の経験を踏まえて、ドラマにおいて日々、現場はどんな闘いを繰り広げているのかという実情を隠し隔てなくお伝えしていこう。</p>
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<figure id="attachment_360878" aria-describedby="caption-attachment-360878" style="width: 2467px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e9d7bedd"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/02/dbcdc49ada0f5a3e8711e67c739ad30a.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-360878" class="wp-caption-text">『不適切にもほどがある！』（TBS番組HPより）</figcaption></figure>
<p>『不適切－』の初回の冒頭には「このドラマには不適切な台詞や喫煙シーンが含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み、’86年当時の表現をあえて使用して放送します」という、いわゆる「お断りテロップ」が示された。</p>
<p>このお断りテロップは、脚本家・宮藤官九郎氏の「遊びごごろ」や「いたずらごころ」であり、同時にコンプライアンスに過敏になる風潮への風刺だと私は見ている。ここに、今回私が考察してゆくポイントが隠されている。それは、以下の２点である。</p>
<ul>
<li>１＿「適切な言葉」が招く「言葉狩り」</li>
<li>２＿「喫煙シーン」という「タブー」</li>
</ul>
<p>お断りテロップにあるように、これらはコンプライアンスを遵守しようとしたとき、特に〝過敏に〟ならざるを得ない点である。まず、「適切な言葉」が招く「言葉狩り」について解説する。</p>
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<p>『不適切－』においては、「男のくせに女の腐ったみたいなヤツ」や「ねえちゃん」「この、サル！」に始まり「キンタマついてんのか！」まで放送禁止用語のオンパレードで、見ていて気持ちがよいくらいだ。</p>
<p>だが、この〝勇気ある〟現場の姿勢にも、局の上層部や関係各所からのプレッシャーが半端ではないという事実が見え隠れする。</p>
<p>そういった言葉が流れる前に、同様のお断りテロップが画面の下位置に出されるからである。本来は、作品の最初にちゃんと断っているのだから、何度も繰り返す必要はない。</p>
<p>作品を作っている本人のクリエイターたちからすれば、「絵（映像）を汚したくない」のでそんな文字は出したくもない。しかし、そうは許してくれないのだ。では、どこからそんな指示が出てくるのか。</p>
<p>「上層部や関係各所」と述べたが、テレビ局にはコンプライアンスが適切に守られているかどうか、チェックする「考査」という部署がある。</p>
<p>ここから「ちょっと、ヤバいです」や「避けておいてください」などと言われ、現場は「気にし過ぎじゃない？」と思いながら従っているというのが実情である。</p>
<p>この考査から通達される案件はほとんどが過去の事例からの引用であるため、理にかなっていることが多く、現場も納得できる。だが、考査以外のところからおりてきた案件はやっかいで、「なんで？」と首をかしげることが往々にしてあるのだ。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="モザイク処理された「ある」張り紙…"></div>
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<h3><span class="strongInContent">モザイク処理された「うちのラーメンは化学調味料無添加です！」という貼り紙…</span></h3>
<p>私がドラマ『破獄』を制作したときのことである。山田孝之氏演じる脱獄犯が長い間投獄され手足に枷をはめられ続けたために、化膿してウジ虫がわいた。美術さんはホンモノのウジ虫を用意して、撮影がおこなわれた。山田氏のプロ根性はたいしたものだと思った。すると、その映像を見た局の上層部から物言いが入った。</p>
<p>「さすがにこのウジ虫の絵は、ヤバくないか？」</p>
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<p>私は、ウジ虫がわくほど過酷な状況で投獄されていたことが、のちの脱獄の動機につながると社内を説得した。粘り強く交渉して、最終的には「視聴者から苦情が入ったら、その理由をちゃんと説明する」ことを条件に、ウジ虫の映像をカットしなくてすんだ。</p>
<p>次の事例もあるドラマの現場でのことである。ラーメン屋のシーンで美術さんが「うちのラーメンは化学調味料無添加です！」という貼り紙をして撮影をおこなったところ、それを知った局内の営業担当からクレームが入った。</p>
<p>テレビ局の大スポンサーのひとつのある企業は、現在「化学調味料」という言葉の撲滅をはかっている。そのスポンサーの主力商品ができた当時と違って、いまは「化学」という言葉にネガティブなイメージがあると考えているからである。</p>
<p>そんなときに番組内であえてその言葉を使うとは何たることかという「お𠮟り」を受けたのだ。ことの次第と経緯については、自著『混沌時代の新・テレビ論』の80ページ以降に詳しく記されているのでここでは割愛するが、それを言い出したのはそのスポンサーでも何でもなかった。局内の営業担当だ。それはなぜか。</p>
<p>テレビ局がスポンサーに忖度をしたのである。</p>
<p>その企業はそのドラマの提供スポンサーでも何でもない。しかし、テレビ局全体として気を遣ったのだ。百歩譲って、もしそのドラマのスポンサーがその企業であるならば、資金提供者への配慮としてそういったこともあり得るかもしれない。しかし、テレビ局全体の大スポンサーであるからといってそのような忖度をすること、しかも現場にそれを強いることが果たして正しいのだろうか。</p>
<p>さらには、中立な立場を保ち公平性を持って番組制作をおこなうテレビ局としてそれが健全な姿だと言えるのだろうか。私は強い危惧の念を抱いた。もっとも問題なのは、今回の出来事に対する措置である。結局、編集段階でそのラーメン屋のシーンの貼り紙にはモザイク処理をおこない文字を消すことになった。そして担当者は厳重注意を受けたのだ。</p>
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<p>化学調味料という言葉は、現在でも味つけ海苔などをはじめとして多くの食品のパッケージや添加物表示に使われている。</p>
<p>だが、このラーメン屋のシーンの一件以来、局の営業の方針は化学調味料のみならず「うま味調味料という言葉もなるべく使用しないように」となった。ほとんど営業担当者もわけがわからなくなっているのではないかと思えてくる。こうなると「言葉狩り」以外の何ものでもなくなり、怒りを通り越してそのばかばかしさに笑えてくる。</p>
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<p>■後編<a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/360880" target="_blank" rel="noopener noreferrer">『CG加工されていた「喫煙シーン」…』</a>では、TVの現場に蔓延る極めて〝日本的な〟事象だと言える過剰な自主規制の正体を探る。</p>
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<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E6%B7%B7%E6%B2%8C%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%96%B0%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E8%AB%96-%E3%83%9D%E3%83%97%E3%83%A9%E6%96%B0%E6%9B%B8-252-%E7%94%B0%E6%B7%B5-%E4%BF%8A%E5%BD%A6/dp/4591180298" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span class="strongInContent">■田淵俊彦さんの著書『混沌時代の新・テレビ論』</span>(ポプラ新書 252)の購入はコチラ</a></p>
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桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。’64年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100ヵ国以上。一方、社会派ドキュメンタリーの制作も意欲的に行い、「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」などの難題にも挑む。ドラマのプロデュース作品も数多い。’23年３月にテレビ東京を退社。著書に『混沌時代の新・テレビ論』『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える〝テレ東流〟逆転発想の秘密』『発達障害と少年犯罪』『ストーカー加害者 私から、逃げてください』『秘境に学ぶ幸せのかたち』など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。<br />
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田淵俊彦　

コンプライアンス度外視で話題の『不適切にもほどがある！』。テレ東の元プロデューサーとして局内の制約と長年闘ってきた田淵俊彦氏が語る、コンプライアンスに委縮していく番組制作現場の実情とは…。

「テレビ局は守ってくれない…」コンプラと闘う『不適切にもほどがある！』を元テレ東Pはどう見たか？

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