辻 啓子

<h3><span class="strongInContent">78歳の母親に癌が発覚。心身が衰えていく姿を見て、介護保険サービスの利用を母親に提案するが…</span></h3>
<p><span class="strongInContent">働きながら親の介護をする「ビジネスケアラー」が増えている。「親はまだ元気だから大丈夫」と思っていたら、ある日突然、仕事か介護かの選択を迫られることも。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">“仕事との両立可能な介護”の実現に向けて、ビジネスケアラーがやるべきこととは――。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">両立できずに離職を決めた西崎愛奈さん（仮名・49歳）の体験を一つの事例に、前編、後編の２回にわたって企業の介護支援コンサルティングを行うNPO法人「となりのかいご」代表の川内潤さんと考えてみた。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<figure id="attachment_368195" aria-describedby="caption-attachment-368195" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b72c7235"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/04/637bf75ddc2fb9443e9626bcee354d6d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-368195" class="wp-caption-text">年を取り、衰えた親を見て、“そばで支えてあげたい”と思う人は大多数いるはずだが、そう思うのは間違いなのか…</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">本当に必要なことはやってもらえない……介護サービスに対する母親の不満が爆発</span></h3>
<p><span class="strongInContent">「私は何十年も専業主婦をやってきたの。今でもあなた方より料理は上手だし、掃除は以前から家政婦さんにお願いしています。あなた方にやってもらえることなんてあるのかしら」</span></p>
<p>要介護１の認定を受け、介護プランを話し合う“ケアプラン会議”の席で、西崎愛奈さん（仮名・49歳）の母親（当時79歳）は、ケアマネージャー、ヘルパー、訪問看護師に向かってこう言い放った。</p>
<p>長い間一人暮らしを続けきた母親は、料理はプロ並みという自負があり、<span lang="EN-US">80</span>歳近くになっても一切手抜きなし。毎日のストレッチは欠かさず、友人づきあいもマメ。体力の衰えを自覚すると掃除のサポートに家政婦を雇い、「いずれサ高住に入るわ」と、近所の施設に見学に行くなど終活にも積極的だった。そんな母親を見て、近所に住む西崎さんも、遠方に住む姉も、将来、母親の介護で困ることはないだろうと安心していたという。</p>
<p>ところが78歳で癌が発覚。心身が衰えていく母親を見て、西崎さんは今後のためにと、介護保険サービスの利用を提案。母親も「せっかく介護保険料を払ってきたのだから」と利用に前向きだった。ところが、要支援１の認定を受け、週１回30分の掃除中心の家事援助に来てもらううちに、不満が爆発した。</p>
<p><span class="strongInContent">「あの程度の掃除なら、家政婦さんで十分。時間が短くてろくな話もできないし、毎週、違うヘルパーだから信頼関係も築けない。人が出入りして疲れるだけだわ」</span></p>
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<p>西崎さんはまだ一人で家事ができる母親を見て、ひとまずサービスの利用を見合わせた。</p>
<p>その後、病気が進行し、週２回の訪問看護を受けることに。看護師からの勧めや、近い将来一人での生活が難しくなるのではとの不安から、再び介護申請を行ったのだという。</p>
<p>そんな娘の心配をよそに、ケアプラン会議の席で母親が口にしたのが、冒頭の発言だったと西崎さんは苦笑する。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="優しく接することができなかった後悔…"></div>
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<p><span class="strongInContent">「母のこの言葉を受けて、ケアマネージャーさんが『本当にお困りのことは何ですか、それを言っていただければ』と聞いてくださったのですが、『今私がしてほしいのは、急激に痩せて着られなくなったパンツ類のボタンの付け替えです。それ、お願いできるの？』と。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">皆さん黙り込んでしまうし、会議の進行を隣の部屋で聞いていた私はもう凍り付きました（笑）。しばらくしてヘルパーさんが、『質は保証できませんが、ボタン付けくらいなら……』と言いかけたのですが、母は『困っていることを尋ねるからお伝えしただけ。本当に必要なことはやってもらえないサービスに意味あるの？』と撥ね付けてしまいました。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">母は相手が誰だろうと、思ったことをはっきり口にする人。以前、医師の機嫌を損ねたこともあったため、これから皆さんにご迷惑をかけるのではと怖くなりました」</span></p>
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<h3><span class="strongInContent">母親のつらさに寄り添えず、優しく接することができなかった後悔</span></h3>
<p>母親が介護サービスに求めたのは、「病気でできなくなった自分の代わりに家事を丁寧にやってくれること」。また、「一人暮らしの高齢者の家に出入りするのだから、ヘルパーは一人に固定して、信頼関係を築いていくべき」と言って譲らなかった。</p>
<p><span class="strongInContent">「もともと国のやることに批判の多い人でしたから（笑）、自分の望み通りにいかないこともすぐにわかって、それなら家政婦を自費で雇えばいい、と。実際、ヘルパー経験もある家政婦さんに訪問回数を増やしてもらうよう交渉したり、友人や親戚にもバイト代を出すから手伝ってほしいと声をかけたりもしたようです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">当初、病み上がりだった私への負担を軽くするために長女に度重なる帰省を求めるなど、母なりに代わりを探したのですが、思うようには見つからなかった。もう私が介護をするしかないという結論に達しました」</span></p>
<p>仕事は辞めずに介護との両立を図りたいと思って介護保険サービスの利用を考えた西崎さんだったが、この会議後、ケアマネージャーに利用を断念することを伝え、離職を決めた。</p>
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<p>それから母親が亡くなるまでの一年間、自宅と実家を行き来しながら、買い物、洗濯、料理補助や片付け、月数回の通院の付き添いを続けた。排泄や着替えは母親が何とか自力で行っていたが、入浴は一人で入ることに不安を覚えると、西崎さんに介助を求めてきたという。</p>
<p><span class="strongInContent">「転倒が怖いから看護師さんにお願いするべきだと説明したのですが、『少し支えるだけよ、娘なのになぜできない』と（笑）。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">いつも就寝前に入浴していたので、看護師さんに介助を頼んだら、訪問時間しか入浴できませんよね。そうした自分の生活スタイルを維持できない苛立ちや、思うように動けない自分への苛立ちも大きかったと思うのですが、次第に私への不満が増えていきました。施設入居も提案しましたが、頑なに拒否。自分が入ると言っていたのに、です（笑）。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">私も心底疲れてしまっていた。『医療も介護も、もっと高齢者の“心”に寄り添うべき』と、理想ばかり論じる母への反発や、なぜ私だけが犠牲になるの、といった憤りも大きく、母のつらさに寄り添えず、優しく接することができなかった。後悔しかありません」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="子どもには親のプライドより安全安心が大事"></div>
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<h3><span class="strongInContent">子どもには親のプライドより安全安心が大事。だから生じる大きなズレ</span></h3>
<p>NPO法人「となりのかいご」代表の川内潤さんによると、西崎さんの母親のように、「ヘルパーやデイサービスを拒否する」要介護者は非常に多いという。</p>
<p><span class="strongInContent">「長く自立して生きてきたところに、いきなり他人が深く関わってくるわけですから、要介護者が不安になるのは当然です。そうした不安な気持ちを理解してほしいと言っているのであって、本当にヘルパーを拒否しているかどうかはわからない。もっと言えば、本人も自分の気持ちがわかっていないかもしれません。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">料理はヘルパーより自分のほうがうまい、だからまだやれるとおっしゃるのであれば、そのプライドは大事にすべきでしょう。とはいえ家族は要介護者の安心安全を先に考えてしまう。そこに大きなズレが生じてしまうのです」</span></p>
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<p>西崎さんも、母親の病気が進むにつれ、いくら料理がうまくても、火の始末ややけどなどケガをしないかと心配した。だが、料理にプライドも自負もある母親にはそんな娘の気持ちは「いらぬ心配」でしかなかったのだろう。</p>
<p><span class="strongInContent">「こうした親との価値観のズレはやり過ごすしかないのですが、なかなか難しい。そのためには、“親との距離を取る”ことが戦略になります。西崎さんのケースなら、会議中のやりとりを聞かずにすむよう席を外し、あとはプロに任せるという判断をすれば良かったかな、と。そうすれば、介護サービスの利用を諦めなかったのではと思います。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">また、西崎さんは母親がケアプラン会議で介護職の人たちを困らせるような発言をされたことを気にされていましたが、発言自体、悪いことでも何でもないですし、ヘルパーは困ってはいなかったと思います。いや、多少は困っていたかもしれませんが（笑）、いきなりナイフを取り出して『刺すぞ、出ていけ』というケースもあるわけですから。むしろこのケースは、介護職のスキルアップに非常に重要な発言だったと思います」</span></p>
<p>子どもにとって親が発する言葉のインパクトは確かに大きく、影響を受けやすいものかもしれない。だが、仕事と介護の両立を図るには、親から言われたことに対して、子どもの側が思考停止せず、自律的な判断をすることが大切なのだと川内さんは説く。</p>
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<p>さらに、こう語気を強める。</p>
<p><span class="strongInContent">「日本人には</span><span class="strongInContent">『介護＝親のそばにいる＝親孝行』とする人が実に多いのですが、</span><span class="strongInContent">私はこのマインドをリセットすることが、ビジネスケアラー問題の最大の課題だと思っています」</span></p>
<p>年を取り、衰えた親を見て、“そばで支えてあげたい”と思う人は大多数いるはずだが、そう思うのは間違いなのか。</p>
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<p><a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/368199" target="_blank" rel="noopener">後編</a>では<span class="strongInContent">、</span>「介護＝親孝行」と思うことが間違いである理由と、仕事との両立を可能にする介護について、もう少し掘り下げてみたい。</p>
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<p><span class="strongInContent">川内　潤　</span>NPO法人「となりのかいご」代表理事。1980年生まれ<span class="strongInContent">。 </span>上智大学文学部社会福祉学科卒業。 老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、’08年に市民団体「となりのかいご」設立、 ’14年にNPO法人化。</p>
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<p><a href="https://amzn.asia/d/efn7LsK" target="_blank" rel="noopener"><span class="strongInContent">■川内さんの著書『わたしたちの親不孝介護　「親孝行の呪い」から自由になろう』</span>（日経BP）の購入はコチラから</a></p>
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辻啓子

働きながら親の介護をする「ビジネスケアラー」が増えている。「親はまだ元気」と思っていたら、ある日突然、仕事か介護かの選択を迫られることも。“仕事との両立可能な介護”の実現に向けてやるべきこととは…。

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