国防ジャーナリスト。関西外国語大学卒業後、フリーライターとして自衛隊や安全保障問題を中心に活動。19年刊行の著書『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。公益財団法人アパ日本再興財団主催・第十五回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀藤誠志賞を受賞。産経新聞社「新聞に喝！」のコラムを担当

小笠原 理恵

<figure id="attachment_373695" aria-describedby="caption-attachment-373695" style="width: 1500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c8fdc252"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/017fd4c9fe1be89ad684de122dd807f9.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-373695" class="wp-caption-text">昨年６月、事件現場となった岐阜・日野基本射撃場。訓練が再開されて、再発防止のための安全対策はどれぐらいとられるのだろうか</figcaption></figure>
<h3>３人死傷銃撃事件時の救命処置</h3>
<p>昨年６月、隊員３人が自動小銃で撃たれて死傷した事件が起きた岐阜市の日野基本射撃場での訓練について陸上自衛隊は５月22日から射撃訓練を再開することを明らかにした。</p>
<p>昨年６月の事件は、岐阜市内にある陸上自衛隊の日野基本射撃場で18歳の自衛官候補生が３人の自衛隊員に小銃で発砲。守山駐屯地に所属する当時52歳のA氏、25歳のB氏の２人の陸曹が亡くなり、当時25歳のC氏が重傷を負った。岐阜地検は２月にこの元自衛官「渡辺直杜被告」を強盗殺人等の罪で起訴し、事件の重大性を鑑み、実名を公表した。</p>
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<p>一命を取り留めたC氏は、左脚を切断する重傷を負っていたことが医療従事者の証言で明らかになった。元自衛隊衛生幹部はこう明かす。</p>
<p><span class="strongInContent">「岐阜市の３人死傷銃撃事件で重傷を負った３等陸曹は左脚切断となったようです。自衛隊医療従事者間に左大腿部から切断となった症例として共有されましたので、公表はまだのようですが特定できてしまいました」</span></p>
<p>陸曹の命は救えたものの、他の隊員についても命を救えた可能性があったことが取材で明らかになった。本来、備えておかなければいけない救命救急用の装備品が現場に準備されていなかったのだ。</p>
<p>重傷を負った隊員に対して、自衛隊は生涯にわたっての生活保障くらいは考えているのだろうか？この情報の通りであれば、義足が必要となる。義足はその患者に適合するまで何度もメンテナンスが必要だという。そんな負担を被害者に負わせるのだろうか？３人死傷銃撃事件では自衛隊側の救命体制への問題は明らかだ。この後、国がどのような保障を提示するのかには注目したい。</p>
<p>さて、事件当時を振り返ってみよう。</p>
<p>６月14日、事件発生時に「AEDを探せ、コンビニに行けばある！」と悲痛な隊員の叫び声を近隣住民が聞いていた。朝日新聞の紙面には、負傷者を射撃場から救急車へ運んだ血液の跡がのこるベンチや的用ベニヤ板の上空からの写真があった。射撃場には担架の用意もなく、止血も十分に行われなかったことがこれで一目瞭然だ。</p>
<p>射撃場にもし、AEDや止血のための衛生材料があれば一命をとりとめることができたのではないか。自衛隊には病院もあり、医師免許や看護師免許をもった隊員がいる。止血や救命のための訓練をうけた衛生隊員も在職しているし、救急車もある。なぜ、救命システムのすべてを備えているはずの自衛隊の事件で、担架もAEDもなかったのか？事件発生から２人の陸曹が亡くなるまでの時系列を追うと、以下のようになる。</p>
<p>●９:08頃：事件発生。<br>
●９:40頃：病院搬送開始。銃弾を２発うけたA氏（当時52歳）は意識不明。B氏（当時25歳）は意識あり。<br>
●10:45頃：病院到着直後にA氏の死亡確認。<br>
●11:23頃：B氏の死亡確認。</p>
<p>事件発生から病院到着まで２時間近くかかっている。事前に自衛隊救急車が用意されていれば、もっと早く病院に搬送できたはずだ。さらに言えば、自衛隊は一度に担架搬送４人または座送８人を搬送できる「１トン半救急車」や「野外手術システム」を持っている。「１トン半救急車」は、レンジャー訓練では使用しているのに、事件があった日野基本射撃場にはなかった。</p>
<p>また「野外手術システム」を訓練時にも有効活用し、そこに医師や看護師が乗り込み、待機していれば、その場で手術も可能だったはずだ。亡くなった陸曹のB氏は事件発生から32分間は意識があり、命が救えた可能性があった。なぜ、装備品も医療スタッフもいるのに、万が一に備えようとしなかったのか。どんなときでも応急処置ができる自衛隊でなければ隊員は安心して訓練に励むこともできないだろう。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="ライフル弾が大腿部を命中したらどうなるのか"></div>
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<figure id="attachment_373697" aria-describedby="caption-attachment-373697" style="width: 960px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="7fd1f242"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/9f3db5865b85adf19b9d806b440e0e3d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-373697" class="wp-caption-text">発砲された銃は「89式5.56mm小銃」。銃口初速は920m/秒といわれており、上のライフルに該当する。岐阜の殺傷事件で生き残ったC氏の脚に命中した瞬間、大腿骨を貫通したと思われる</figcaption></figure>
<h3>負傷リスクに対処できないでいいのか？</h3>
<p>射撃場では銃の暴発や跳弾による負傷リスクがある。衛生隊員や医師が現場に付き添い、衛生用品や止血帯やAEDを準備しておいてもおかしくない。自衛官候補生はまだ銃にも慣れていない。自動小銃は反動も大きく、実弾射撃は極度に緊張するという。中には緊張しすぎて倒れる隊員も時々いるという。自衛隊員の訓練時にせっかく自衛隊にいるはずの衛生隊員や医師や<wbr></wbr>看護師を同行させない理由の一つに人材不足がある。また、<wbr></wbr>射撃訓練時の事故は近年ほとんどないため、<wbr></wbr>リスクを極端に軽視していたはずだ。自衛隊OBはこう明かす。</p>
<p><span class="strongInContent">「新型コロナ感染症の対処で自衛隊の医療スタッフは各方面で支援に回りましたが、その結果、長時間労働を強いられ、医療スタッフが多数、中途退職してしまったのです。やりがいがいくらあっても、休みをうまくとれないと長時間労働に人体は耐えきれませんし、仕事の過程で、自衛隊の医療スタッフたちは市井の医師や病院関係者と交流する機会もあったようです。そこで、自衛隊病院よりも高待遇の賃金や待遇を得られるチャンスを知ったことも、中途退職を促す大きな要因になっていますね」</span></p>
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<p>東日本大震災の前は、自衛隊員は災害派遣もなく、仕事量も少なかったため、止血訓練やAED・人工呼吸などの訓練を頻繁に行っていた。日本赤十字社の看護師等が予定を決めて、止血等の処置を訓練してくれたという。衛生隊員だけでなく、一般の隊員の負傷者への対処能力も高かった。災害派遣や自治体のさまざまな要請が増えた自衛隊員は、さらに衛生訓練を積んでほしいところだが、人員不足でそこまで手が回らない。逆に、一般隊員への衛生訓練の機会はなくなったそうだ。リスクに対しての救命や応急処置体制は、一般の人が考えているほど十分に備わってはいないのだ。</p>
<p>自衛隊は防弾ベストも所持している。昨年６月の岐阜の射撃事件にあてはめれば、もし弾薬配給担当の隊員や指導員だけでも防弾ベストを着ていたら、その被害はかなり抑えられたことだろう。防弾チョッキはウクライナ政府に1900着提供している。外国に支給できる余裕があるのであれば、訓練演習で隊員を守るために使ってもいいのではないだろうか。</p>
<p>自衛隊員の命すら「予算がないから仕方ない」「装備品を使うのはもったいない」と切りすてるようでは、もっとも大切な自衛隊員の命を軽視していることになり、そんな組織にだれもついてこないだろう。せめて自衛隊員の命に関わることだけでも十分な予算と人員をつけていただきたいものだ。</p>
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<figure id="attachment_373701" aria-describedby="caption-attachment-373701" style="width: 1089px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1590b2bd"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/9585783b9d8dfb75dde9fde99c140394.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-373701" class="wp-caption-text">どの師団にも存在する１トン半救急車</figcaption></figure>
<figure id="attachment_373703" aria-describedby="caption-attachment-373703" style="width: 1290px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="bcffe5ff"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/a8afddb93083684973d84dec632df2cb.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-373703" class="wp-caption-text">野外手術システム。手術車、手術準備車、滅菌車、衛生補給車で構成される</figcaption></figure>
<figure id="attachment_373705" aria-describedby="caption-attachment-373705" style="width: 1290px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="074645d7"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/39a55e19d39b5bfacb554dba219a21fc.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-373705" class="wp-caption-text">野外手術車。電源車等の補助車両をともない、野外でも手術が行える車両</figcaption></figure>


小笠原理恵

花井知之（１枚目）、照井資規（２枚目）、小笠原理恵（3～５枚目）

昨年６月、隊員３人が自動小銃で撃たれて死傷した事件が起きた岐阜市の日野基本射撃場で、22日から射撃訓練が再開される見通しとなった。生き残った隊員は左足切断の重傷だったことが判明した。

「AEDはコンビニに！」３人死傷した陸自射撃場の杜撰な救急体制　生存隊員は「左脚を切断」していた

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