「血の通った医療」へ 東京でAI医療革命が始まった | FRIDAYデジタル

「血の通った医療」へ 東京でAI医療革命が始まった

世界を驚かせるプロジェクトが東京で始まった。中村祐輔医師(がん研がんプレシジョン医療研究センター所長)

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AIホスピタルを推進する内閣府戦略的イノベーション創造プログラムディレクター・中村医師と日本ユニシスの八田氏(左)
AIホスピタルを推進する内閣府戦略的イノベーション創造プログラムディレクター・中村医師と日本ユニシスの八田氏(左)

「近い将来、AI(人工知能)が本格的に導入され、医療現場も大きく様変わりしていく可能性が高いです。『AIホスピタル』と聞くと、コンピューターに代わられて人がどんどん排除され、無機質で冷たい医療になると不安を抱かれる人が多いのですが、実際は真逆(まぎゃく)です。これは温かい血の通った医療を再び取り戻すことが目的の、国家プロジェクトなのです」

そう語るのは、がん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔医師(66)。ゲノム医療の第一人者でありながら、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)ディレクターとして「AIホスピタル」による高度で先進的な医療を推進するトップリーダーだ。

「現在の医療現場は、医師や看護師に『患者さんをちゃんと診たい』という気持ちがあっても、忙し過ぎて余裕がない。診察室では電子カルテに記録を残すことに気を取られて患者さんの顔を見ず、パソコン画面を横目に話す医師が増えています。看護師は患者さんからゆっくり話を聞きたい気持ちがあっても、聞けば聞くほど記録が増えるために十分な時間を割(さ)けない。このように疲弊した診療の場に、さまざまなAI技術を導入することで、医師や看護師の負担を軽減し、”心の通った医療”を取り戻す。これは医療従事者の働き方改革になるだけでなく、患者さんの不満や不安の解消にもつながるものです。さらにAIの活用で、より的確な診断を可能にし、医療全体の精度や質を底上げする。それがAIホスピタルの最終的なゴールなんです」(中村医師)

現在、このAIホスピタル構想は予算25億円、全14チームの企業、病院によってシステム開発が進行中。大きなテーマは5つにわたるが、その一つがAI技術を用いて「診断時や看護記録を自動文書化するシステム」の構築だ。

中村医師とともにこのシステム構築を推進する日本ユニシスの研究責任者・八田泰秀氏(58)はこう語る。

「世界を見渡しても、中村先生が目指しているAI診断というものはまだ現実のものになっていない。近しいものが、アメリカ西海岸、中国、イスラエルに存在するというレベルなんです。その中で一歩リードしているのが、米国カリフォルニア大学(バークレー校)発のベンチャー技術です(2枚目写真)」

この機器には8つのマイクが搭載され、医者、患者、家族など複数人の声を識別可能な円形スピーカーがインターネットにつながっている。このスピーカーで診察室での会話がすべて自動的に文書化される。それだけではない。人工知能が患者と医師の長い会話を要約し、診療において重要な点を記録する「サマリー化」までしてくれるのだ。

「スピーカーでキャッチした一人一人の会話を、特殊な音声処理エンジンが同時に聞き取り文書化していきます。このシステムをそのまま日本語に翻訳アレンジすればいいという単純な話ではないのが、このプロジェクトの難しいところです。まず、英語と日本語では言語構造が異なるので、日本語専用のシステムが必要です。英語は基本的に主語・述語の順で話される言語であるのに対し、日本語は主語が省略されて会話が進みますからね。語尾が曖昧だったり、地域によって方言があるなどの違いもある。重要なことを漏らさずカルテに残すには、そこをクリアしてデータ化するための知恵を絞らなければなりません」(八田氏)

さらに、米国では診療時に15分以上の時間をかけて医師が患者にヒアリングするため、音声を文書化しやすい。それに対して日本は「3分診療」という言葉があるほど一人当たりにかけられる時間が短い。時間的な制約があるだけに、データの蓄積が困難なのだ。

中村医師は「アメリカのモデルが参考になるところは多々ある。このAIの開発が、日本の診療システムを変える突破口になる」という。

このプロジェクトが画期的な点はもう一つある。企業や組織の垣根を越え、腕に覚えのある技術者ならば誰でも参加できる「オープン」な開発環境を整えているのだ。それは、さまざまな企業にとっても新たなビジネスモデルとなる可能性を秘めている。

「このプログラムは、1社ですべての開発を担うわけではなく、腕に自信のあるその道のプロが集結して開発しています。スマホのアプリのように、ユーザーにいいと認められて使ってもらえればきちんと対価も入ってくる。1社で開発するなら、とても無理だと諦めてしまうような壮大なプロジェクトですが、常に技術力を持った先鋭的な人々が集まってくるので、本当に可能な気がしてきます。実際にはこのプロジェクトはとてつもなく高い頂の、まだ1合目に立ったばかりというのが現状。それだけに、非常にやりがいを感じています」(前出・八田氏)

中村医師はこの革新的なAI技術の臨床の場への導入を、4年後になるよう見据えている。

「日本版では、病気の診断や薬剤を選択する際のアドバイスができるまでに精度を高めていきたいと思っています。ただし、あくまで最後に診断するのはAIではなく、人間である医師です。医師の知識や経験値を、AIで補う。最初は完璧でなくても、専門家の意見を取り入れて、できる限り精度の高い診断補助システムを作り上げたい。これは、本当の意味で医療格差を最小限にする手段でもあるのです」(前出・中村医師)

人工知能を駆使することで医師と患者との対話を増やし、「冷たい医療」から「心の温もりを感じる医療」を目指す――。AIホスピタルは、疲弊した医療界に革命を起こす試みなのだ。

円形スピーカーがクラウドにつながり、患者と医師の会話を自動文書化。医師は自分で記録する手間が省け、患者と向き合う時間が増える
円形スピーカーがクラウドにつながり、患者と医師の会話を自動文書化。医師は自分で記録する手間が省け、患者と向き合う時間が増える
  • 取材・構成青木直美(医療ジャーナリスト)
  • 写真浜村菜月

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