1991年、島根県生まれ。大学卒業後、出版業とは無関係の会社員生活を約2年半送った後、’17年10月からライターとして活動を開始。現在は、居住地である島根県の高校野球を中心とした中国地方のアマチュア野球を中心に取材。著書に『貫道 甲子園優勝を目指す下関国際高校野球部・坂原秀尚監督とナインの奮闘』、構成担当に『アフリカから世界へ、そして甲子園へ 規格外の高校野球監督が目指す、世界普及への歩み』（いずれも東京ニュース通信社）がある

井上 幸太

<figure id="attachment_385223" aria-describedby="caption-attachment-385223" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6df22d2c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/00251b4fe9c240cece22d57e74945028-1.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385223" class="wp-caption-text">液状化していまだに使えない輪島高校の練習場</figcaption></figure>
<p>７月30日、甲子園に出場する49校が出そろった。その18日前、石川県立輪島高校野球部は初戦の金沢龍谷高戦に挑んでいた。</p>
<p>１－11と大きくリードを許した六回２死。カウント２－２から投じられた外角高めの直球に、代打で起用された主将、中川直重のバットが空を切った。６回コールド負け。試合時間１時間43分で輪島の夏が幕を閉じた。</p>
<p><span class="strongInContent">「正直、２月くらいには『もう、最後の夏の大会に出るのも無理じゃないか』って思ってました。そこから、たくさんの方々に支えられて、監督もいろいろと動いてくださって、野球ができるようになって。感謝しかないです。最後まで続けてよかったと思いました」</span></p>
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<p>中川は神社である実家周辺が被災し、強制避難区域となったことで、ヘリコプターでの救出を経験した。金沢への避難期間が長く、輪島市内の仮設住宅へと居を移したのは６月ごろ。満足に学校へ通えない状況から、金沢市内の高校への転校を考えたこともあったという。その気持ちを翻意し、輪島へと戻ってきた。</p>
<p><span class="strongInContent">「やっぱり、輪島が、輪高野球部が好きだったからですかね」</span></p>
<p>夏の開幕が迫っていた７月初旬、私は輪島市を訪ねた。北陸自動車道の金沢東インターチェンジで下り、「奥能登」と呼ばれる石川県珠洲市、輪島市方面に向かう際に通るのが、自動車専用道である「のと里山海道」だ。</p>
<p>この道の一部には、輪島市が舞台になった、NHKの連続テレビ小説『まれ』のオープニング曲である「希空～まれぞら～」が流れる「おとのみち」という区間が設けられている。</p>
<p>道路に配置された溝をタイヤが通過すると、音が流れる仕組みの音響道路で、県が’15年に設置して以来、国内最大の音響道路となっている。距離にして１キロ強の「おとのみち」だが、今年元日に発生した能登半島地震で大規模崩落に見舞われた。復旧が進められている今も、ところどころに片側交互通行区間があり、メロディーもとぎれとぎれとなる。断片的に車内に響くメロディーは、復興が進みつつも、それがまだ道半ばであるという事実を、痛切に感じさせた。</p>
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<p>’24年１月１日16時10分。輪島野球部の監督である冨水諒一は、同県のかほく市にいた。</p>
<p>激しい揺れを感じ、急いで情報を収集する。当初はその日のうちに輪島市内の自宅に帰るつもりだったが、前出の「のと里山海道」の惨状をテレビで目撃し、帰宅を断念。姉夫婦の自宅に避難させてもらった。もっとも、このときは事態を深刻には捉えていなかったという。</p>
<p><span class="strongInContent">「前回の17年前の（能登半島）地震のときも、『すごい状況になっている』と聞いて自宅に帰ったら大丈夫だったという経験があったので、今回もそうあってくれるんじゃないかと思っていました」（冨水）</span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="部員の安否確認に６日間かかった"></div>
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<figure id="attachment_385225" aria-describedby="caption-attachment-385225" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9868af73"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/50ab60838bb332008a201f4e8263edd6.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385225" class="wp-caption-text">同じ輪島市内にある日本航空石川高校の好意により同校のグラウンドで練習ができた。ノックするのが冨水監督</figcaption></figure>
<p>しかしながら、淡い期待は明朝に吹き飛ぶことになる。TV中継を見ると、自分の知っている故郷とは違う姿が映し出されていた。冨水が真っ先に行ったのが、当時28人いた輪島の野球部員たちの安否確認だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「１月２日に映像を見たとき、これはダメだと思いました。すぐに部員たちに連絡して、『生きてるか！？　今どうしてる？』と。でも、どうしても２人だけ連絡がつかなかったんです」</span></p>
<p>中川ら２人の部員が住んでいた集落は、建造物や道路の倒壊が激しく、孤立した。携帯電話の電波も遮断されていたのだが、大手携帯キャリアが船で緊急用の海上電波を飛ばしたことで、ようやく電波が届いた。全部員と連絡がついたときには、１月６日を迎えていた。</p>
<p>在学中だった前３年生たちを含めて全員の無事が確認できて、胸をなでおろした。冨水自身も被災直後から自宅に帰れていない状況で、安全を確保し、「これからどう生きていくか」を考えるのが精いっぱい。そんな冨水の思考に野球を取り戻させたのは、他でもない自分の教え子だった。冨水が親戚に物資を届けようと、輪島市内の避難所に向かったときのことだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「先生！　いつから野球やりますか？」</span></p>
<p>はっとさせられた。冨水が記憶を思い起こす。</p>
<p><span class="strongInContent">「『先生、大丈夫だった</span><span class="strongInContent">んですか？』とか『元気ですか？』が普通だと思うんです。元々、４日から練習を再開するよ、と選手たちに伝えていて、親戚と同じように避難所となった病院の駐車場に身を寄せていた坂口（晃清）という部員はずっと、１</span><span class="strongInContent">月４日から野球をすることしか考えてなかった。それで、『駐車場なんで、キャッチボールもできないんです！』とか言ってたんです。もう、それにすげえ感動してしまって……」</span></p>
<p>ただ、野球をやるにも障壁は無数にあった。まずは場所である。</p>
<p>輪島野球部は、’10年に統合した旧・輪島実の野球部グラウンドをメインに活動している。輪島の校舎からは少し距離があり、選手たちは自転車で向かうのが常だったが、地震によって、グラウンドに続く道が崩落。道がガレキでふさがれ、グラウンドに立ち入れなくなった。</p>
<p>ライト後方や球場の外野にも、形容しようのないくらい深い亀裂が入り、一部は地滑りするように崩れ去っている。地域の小・中学生たちが使うだけでなく、輪島野球部もナイター練習で活用するなど、地場の野球を支える存在だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「自分たちのグラウンドもですが、輪島市の子どもたちが野球をやる場所がなくなってしまっているのが、大きな課題ですね」</span></p>
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<div data-friday-nextpage-lead="練習場手前の道がガレキで塞がれた衝撃画像"></div>
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<figure id="attachment_385226" aria-describedby="caption-attachment-385226" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="84c75867"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/5540a567f5cba92d214170a5cbd8a73e.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385226" class="wp-caption-text">練習場へとつながる道。いまだにこの道は通れないという</figcaption></figure>
<p>野球部の活動再開は２月２日。冨水が金沢市内の仮設住宅に入居できるようになり、週末は仮設住宅を拠点に、金沢市内の球場の室内練習場などを借りて練習を重ねていった。輪島の校舎への被害もあり、登校再開が遅れていた時期でもある。</p>
<p>学校の授業が再開されてからも、練習は困難を極めた。野球部のグラウンドが使えないならば、と校庭での練習を模索するも、自衛隊の車両の拠点となった。室内練習場も避難所となっていたため、ウェートトレーニングもできなかった。</p>
<p>３月の練習試合解禁以降は、冨水は朝４時に金沢から車を走らせ、輪島市内の部員たちと合流し、試合後は再び長距離を運転して、部員たちを送り届ける。今までは当たり前にあった「野球ができる環境」を作ろうと奔走した。</p>
<p><span class="strongInContent">「今、このために指導者になったんだ、と思いました。野球が好きな子たち、野球がしたい子たちのために、野球ができる環境を作る。それが自分の役</span><span class="strongInContent">割で、野球をなくさないために指導者の自分がいるんだって」</span></p>
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<p>周囲の支えにも気づかされた。</p>
<p>活動再開にあたってのネックとなったのが、場所に加えて「お金」である。震災で自宅が倒壊し、野球道具一式を失った部員もいる。練習環境を整備するために買い足さなければならない道具もあるし、練習場所を借りるための資金もいる。そんな状況を救ったのもまた、野球でつながった人間関係だった。</p>
<p>昨年12月に冨水が富山県で開催された説明会に参加し、今年度から石川でも発足させようと準備を進めていた、高校野球の私設リーグ「LIGA Agresiva（リーガ・アグレッシーバ）」からは、昨夏の甲子園を制した慶應義塾、同８強のおかやま山陽ら、全国の参加校から約107万円の義援金を贈られた。冨水が言う。</p>
<p><span class="strongInContent">「主催する阪長友仁さんの考え方に惹かれて、年末に富山で行われた勉強会に参加させてもらいました。まだ本格的に参加する前にもかかわらず、本当に手厚く支えていただきました。義援金のおかげで、例年と変わらない部費でチームを運営することができています」</span></p>
<p>同じ輪島市内に所在するライバルチームも温かった。今春のセンバツ出場校である日本航空石川は、自チームの練習終了後に、グラウンドを貸してくれた。前年秋の石川大会準々決勝で１－６で敗れたライバルだったが、同校の監督である中村隆と冨水がかねてから野球談議を交わす仲だったことがきっかけだった。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="宮城県大会決勝に進んだ仙台育英を応援に行った理由"></div>
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<figure id="attachment_385230" aria-describedby="caption-attachment-385230" style="width: 703px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="ffe0620d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/66951da6ee5a53f0fb0a6584c3f9f2d0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385230" class="wp-caption-text">石川県大会の組み合わせが決まった直後の主将・中川。初戦で負けてしまったが、もう一度、グラウンドで練習できるようになるまで、この時の気持ちは変わらず持ち続けるだろう</figcaption></figure>
<p>支援に触れる日々は、今までの自分を顧みる時間でもあった。</p>
<p><span class="strongInContent">「本当に自分って最低だなと思うんですけど、東日本大震災のときも、熊本地震のときも、何もしなかったんです。他人事、余所事になっていた。それなのに、いざ自分がその立場になったときに、こんなにもたくさんの方々が温かい言葉をかけてくださったり、支援してくださった。人は誰かに支えられて生きている、本当に“生かされている”んだと実感できました」</span></p>
<p>そう語る冨水にとって、現３年生は、震災の有無にかかわらず、思い入れの深い代だった。</p>
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<p>彼らが中学３年だった’21年9月、星稜を春夏25度の甲子園出場に導き、石川の名門に育て上げた山下智茂が、母校である門前高校の野球指導アドバイザーに就任する、と発表された。同じ輪島市内の公立校が名将を招へいしたことで、市内の野球少年たちの目は途端に門前へと向いた。それでも、輪島を選んでくれたのが、４人の３年生の選手だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「そういった事情があったので、輪島を選んでくれた３年生たちに、『来てよかった』と思ってもらわないといけないと、ずっと考えていました」</span></p>
<p>３月下旬には、仙台育英を率いる須江航の発案で、同じく被害が甚大だった珠洲市の飯田とともに、３日間仙台に招待され、練習や試合で交流した。</p>
<p>仙台育英の部員たちとは、その後も交流があり、ＬＩＮＥで連絡を取り合うだけでなく、宮城大会の決勝には３年生全員で応援に駆けつけた。震災で失ったものは数えきれないが、そこでしか得られないものも手にできた。</p>
<p>思い残したことがあるとするなら。最後に中川に問うた。</p>
<p><span class="strongInContent">「もう一回、自分たちのグラウンドで練習したいっすね。やっぱり。１年生は、まだ一回も輪高のグラウンドで練習できてないですし。もう一回、みんなでグラウンドに集まってやりたいですね」</span></p>
<p>冨水曰く、中川たちの卒業までに、グラウンドの復旧が間に合わない可能性もあるという。中川たちの最後の夏の大会は幕を閉じた。だが、もう一度自分たちのグラウンドに立つまでは、本当の意味で彼らの高校野球は終わらないのだとも思う。</p>
<p>どれだけ時間がかかるかはわからない。それでも、震災後も前に進み続けた彼らがホームグラウンドに立ち、「輪高に来てよかった」と思う日が来ることを願う。</p>
<p>(文中敬称略）</p>
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<figure id="attachment_385224" aria-describedby="caption-attachment-385224" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="59d29d6c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/7effcf0cdd19ad82ead542bf116ccfeb.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385224" class="wp-caption-text">輪島高校のグラウンドのライトスタンド奥側。右側のネットの位置が２メートル近く下がっている。地震の衝撃を物語っている</figcaption></figure>
<figure id="attachment_385227" aria-describedby="caption-attachment-385227" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9eb1016c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/9e45f0db4705f27b8e3adad09ebc56a7.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385227" class="wp-caption-text">ウェートトレーニングをするために、空いていた多目的室に筋力トレーニングの道具を持ち込んだ</figcaption></figure>
<figure id="attachment_385228" aria-describedby="caption-attachment-385228" style="width: 3428px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="129e9185"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/7be623051fe8af3dd0a443b400b456c6.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385228" class="wp-caption-text">「いつも心はともに。自分史上最高の夏にしような」。仙台育英・須江航監督の直筆メッセージが右上に書かれている</figcaption></figure>


井上幸太、中川直重主将提供（４枚目）

8月7日、夏の甲子園が開幕する。今年、正月の能登半島地震で甚大な被害を受けた輪島高校は石川県大会１回戦で敗れた。しかし彼らの夏はまだ終わっていない、そのワケは……

「もう一回、自分たちのグラウンドで練習したい」能登半島地震で被害　輪島高野球部の「終わらない夏」

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