マネーライター、ファイナンシャルプランナー／証券会社のマーケットアナリストを経て、1996年に独立。ビジネス誌や経済誌を中心に金融、資産運用の記事を執筆。著書に『ロボアドバイザー投資１年目の教科書』『豊富な図解でよくわかる！ キャッシュレス決済で絶対得する本 』。

松岡 賢治

<h3><span class="strongInContent">マーケットを驚愕させた植田和男日銀総裁の記者会見</span></h3>
<p>８月５日、日経平均株価は4451円28銭下落。1987年のブラックマンデーの翌日に記録した下げ幅を上回る過去最大の暴落となった。７月11日の高値からは１万円以上下落したことになり、世界的な株安につながっている。この下げの主因は日銀の利上げだが、マーケットを驚愕させたのは、植田和男日銀総裁の記者会見だった。専門家が解説する。</p>
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<h3><span class="strongInContent">植田日銀総裁の「仰天発言」とは</span><span class="strongInContent"> </span></h3>
<p>７月末に開かれた金融政策決定会合で、日銀は政策金利を０～0.1％から0.25％へと引き上げた。このタイミングでの利上げ自体、金融市場の想定外であったが、本当のサプライズは会合後の記者会見での植田総裁の発言だった。<span class="strongInContent">「（日銀の）経済・物価の見通しが実現すれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げる」</span>と述べたのだ。</p>
<p>なぜ、これが〝問題発言〟なのか？　それは、日銀の経済・物価見通しを読むと分かる。記者会見と同時に、日銀は『経済・物価情勢の展望（’24年７月）』を公表。そこに、「2024～2026年度の政策委員の大勢見通し」という資料があり、日銀の政策委員の実質GDPと消費者物価指数の予測値（対前年度比）が並んでいる。</p>
<p>実質GDPの予測の中央値は、 ’24年度＋0.6％、’25年度＋1.0％、’26年度＋1.0％。消費者物価指数は’24年度＋2.5％、’25年度＋2.1％、’26年度＋1.9％となっている。これらの予測値は、特段、変わったものではない。主要なシンクタンクの経済予測をみても、ほぼ似たり寄ったりの数字が並んでいる。だが、それ故に大きな問題となる。</p>
<figure id="attachment_385435" aria-describedby="caption-attachment-385435" style="width: 3619px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c06331a9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/46883585e36730c05c1452e4fd6b6cc0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385435" class="wp-caption-text">なぜ完全な〝タカ派〟に転向したのか……（PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_385436" aria-describedby="caption-attachment-385436" style="width: 1926px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="14f66fbf"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/08/9d70db84e844f7a13e5b07257646b78c.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-385436" class="wp-caption-text">「2024～2026年度の政策委員の大勢見通し」（『経済・物価情勢の展望（’24年７月）』日銀より）</figcaption></figure>
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<h3><span class="strongInContent">植田総裁の〝タカ派〟転向で政策金利は「来年末に１％へ」</span></h3>
<p>先の植田総裁の発言は、<span class="strongInContent">「この平均的な予測どおりに日本経済が推移すれば、利上げを続けていく」</span>という宣言になっているからだ。利上げの発動条件のハードルは極端に低くなってしまった。しかも、過去30年間、超えることのなかった政策金利0.5％という水準を〝壁〟とは考えていない、とも述べている。</p>
<p>金融政策当局が将来の金融政策の方針を事前に表明することを『フォワード・ガイダンス』というが、とんでもないフォワード・ガイダンスをブチ込んできたといえる。</p>
<p>これを受け、株式市場や債券市場の金利見通しは、大幅な修正を迫られることとなった。現状のシナリオは、’25年末までに0.25％の利上げを２～３回実施するといったもので、２回であれば政策金利は0.75％に、３回なら１％に到達することになる。</p>
<p>金融政策当局者に関して、金融緩和に積極的な人を〝ハト派〟、金融引き締めに積極的な人を〝タカ派〟と呼ぶことがある。植田総裁は、これまでハト派だとマーケットは受け止めていたが、完全なタカ派に転向したようだ。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="インフレ目標は「現状維持で達成可能」だった？"></div>
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<h3><span class="strongInContent">インフレ目標は「現状維持で達成可能」だった……</span></h3>
<p>日銀のスタンスが大きく変わったことで、金融政策の齟齬も目立つようになった。日銀は、「インフレターゲット政策」を導入している。物価の安定を政策目標とするもので、具体的には、消費者物価の前年比上昇率２％がターゲットだ。改めて日銀の物価見通しをみると、このままいけばインフレターゲットを達成できることになる。であるならば、現状の金融政策を維持すれば良い、ということになる。</p>
<p>なぜ、金融政策が上手くいっているにもかかわらず、いま利上げをしなければならないのか。しかも、このまま日銀の見通しが実現すれば、さらに政策金利を引上げるというが、その場合、インフレターゲットから逸脱するリスクはないのか。残念ながら、こうした点について、植田総裁から整合性のある説明はなく、質疑応答で記者からの質問も出なかった。</p>
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<h3><span class="strongInContent">景気の「ダウンサイドリスク」を軽視する日銀</span></h3>
<p>利上げの理由について、記者会見では、<span class="strongInContent">「持続的・安定的な２％の物価目標をちゃんと実現するという観点からは、少し早めに調整をしておいたほうがいい、というのが一つ大きな理由」</span>と語っている。だが、やはり、なぜ早めに調整をすべきなのかについて、明確な根拠は示されていない。</p>
<p>一方、何の問題もないのに利上げを急ぐことのリスクについては、<span class="strongInContent">「実質金利は、依然として大幅なマイナスなので緩和的な金融環境は維持され、景気への影響は大きくない」</span>と繰り返している。名目金利から期待インフレ率を差し引いたものが実質金利で、実際、大幅なマイナスとなっていることは事実だが、景気のダウンサイドリスクを軽視し過ぎてはいないだろうか。</p>
<p>会見では、物価上昇を招いた円安への懸念に何度も言及し、今回の利上げの強い動機になっていることを伺わせた。本来、為替政策は日銀の管轄外であるにもかかわらず、円安への対応を金融政策に担わせたことになる。そもそも、円安は日本経済のデフレ脱却の原動力だった。政治家からの圧力や世論への配慮があったのかもしれないが、リスクが高い措置といえよう。</p>
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<h3><span class="strongInContent">「植田不況」の始まりか……</span></h3>
<p>こうした一連の動きは、’00年８月の日銀のゼロ金利政策解除を否が応でも想起させる。日銀は、&#8217;99年２月にゼロ金利政策を導入したが’00年８月に解除した。だが、そのときはすでにITバブル崩壊が始まっており、主要国の株価は暴落過程にあった。そのため、半年後の’01年２月には、日銀は再び利下げを余儀なくされることになる。</p>
<p>実は、現在、米国株式市場にも暗雲が垂れ込めている。足元で発表された米国の経済指標が急速に悪化しており、米国経済のリセッション懸念とともに、「AIバブル」あるいは「EVバブル」が崩壊する可能性が取り沙汰されている。</p>
<p>’00年８月のゼロ金利解除は明らかな失敗だった。以降、深刻な円高不況を招き、「失われた20年」が続くきっかけとなった。７月の日銀の利上げは、その二の舞になりはしまいか。奇しくも、’00年８月のゼロ金利解除に反対した２人の日銀審議委員のうちの１人は、現在の植田総裁だった。デフレに逆戻りする「植田不況」にならないためにも、過去の教訓を生かし、日銀は迅速な軌道修正を図るべきだと考えられる。</p>


松岡賢治

７月末の金融政策決定会合で、政策金利を0.25％へと引き上げた日銀。このタイミングでの利上げ自体、金融市場の想定外であったが、本当のサプライズは会合後の記者会見での植田総裁の発言だった。

「植田不況」の始まりか？　繰り返される日銀の失敗…植田総裁の「仰天発言」の中身とは

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