薬物依存症・再発13回! 実話『ビューティフル・ボーイ』の深淵
![自慢の息子、大切なのビューティフル・ボーイが薬物中毒の泥沼に堕ちて行く…。父親には、なす術がない。 『ビューティフル・ボーイ』(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/e4f9730e7e03683bc6f47aaf1a8d709e.jpg)
「くれよ 吸うから」と、息子が吸っていたドラッグを、父親も吸い始める。
「ドラッグ経験は豊富?」と尋ねる息子。
「まあ… 一応やったよ。それなりに経験はした」と答える父。――ある雰囲気を感じ取った息子は「教訓話 するつもり?」と牽制する。
「心配しすぎ みんな やってる」 「気をつけろ」 「ただのハッパさ 軽く楽しむだけ」……。
ドラッグ中毒の深みにハマってゆく最愛の息子を救うため、何とか説得のきっかけをつかもうと父親は必死だが、会話はかみ合わず、想いは届かない……。
映画『ビューティフル・ボーイ』が描くアメリカ社会の現実は過酷だ。街にはドラッグが溢れかえり、呆れるほど簡単に手に入る。冒頭の会話ではないが、まるで“通過儀礼”か、“たしなみ”のようにドラッグを経験する。劇中、「薬物過剰摂取は50歳以下の米国人の死因 第1位」と衝撃的な字幕が出る。
原作は父親:デヴィッド・シェフが書いた『Beautiful Boy』。そして息子:ニック・シェフが書いた回顧録『Tweak』と『We All Fall Down』。そう、この映画は実話なのだ! とある家族の痛ましい経験を、父と息子それぞれの視点と想いを交錯させながら脚本化している。
成績優秀なニックは受験した6つの大学全てに合格する。両親(離婚はしているものの)には愛され、父の再婚相手や、その間に生まれた2人の妹弟との関係も良好だった。そんな好青年が、なぜドラッグのワナに堕ちてしまったのか? ニックは「ありとあらゆるドラッグ」に手を出し、更生と再発を繰り返す。恐るべきドロ沼状態だ。その間、父親はもちろん家族全員が絶望と焦りに振り回されながらも、ギリギリの絆を繋いで、何とかニックに手を差し伸べようと試みる。
![父は画家のカレンと再婚。弟ジャスパー、妹デイジーも生まれ、ニックはその中で一見、幸せに暮らしていたのだが。 『ビューティフル・ボーイ』(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/82be1a328b367a660f19c5646ccdd6c5.jpg)
映画は意外なほど美しい映像で描かれる。もちろんテーマはこの上もなく深刻だから、息子のドラッグ経験を記したおぞましいノートを発見した父親が、ページをめくり読み進むシーンなどは、まるでホラー映画だ。ところが、デリケートな撮影・照明が「端正な映像美」を創り出していて、ニックの善良でナイーブな内面や、家族たちの「何とかこれを契機に更生してほしい」という、もはや祈りのような気持ちを観客に伝えている。
題名は、ジョン・レノンの曲「Beautiful Boy」から取られた。父:デヴィッド・シェフは音楽ライターとして、アメリカの数々の著名雑誌に寄稿しており、ジョン・レノンの生前最後となったロング・インタビューも手掛けている。そんな縁と音楽を通じて交流していた父と息子の関係をモチーフに、劇中、様々なジャンルの楽曲が25曲も使われて物語の展開に寄り添う。
父:デヴィッドを演じるのはスティーヴ・カレル(1962年生まれ)。日本での知名度は高くないが、『フォックスキャッチャー』(14年)でアカデミー主演男優賞にノミネート、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)でゴールデン・グローブ主演男優賞にノミネート。アニメ映画『怪盗グルー~』シリーズで主役のグルー(声)を演じたかと思えば、『バイス』(4月5日公開)では、嫌味たっぷりに実在のラムズフェルド国防長官役を務めている。コメディーもので人気を獲得し、いまやカメレオンのように多彩な役をこなす演技派となっている。
そして息子のニック・シェフを演じるのは、ハリウッド注目の若手俳優、ティモシー・シャラメ(1995年生まれ)。『君の名前で僕を呼んで』(17年)の演技が旋風を巻き起こし、1939年以来最も若いアカデミー主演男優賞候補となった。早くも日本の女性ファンを獲得していて、傑作SF小説の再映画化『デューン 砂の惑星』に主演するなど、多くの出演作が待機している売れっ子だ。
「どうしてもこの役がやりたかった」というシャラメ。オーディションを経てニック役をつかみ、本作を「非常にエモーショナルで、感情をむき出しにしたような映画だ」と表現している。
映画の結末とは別に、ニック・シェフの近況をお伝えすると、なんと彼は脚本家として活躍中だ。参加したドラマ『13の理由』(Netflix)は賛否渦巻く大反響を呼び、シーズン3も予定されている(ちなみに同作はヒットドラマ『3年A組 今から皆さんは人質です』(19年1月~3月)に影響を与えたとも言われる)。
日本に目を転じると、「平成29年における組織犯罪の情勢」(警察庁)による「薬物事犯全体及び大麻事犯の検挙人員の推移」は過去最多の3008件に達した。また「人口10万人あたりの大麻事犯検挙人員の推移」を見ると検挙者の約半数が30歳未満で、若年層が増加傾向にある。人口10万人に対して約10人ではあるが、この5年間では、ほぼ倍増ペースだという。
映画で描かれる状況は、程度の差こそあれ日本のどこかでも起きている。そして今まさに、ピエール瀧被告が麻薬取締法違反の罪で起訴され、薬物依存症に注目が集まった。
ニック・シェフは薬物依存症が13回も再発し、そのために7つの医療センターを訪れたという。その8年間に及ぶ軌跡を考えると、依存症を「道徳上の過ち:犯罪」というシンプルな枠組みで捉えるだけでは問題は解決しない、と感じる。
ひとつの家族が陥った薬物中毒の泥沼。それを過度に劇的にせずに、繊細に描いた『ビューティフル・ボーイ』(4月12日公開)は、私たちに様々な問いかけをしてくる作品だ。
取材・文:羽鳥透 1965年、東京生まれ。エディター&ライター
![音楽ライター(ニューヨークタイムズ、ワイヤード、ローリングストーン、プレイボーイ、エスクァイアなどに寄稿)で父親のデヴィッド・シェフ。演じたスティーヴ・カレルは『40歳の童貞男』(05年)で映画初主演。『リトル・ミス・サンシャイン』(06年)、『ラブ・アゲイン』(11年)、『バトル・オブ・セクシーズ』(17年)、『30年後の同窓会』(17年)など出演作多数。 『ビューティフル・ボーイ』(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/5cc5480d229e824b3e7468e788474f5b.jpg)
![息子のニック・シェフは回顧録でベストセラー作家となる。作家、脚本家としても活躍。演じたティモシー・シャラメは1995年ニューヨーク州生まれ。父はフランス人で、母と姉が女優。 『ビューティフル・ボーイ』(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/b43bd77d754ad5331b4a5e64950a31d0.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/c6939bb84591fda85945f9340902f739.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/253af1f08f23df350b0aa707789c3d99.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/32f4656f0db75e4dfb6f1faa4dec96d4.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/9cf4fcebdff8fc9a263504eff6f4f8e3.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/9ad05f1df4360bc91b55a720c092677d.jpg)
![映画『ビューティフル・ボーイ』より (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/428b29fbb162c47e7174e21dfc44512e.jpg)
![フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督。1977年ベルギー生まれ。『オーバー・ザ・ブルースカイ』(12年)が高い評価を受けアカデミー外国語映画賞にノミネートされた(14年)。監督にとって『ビューティフル・ボーイ』は初の英語&ハリウッド進出作品。 (C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC.](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/25b0624060871f50301a98bafd0a2c33.jpg)
![『ビューティフル・ボーイ』4月12日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開/配給:ファントム・フィルム/提供:ファントム・フィルム、カルチュア・パブリッシャーズ、朝日新聞社/(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC.](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2019/04/494f568b02b8ad657aed024be2b3aab3.jpg)
- 文:羽鳥透