薬物依存症・再発13回! 実話『ビューティフル・ボーイ』の深淵

「くれよ 吸うから」と、息子が吸っていたドラッグを、父親も吸い始める。
「ドラッグ経験は豊富?」と尋ねる息子。
「まあ… 一応やったよ。それなりに経験はした」と答える父。――ある雰囲気を感じ取った息子は「教訓話 するつもり?」と牽制する。
「心配しすぎ みんな やってる」 「気をつけろ」 「ただのハッパさ 軽く楽しむだけ」……。
ドラッグ中毒の深みにハマってゆく最愛の息子を救うため、何とか説得のきっかけをつかもうと父親は必死だが、会話はかみ合わず、想いは届かない……。
映画『ビューティフル・ボーイ』が描くアメリカ社会の現実は過酷だ。街にはドラッグが溢れかえり、呆れるほど簡単に手に入る。冒頭の会話ではないが、まるで“通過儀礼”か、“たしなみ”のようにドラッグを経験する。劇中、「薬物過剰摂取は50歳以下の米国人の死因 第1位」と衝撃的な字幕が出る。
原作は父親:デヴィッド・シェフが書いた『Beautiful Boy』。そして息子:ニック・シェフが書いた回顧録『Tweak』と『We All Fall Down』。そう、この映画は実話なのだ! とある家族の痛ましい経験を、父と息子それぞれの視点と想いを交錯させながら脚本化している。
成績優秀なニックは受験した6つの大学全てに合格する。両親(離婚はしているものの)には愛され、父の再婚相手や、その間に生まれた2人の妹弟との関係も良好だった。そんな好青年が、なぜドラッグのワナに堕ちてしまったのか? ニックは「ありとあらゆるドラッグ」に手を出し、更生と再発を繰り返す。恐るべきドロ沼状態だ。その間、父親はもちろん家族全員が絶望と焦りに振り回されながらも、ギリギリの絆を繋いで、何とかニックに手を差し伸べようと試みる。

映画は意外なほど美しい映像で描かれる。もちろんテーマはこの上もなく深刻だから、息子のドラッグ経験を記したおぞましいノートを発見した父親が、ページをめくり読み進むシーンなどは、まるでホラー映画だ。ところが、デリケートな撮影・照明が「端正な映像美」を創り出していて、ニックの善良でナイーブな内面や、家族たちの「何とかこれを契機に更生してほしい」という、もはや祈りのような気持ちを観客に伝えている。
題名は、ジョン・レノンの曲「Beautiful Boy」から取られた。父:デヴィッド・シェフは音楽ライターとして、アメリカの数々の著名雑誌に寄稿しており、ジョン・レノンの生前最後となったロング・インタビューも手掛けている。そんな縁と音楽を通じて交流していた父と息子の関係をモチーフに、劇中、様々なジャンルの楽曲が25曲も使われて物語の展開に寄り添う。
父:デヴィッドを演じるのはスティーヴ・カレル(1962年生まれ)。日本での知名度は高くないが、『フォックスキャッチャー』(14年)でアカデミー主演男優賞にノミネート、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)でゴールデン・グローブ主演男優賞にノミネート。アニメ映画『怪盗グルー~』シリーズで主役のグルー(声)を演じたかと思えば、『バイス』(4月5日公開)では、嫌味たっぷりに実在のラムズフェルド国防長官役を務めている。コメディーもので人気を獲得し、いまやカメレオンのように多彩な役をこなす演技派となっている。
そして息子のニック・シェフを演じるのは、ハリウッド注目の若手俳優、ティモシー・シャラメ(1995年生まれ)。『君の名前で僕を呼んで』(17年)の演技が旋風を巻き起こし、1939年以来最も若いアカデミー主演男優賞候補となった。早くも日本の女性ファンを獲得していて、傑作SF小説の再映画化『デューン 砂の惑星』に主演するなど、多くの出演作が待機している売れっ子だ。
「どうしてもこの役がやりたかった」というシャラメ。オーディションを経てニック役をつかみ、本作を「非常にエモーショナルで、感情をむき出しにしたような映画だ」と表現している。
映画の結末とは別に、ニック・シェフの近況をお伝えすると、なんと彼は脚本家として活躍中だ。参加したドラマ『13の理由』(Netflix)は賛否渦巻く大反響を呼び、シーズン3も予定されている(ちなみに同作はヒットドラマ『3年A組 今から皆さんは人質です』(19年1月~3月)に影響を与えたとも言われる)。
日本に目を転じると、「平成29年における組織犯罪の情勢」(警察庁)による「薬物事犯全体及び大麻事犯の検挙人員の推移」は過去最多の3008件に達した。また「人口10万人あたりの大麻事犯検挙人員の推移」を見ると検挙者の約半数が30歳未満で、若年層が増加傾向にある。人口10万人に対して約10人ではあるが、この5年間では、ほぼ倍増ペースだという。
映画で描かれる状況は、程度の差こそあれ日本のどこかでも起きている。そして今まさに、ピエール瀧被告が麻薬取締法違反の罪で起訴され、薬物依存症に注目が集まった。
ニック・シェフは薬物依存症が13回も再発し、そのために7つの医療センターを訪れたという。その8年間に及ぶ軌跡を考えると、依存症を「道徳上の過ち:犯罪」というシンプルな枠組みで捉えるだけでは問題は解決しない、と感じる。
ひとつの家族が陥った薬物中毒の泥沼。それを過度に劇的にせずに、繊細に描いた『ビューティフル・ボーイ』(4月12日公開)は、私たちに様々な問いかけをしてくる作品だ。
取材・文:羽鳥透 1965年、東京生まれ。エディター&ライター










文:羽鳥透
1965年、東京出身。エディター&ライター