ショーケンが遺作で発した「ラグビーの言葉」を読み解く

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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衰弱の奇妙な強さ

あのショーケンがラグビーのところへ降ってきた。『股旅』や『青春の蹉跌』や『傷だらけの天使』の役者が。あるいは『愚か者よ』などの特別な歌い手が。

NHK大阪放送局のドラマ『不惑のスクラム』。昨年9月から全7回、全国放映された。不惑、40歳を過ぎた同好の士の集うヤンチャーズなる草の根クラブを救済の場とする再起の物語だ。こう書くとどうにも虚しさに包まれるが、ショーケン、萩原健一のこれが遺作ということになるのだろうか。重要な役で出演していた。

死の予感。不良性の勝利。

一見、そう思った。

かすれた声。炎天の河川敷グラウンドのシーンでのひどく白い顔。病を抱える設定なのだから正しい。そして、そこには演技の枠を超えるのではなく、枠の中を深く掘り進めるような迫力があった。衰弱の奇妙な強さ。

初回冒頭の場面。あとで大手商社の元幹部とわかるショーケン演ずる「宇多津貞夫」はあらぬ場所へ飛んだ楕円球を拾い抱え、そこで失意の底の主人公を見る。不運にも人を殺めた「丸さん」こと「丸川良平」である。

眼前の男は絶望の底にある。死のうとしている。瞬時にわかる。その目が、商社マンのそれではない。破滅を隣人としてきた実在の男のひんやりとした視線。ちょっとこわい。

同ドラマの制作統括、城谷厚司さんは、かつて早稲田大学ラグビー部で惑いながら重いスクラムを組んでいた。長崎南高校の出身。公式戦出場記録も残る。ひとつ下の代の主将はヤマハを率いた清宮克幸前監督だった。

本稿筆者は、制作の前、スタッフ有志ともども大阪の名物ラグビー酒場『マーラー』でビールを酌み交わした。「萩原健一」の名をそこで聞いた。アルコール。奔放な恋愛。ほかのいろいろも。あんなに不健康そうな人物と草の根ラグビー、おもしろそうだ。

放送開始。ショーケンが、リアリズムとファンタジーのあいだに橋をかけていた。

本年3月26日、萩原健一、死去。長く闘病を続けたと伝えられた。なるほどドラマにおいても最期の気配はしきりに漂った。
もうひとつ、この俳優の根太い不良性のかもす「いい加減」が、本当ゆえに整った言葉の熱をほどよく冷ます。こんな人がこう言うのだもの、ウソはないのだと。

以下、まれなる演者へのオマージュのつもりで、劇中、ショーケンより発せられた「ラグビーの言葉」の解読を試みたい。語尾などの細部は録画の音声をメモしたので正確を欠く可能性もある。

「誰ひとりとして不要な人はいないんですよ」(第1回)。ラグビー競技、ラグビーのチームの本質を語っている。

「きれい」を演じて

太っている(押しが利く)。背が低い(地面に近い)。さまざまな体格に出番は用意される。不器用で身体能力に恵まれなくとも、根気や勇気が備わっていると、高校2年くらいからジワジワとチームの役に立つ。スクラムやラインアウトの小さなコンテストのたびにゲームの進行が止まる。それは「考える時間」である。よいことを考えつく才能が、良好な反射神経や強靭な筋繊維を凌駕しうる。

臆病な者は攻守の破綻を回避させ、粗野な性格は相手への威圧をもたらす。

「強い選手ばかり集めたからといって勝てるわけじゃない」(同)

セレクションの要諦だ。往時の日本代表の名将、大西鐵之祐はよく言った。「僕が他のコーチと違うのは、ポジションでいちばんうまいやつから順番に選ばないことだ。みんなが社長になる会社はつぶれる。なんでもできる人間はチームに5人でよい。経理なら経理、営業なら営業、あとの10人はそれだけやりぬく人間のほうが強い」。どこか実社会の縮図のようでもある。

「ルールだからじゃない。誓いのようなものだ」(第4回)。ヤンチャーズの創設者である宇多津貞夫は、自身の商社マン時代を回想しつつ、フェアネスを説いた。

ラグビー競技の創成期に審判は存在しなかった。試合中の事象がフェアかどうか、そのつど両主将が話し合った。これも大西語録の「ジャスティスよりフェアネス」。ルールなんて人間のこしらえたものだ。合法か非合法よりも、きれいか汚いか。青山学院中等部ラグビー部出身、高橋克典の演じる「丸さん」は罪を犯した。しかし汚くはなかった。

「知らないほうが、いいこともあるね」(第3回)。仲間の過去はないことでよかった。草の根ラグビーこそは、なんの借り物もない非日常の空間である。同調圧力や忖度の侵入をなるだけ阻止したい。

「私はね、丸さんに生きててほしいと思う」(第1回)。チームのメンバーはそれぞれ屈託を抱える。せめて週末の楽しみくらいは自由でありたい。すると自由な精神で他者を評価するようになる。良心の地金がわかる。だらしないけれど澄んだ心の持ち主だ。この程度の見立てが日常では難しい。解放の場で許しがたいのは「ズル」である。ズルくない人は死んではならない。

享年68。萩原健一の経歴にラグビーは見つからない。清と濁を才能で混ぜ合わせた人物が「きれい」を演じ尽くして、本人には未知のスポーツの美徳は浮かび上がった。

※この記事は週刊現代2019年4月20日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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