マネーライター、ファイナンシャルプランナー／証券会社のマーケットアナリストを経て、1996年に独立。ビジネス誌や経済誌を中心に金融、資産運用の記事を執筆。著書に『ロボアドバイザー投資１年目の教科書』『豊富な図解でよくわかる！ キャッシュレス決済で絶対得する本 』。

松岡 賢治

<h3><span class="strongInContent">実質的には「国民負担」！？</span></h3>
<p>世界同時株安を起こした７月末の日銀の利上げ。政府と日銀による緊急会合開催や、日銀副総裁の〝火消しコメント〟が連発されたが、いまだ金融市場の動揺は続いている。こうしたドタバタ劇の裏で、大きな恩恵を受けている業界がある。銀行だ。</p>
<p>当座預金の超過準備への適用利率が0.1％から0.25％に引き上げられ、業界全体で「１兆円以上の収益」が見込まれる。しかも、この増収は「実質的な国民負担」につながるという。専門家が解説する。</p>
<figure id="attachment_390570" aria-describedby="caption-attachment-390570" style="width: 4589px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="74346931"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/09/4f555abccdc6ebe3a1a0e81d0f870adb.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-390570" class="wp-caption-text">利上げで「１兆円以上」の収益増！？　その訳とは…</figcaption></figure>
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<h3><span class="strongInContent">個人や企業から預けられたお金が…日銀の当座預金には「金利」が付く</span></h3>
<p>金融市場の混乱のインパクトがあまりにも大きかったためだろう。７月末に変更された日銀の金融政策の中身に関して、重要な議論がなされていない部分がある。それは、「補完当座預金制度の適用利率については0.25％とする。」というくだりである。以下、やや専門的な解説となるが、非常に重要なことなのでお付き合い願いたい。</p>
<p>民間銀行は、つねに日銀の当座預金にお金を預けている。準備預金制度というルールにより、銀行は、個人や企業から預けられたお金を、一定の比率で日銀の当座預金に預けることが義務となっているからだ。日銀に預ける必要最低限の金額を「法定準備預金額」といい、この最低金額を超えて預けられている部分を「超過準備」と呼ぶ。</p>
<p>そして、補完当座預金制度というのは、この超過準備に金利を付ける制度である。日銀は、銀行から預かっている当座預金のお金に利息を付けているのだ（民間銀行の当座預金には金利は付かない）。</p>
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<h3><span class="strongInContent">１兆3000億円の実質「税金」を銀行に分配！？</span></h3>
<p>これのどこが問題なのか。超過準備の金額が莫大なのだ。７月分（７月16日～８月15日）の平均残高は519兆円。これに0.25％の金利が付くと年間で約１兆3000億円になる。これがそのまま、銀行業界に行き渡ることになる。</p>
<figure id="attachment_390571" aria-describedby="caption-attachment-390571" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="68ccdbed"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/09/088aab447e0def456d45bd73f7d89a18.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-390571" class="wp-caption-text">【日銀当座預金残高と超過準備の推移】日銀が’13年４月に導入した「量的・質的金融緩和」、俗にいう「異次元緩和」から当座預金は激増（グレーが当座預金、赤が超過準備）／日銀ホームページで筆者作成。超過準備のデータは’16年２月より</figcaption></figure>
<p>そして、ここがポイントなのだが、日銀から年間でこれだけのお金が銀行に流れると、その分、日銀が政府に収める国庫納付金が減る。それは、政府にとってみれば、歳入が減ることを意味する。つまり、日銀が銀行に供与している利息というのは、実質的に国民負担と捉えることができる。誤解を恐れずに言えば、税金に近いお金を銀行に分配しているようなものなのだ。</p>
<p>話はここで終わらない。後述するように、今後、日銀の金融政策に修正がなければ、政策金利が引上げられるたびに、超過準備の金利も上がることになる。0.25％の引上げなら0.5％になる見通しだ。そのときに超過準備が500兆円あれば、利息は２兆5000億円（年換算）に上る。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="日銀は赤字に転落！？"></div>
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<h3><span class="strongInContent">日銀のキャッシュフローは赤字転落、バランスシートも悪化へ</span></h3>
<p>金利の引上げが続くと別の問題が生じる。それは、日銀のバランスシートの悪化だ。日銀の決算をみると、’24年３月末時点、保有している国債の残高は590兆円、保有国債の平均利回りは0.289％となっている。</p>
<p>もし、500兆円の超過準備に対して0.5％の金利を支払うとなると、日銀の国債からの利息収入を、超過準備への支払利息が上回るという〝逆ザヤ〟状態になる。逆ザヤが続くと、日銀のキャッシュフローは赤字に転落する可能性が出てくる。</p>
<p>また、保有する国債には、すでに９兆円以上の含み損が発生している。こうしたリスクを冒してまで、超過準備に多額の利息を支払う合理性があるのだろうか。</p>
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<h3><span class="strongInContent">米国FRBは債務超過に…準備預金への金利の付与は日銀だけではない</span></h3>
<p>ここからは一転、日銀の立場をとって解説をしたい。まず、準備預金に金利を付けるという政策はイレギュラーな中央銀行の金融政策といえる。しかし、ここ数年、欧米の中央銀行は金融引き締めを敢行してきたが、その際、米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会（FRB）や欧州中央銀行（ECB）でも、準備預金に金利を付与している。日銀だけの特殊な政策というわけではない。</p>
<p>その結果、すでに欧米の中央銀行のバランスシートは相当悪化している。例えば、大幅な金利引上げを行なったFRBなどは、’22年には逆ザヤとなっていた。その後も悪化は止まらず、’23年前半には負債が資産を上回る債務超過に陥っている。FRBの’23年決算は、1143億ドル（約16兆円）という巨額の赤字で、過去最大だという。</p>
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<h3><span class="strongInContent">日銀は「問題なし」というスタンス…中央銀行のバランスシートの悪化は「一時的」か</span></h3>
<p>なお、このFRBのバランスシートの悪化については、米国内でも見解が分かれている。「基軸通貨であるドルを発行できるから長い目でみれば大丈夫」とする意見が多数派のようだが、’23年から米政府への利益の納付がストップしているため、時間の経過とともに問題視する声は大きくなっている（唐突だが、この辺の事情は金価格の暴騰と関係があると筆者は憶測している）。</p>
<p>当然、日銀も「問題なし」というスタンスだ。’23年12月に発表した調査論文『中央銀行の財務と金融政策運営』の中で、「金融政策が引き締め方向に向かい、バランスシートが縮小していく局面では(中略)、一時的に赤字が発生する可能性はあるが、その場合でも、通常、いずれは収益が回復していく。」と述べている。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="準備預金への金利付与の目的は？"></div>
<h3><span class="strongInContent">準備預金への金利付与の目的は「引き締め効果の浸透」</span></h3>
<p>すでに述べたように、普通の銀行の当座預金には一切金利は付かない。では、なぜ中央銀行は、銀行の準備預金に金利を付けるのか。</p>
<p>これまでの金融引き締め局面に入る前、日米欧の中央銀行は、金融市場に大量の資金を供給する「量的緩和政策」を実施していた。その影響で、準備預金残高も急激に増加していった。その状態で、準備預金に金利を付けずに、金融引き締めをしようとするとどうなるのか？　以下、日銀を例に解説する。</p>
<p>現在、日銀の政策金利は「無担保コール翌日物」で誘導目標は0.25％。当座預金に金利が付かなければ、銀行としては当座預金に置いといても無駄なので、少しでも金利を得ようと短期金融市場で運用をしようとする。すると、無担保コール市場にも大量の資金がなだれ込み、翌日物レートに低下圧力がかかることになる。</p>
<p>すると、おそらく0.25％よりも低い金利で多数の取引が成立するだろう。日銀の日々の金融調節(日銀オペレーション)では、その事態を食い止めることは出来ず、金融引き締めの効果が得られなくなる――これが大きな問題だ、という理屈である。</p>
<p>そこで、準備預金に政策金利と同じ金利を付けておけば、銀行は、わざわざ短期金融市場で取引をしなくても済む。銀行が無担保コール市場で運用する場合は、0.25％よりも高い金利での取引を目指すことになる。その結果、日銀は誘導目標を維持しやすくなる。こうした認識は、各中央銀行で共有されている。</p>
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<h3><span class="strongInContent">デフレからの「病み上がり」の日本には当てはまらない？</span></h3>
<p>ただ、日本の場合、前述した手法が適しているのかどうか、ここには大いに議論の余地があろう。端的にいえば、誘導目標を0.25％に設定しておいて、短期金利の実勢レートがそれを下回ったところで、「何か不都合がありますか」ということだ。</p>
<p>米国のように、景気が過熱し、深刻なインフレに見舞われたときに、大幅な利上げを矢継ぎ早に敢行する、というケースなら納得はできる。金融引き締め効果が削がれて、インフレの抑制が手遅れになってしまう可能性があるからだ。</p>
<p>一方、深刻なデフレにより「失われた30年」を過ごした日本経済にとって、「金利のある世界」への移行には、まったく緊急性は感じられない。総需要と潜在的な供給力の乖離率である「需給ギャップ」は依然としてマイナスで、景気拡大局面とは言い難い。物価上昇圧力も弱く、消費者物価前年比＋２％というインフレ目標も、達成は微妙だと日銀自身も認めている。</p>
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<p>日本の場合、金融引き締め効果の減衰を憂慮するよりも、引き締めのやり過ぎを心配すべきだろう。無担保コール翌日物が誘導目標を下回ったからといって、差し迫る懸念材料があるとは考えにくい。</p>
<p>むしろ、デメリットが目立つ。銀行は、日銀当座預金に資金をおいておけば、ノーリスクで利ザヤが稼げる。本来、準備預金はたんなる決済手段でしか無いはずだが、運用するためのマーケットになってしまっている。企業の資金需要は旺盛とはいえない中、巨額の超過準備が維持されてしまうだろう。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="最高益のメガバンクにも補助金？"></div>
<h3><span class="strongInContent">「マイナス金利政策」時代は超過準備への金利が政策金利だった</span></h3>
<p>個人的には、７月末の日銀の利上げの際、超過準備の金利は0.1％の据え置きでよかったのでは、と考えている。こう言うと以下のような反論が予想される。</p>
<p>・超過準備への金利を政策金利である無担保コール翌日物金利よりも低くすると、実質的な政策金利は超過準備への金利になってしまう。</p>
<p>→これはその通りだが、特に問題はない。「マイナス金利政策」を実施していた時期(‘24年３月まで)の政策金利は、まさに超過準備への金利だったからだ。超過準備への金利を政策金利に戻してもいいし、戻さなくてもよい。</p>
<p>・日銀が無担保コール翌日物金利を、誘導目標である0.25％に誘導できなければ、日銀の金融政策の遂行力に疑問符が付き、信認が損なわれる。</p>
<p>→これも、莫大な超過準備をみれば、理解は得られるのではないか。マイナス金利政策導入前、超過準備への金利が0.1％だったとき、無担保コールレート翌日物は0.1％よりも低くなるケースが頻発したが、問題にはならなかった。そもそも、日銀の信認というのであれば、バランスシート悪化の方が深刻なはずだ。</p>
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<h3><span class="strongInContent">最高益のメガバンクにも…「国民負担の補助金」は許されるのか</span></h3>
<p>一部には、マイナス金利政策で痛んだ銀行のバランスシートを修復するため、といった見方もある。もしかするとこれが本当の理由かもしれない。</p>
<p>だが、米国のように、政策金利の引上げが短期間で何度も実施され、長期金利の方が短期金利よりも低いという「逆イールド」が長期間続いたのなら話は分かる。銀行にとってはかなりの痛手となり、実際に米地銀の破たんも相次いだ。</p>
<p>しかし、国内の銀行は様相がまったく異なる。第二地銀こそ振るわないが、第一地銀の収益はここ数年でかなり持ち直している。メガバンクに至っては、23年度決算において、三菱UFJフィナンシャル・グループ（FG）と三井住友FGは最高益更新、みずほFGもほぼ最高益と絶好調だ。３行の純利益を合計すると３兆円（！）を超える。</p>
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<p>超過準備の内訳をみると、都市銀行が圧倒的で200兆円を超えている。つまり、メガバンクとりそな銀行、埼玉りそな銀行の合計５行で、超過準備の金利収入は5000億円に上る（大部分がメガバンク３行）。こういうところに、国民の負担を伴う補助金のような利益が供与されてしまうのだ。</p>
<p>今後、日銀は海外の中央銀行と同じように、超過準備に政策金利の誘導目標と同じ金利を付与し続けるのか。それとも、どこかのタイミングで修正が入るのか。次回の日銀金融政策決定会合は、９月19日・20日。記者会見で日銀総裁に質問がされることを切に願う。</p>


松岡賢治

アフロ

世界同時株安を起こした７月末の日銀の利上げ。政府と日銀による緊急会合開催や、〝火消しコメント〟が連発されたが、金融市場の動揺は続いている。こうしたドタバタ劇の裏で、大きな恩恵を受けている業界がある。

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