萩原健一さんが語っていた「干されて着ぐるみバイト時代」

死んでもファンを魅了 幾度も苦難を乗り越えた役者の秘蔵写真を公開

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’10年3月、深作欣二監督の息子・健太氏と映画イベントに参加した際の1枚

イメージと正反対の素顔

「お互い10代で初めて出会ってから、ショーケンさんは私を『惠子ちゃん』と呼んで可愛がってくれました。年上のスタッフとも物怖じせず対等に話をし、役柄に合わせカッコ良く衣装を着こなす……。私にとって永遠のスターです。ヨボヨボのおジイちゃんではなく、カッコいいショーケンさんのままで旅立たれました。亡くなっても魅了される存在です」

こう語るのは、女優の高橋惠子だ。

3月26日、天才タレント萩原健一が亡くなった。享年68。「ザ・テンプターズ」のボーカルとして、『神様お願い!』が大ヒット。役者としてはドラマ『太陽にほえろ!』や黒澤明監督の映画『影武者』などに出演し、日本アカデミー賞主演男優賞も受賞した。だが’11年からは、発症率が10万人に二人ほどの消化管間質腫瘍(しょうかかんかんしつしゅよう)という希少がんに悩まされていたという。映画監督の、恩地日出夫氏が振り返る。

「その頃から『オレは治らねぇんだ』『もう死ぬんだ』と言っていましたね。ハチャメチャなイメージと違い、素顔はマジメな人でした。’11年に、脚本家の市川森一さんが亡くなった時のこと。葬式に参列するため、頼みもしないのにわざわざボクの家まで車で迎えに来てくれたんですよ。これから、さらに良い役者になるところだったのにね……。もっとショーケンが演じる姿を見たかったです」

本誌秘蔵写真と肉声で、ショーケンの壮絶人生を振り返る。

四国八十八ヵ所巡礼で自分の弱さを思い知る

「挫折はたくさん味わいました。’83年に大麻不法所持で捕まった時はキツかったなぁ。CMの違約金を3億円も払わなくちゃならなかったし、仕事は干されるし……。娘の養育費を稼ぐために、多摩川遊園地でぬいぐるみの中に入りバイトしたこともあります。3ヵ月間、一日も休まずにね。一番応えたのは、初公判の日にオフクロが亡くなったこと。親孝行したくても、もう取り返しがつきませんから。本当に情けなかったですね」

大麻取締法違反や恐喝未遂容疑で、4度の逮捕経験があるショーケン。強面(こわもて)の印象があるが、本誌記者には殊勝な一面も見せていた。冒頭は、’04年1月にインタビューした際の言葉である。この取材では大麻使用を反省しつつ、アーティストならではのエピソードも明かした。

「知人の紹介で知り合ったのが、作家の瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さん。頭を丸めて、京都にある寂聴さんの寂庵(じゃくあん)という禅寺にこもったんです。ただ、世間は放っておいてくれない。マスコミに騒がれ始め、丹波の東光寺に預けられました。移動中、東光寺の坊さんが車を運転しながらクラシックの『スケーターズ・ワルツ』を流している。坊さんに『いつもこういう曲聴いているんですか?』と尋ねると『しばらく走ったら好きな曲を流します』と答えた。かかったのがローリング・ストーンズの『ブラウン・シュガー』です。ヘロインの歌だよ。ブッたまげたけど、ボクの中のロック魂が騒いだね」

大麻所持で逮捕されてから10年後。ショーケンは43歳の時に、本気で心を入れかえようとお遍路の旅に出る。’04年8月にインタビューした時の回顧だ。

「四国八十八ヵ所を徒歩で巡礼したんです。猛暑の中、シャバと縁を切り、お遍路姿で歩いた距離は迷い道を入れて約1600㎞。一日50㎞近く歩いて、37日間かかりました。ウォークマンでジョン・レノンの『イマジン』なんかを聴きながら、のんびり歩こうと思ったけど、そんな甘いもんじゃなかったね。ヘトヘトに疲れて、地図一枚持つのも重く感じるんです。とにかく苦しい。自分の弱さをとことん思い知らされました」

40代〜50代の男性には、こんなエールを送っている。

「リストラに脅(おびや)かされる現代の中高年は大変だと思うけど、めげちゃいけない。サラリーマンは、クビになるまで仕事があるでしょう。オレたち俳優は、一つの仕事が終わったら次の仕事が見つかるまで何もないからね。毎日職探しをしているようなもの。もらった仕事を怠けていたらバチが当たる。いいかげんな生活を送ってきたオレのような男だってがんばれるんだから、普通の人ならもっとがんばれますよ。精一杯やらなくちゃ」

幾度も逆境を味わってきたショーケン。その度に己を見つめなおし、愚直な姿勢を貫いた人生だった。

遺作となったNHK大河ドラマ『いだてん』の出演シーン。大正、昭和期の政治家・高橋是清(これきよ)役で出演している
’95年3月。当時ヘアメイクアーティストと交際していたショーケン。この頃から音楽製作に距離を置き、俳優業へ軸足を移し始める
’85年11月。雑誌記者を暴行した容疑で、警視庁中野署で事情聴取を受ける。取り調べは9時間に及び書類送検。2年後に不起訴となる
’05年1月。出演映画のスタッフへの暴行について、自宅前で本誌記者に応える。その後活動休止。’09年の映画『TAJOMARU』出演で活動を再開した
  • 写真鬼怒川毅、NHK提供、坪井彰一郎、益田周一、池田賢二

Photo Gallary5

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