巨大倉庫で夜勤する人々 独映画『希望の灯り』が日本で沁みるワケ
「こんな職場ならバイトテロは起こらない」? ドイツ映画の逸品が日本の観客に拡がって
映画の冒頭、ワルツ「美しき青きドナウ」にのせて、超巨大な倉庫の中をフォークリフトがまるで踊るように優雅に行き交う。
「フォークリフト・バレエ」と監督たちが名付けた、このシーンを観ただけで「この映画は何か違う」と独特の気配を感じさせる。
2000年代初頭、旧東ドイツの巨大倉庫で働く人々の人間模様をしっとりと描いた映画『希望の灯り』。一見「超地味」と思ってしまう作品だが、東京と千葉の4館を皮切りに4月5日から上映が始まり、6月にかけて全国40館以上での上映が決定し、好評を博している。
観客層は想定よりも幅広く、シニア世代やビジネスマンにも拡がっている。とある映画館には「こんなにいい映画を上映してくれてありがとう」と、年配の男性客から感謝の電話が入り、映画館側も「そんなことは初めて」と驚いているという。
日本とは縁もゆかりもなさそうなドイツ映画の、いったい何が私たちに届いているのか――?
巨大スーパーマーケットの在庫管理倉庫。そこで夜勤職員として試用される無口な青年が主人公。夜の巨大倉庫が舞台といっても、ジャンルはホラーでもサスペンスでもない、言ってしまえば人間ドラマ。
主人公は腕や背中に入れ墨のある青年クリスティアン(27歳)、彼の仕事やあれこれを見守る飲料担当の中年男性ブルーノ(54歳)、魅力的な女性でワケありな雰囲気のお菓子担当のマリオン(39歳)。この3人を中心に、巨大倉庫で働く人々の姿がスケッチされて行く。
青年クリスティアンは、中年先輩からフォークリフトの操縦を習い始めるが、なかなかうまく行かない。年上の彼女が、やはり気になる。困ったことに昔の悪友が客としてやって来て出くわす――。
ありがちなパターンだと、これから「フォークリフトで事故るんじゃないか」とか、「旧友がとんでもない悪行を働くんじゃないか」とか、「不倫のドロ沼にハマるんじゃないか」とか、あれこれ予想する。ところが物語はそんな単純な予想を微妙・絶妙にかわしながら、別の方向に進んでゆく。
決してハデな見栄えの作品ではないが、冒頭のシーンに代表されるように、映像や音楽が様々に工夫され(かと言って悪目立ちはせず)、静かなのになぜか目が離せない。
主人公が帰宅時に乗るなじみのバスの運転手でさえ、ホンの少しの出番だがイイ味だ。夜勤シフトが終わるたびにスタッフ全員と握手して見送るマネージャーが、なんとも素敵すぎる。決して豊かではないが、こんな職場ならバイト・テロなんて起こらないだろう、などと妙な感心をしたり。この風合いは、どこから来るのか。
映画評論家の小野寺系氏は、映画『希望の灯り』の魅力を次のように語る。
「意外な場所に、意外な才能が転がっている。まれにそんな人に出会
しかし、労働者はただの部品ではなく、常に感情を動か
ベルリンの壁が崩壊して今年で30年。この映画の原作者も監督も旧東ドイツ出身である。トーマス・ステューバー監督は来日時に、
「旧東ドイツの政治システムを懐かしんでいるわけではないけれど、その頃の価値観のようなものは見直していい部分もあるのでは。東ドイツでは労働や労働者が大切にされていた」と語った。
- 文:羽鳥透