巨大倉庫で夜勤する人々 独映画『希望の灯り』が日本で沁みるワケ | FRIDAYデジタル

巨大倉庫で夜勤する人々 独映画『希望の灯り』が日本で沁みるワケ

「こんな職場ならバイトテロは起こらない」? ドイツ映画の逸品が日本の観客に拡がって

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映画の冒頭、ワルツ「美しき青きドナウ」にのせて、超巨大な倉庫の中をフォークリフトがまるで踊るように優雅に行き交う。

「フォークリフト・バレエ」と監督たちが名付けた、このシーンを観ただけで「この映画は何か違う」と独特の気配を感じさせる。

2000年代初頭、旧東ドイツの巨大倉庫で働く人々の人間模様をしっとりと描いた映画『希望の灯り』。一見「超地味」と思ってしまう作品だが、東京と千葉の4館を皮切りに4月5日から上映が始まり、6月にかけて全国40館以上での上映が決定し、好評を博している。

観客層は想定よりも幅広く、シニア世代やビジネスマンにも拡がっている。とある映画館には「こんなにいい映画を上映してくれてありがとう」と、年配の男性客から感謝の電話が入り、映画館側も「そんなことは初めて」と驚いているという。

日本とは縁もゆかりもなさそうなドイツ映画の、いったい何が私たちに届いているのか――?

マリオン(左)とフォークリフトでドライブするクリスティアン  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
マリオン(左)とフォークリフトでドライブするクリスティアン  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
原作は『夜と灯りと』(クレメンス・マイヤー著)という12編からなる短編集の1編「In the aisles 通路にて」(映画の原題も同じ)。25ページの短編を、監督と共に原作者も共同で脚本化した。ドイツ映画祭(2018年)では長編映画賞、主演男優賞、助演女優賞、撮影賞にノミネートされて主演男優賞を獲得。第68回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品された逸品だ。

巨大スーパーマーケットの在庫管理倉庫。そこで夜勤職員として試用される無口な青年が主人公。夜の巨大倉庫が舞台といっても、ジャンルはホラーでもサスペンスでもない、言ってしまえば人間ドラマ。

主人公は腕や背中に入れ墨のある青年クリスティアン(27歳)、彼の仕事やあれこれを見守る飲料担当の中年男性ブルーノ(54歳)、魅力的な女性でワケありな雰囲気のお菓子担当のマリオン(39歳)。この3人を中心に、巨大倉庫で働く人々の姿がスケッチされて行く。

青年クリスティアンは、中年先輩からフォークリフトの操縦を習い始めるが、なかなかうまく行かない。年上の彼女が、やはり気になる。困ったことに昔の悪友が客としてやって来て出くわす――。

ありがちなパターンだと、これから「フォークリフトで事故るんじゃないか」とか、「旧友がとんでもない悪行を働くんじゃないか」とか、「不倫のドロ沼にハマるんじゃないか」とか、あれこれ予想する。ところが物語はそんな単純な予想を微妙・絶妙にかわしながら、別の方向に進んでゆく。

決してハデな見栄えの作品ではないが、冒頭のシーンに代表されるように、映像や音楽が様々に工夫され(かと言って悪目立ちはせず)、静かなのになぜか目が離せない。

主人公が帰宅時に乗るなじみのバスの運転手でさえ、ホンの少しの出番だがイイ味だ。夜勤シフトが終わるたびにスタッフ全員と握手して見送るマネージャーが、なんとも素敵すぎる。決して豊かではないが、こんな職場ならバイト・テロなんて起こらないだろう、などと妙な感心をしたり。この風合いは、どこから来るのか。

映画評論家の小野寺系氏は、映画『希望の灯り』の魅力を次のように語る。

「意外な場所に、意外な才能が転がっている。まれにそんな人に出会うと、資質がある人物が実際にその才能を伸ばすには、環境や出会いなど外的な要因も必要になるということに気づかされる。旧東ドイツの巨大スーパーを舞台にした本作は、過酷なシフト勤務に従事し、利益を生み出すための歯車として末端で働く人々の姿が描かれる。

しかし、労働者はただの部品ではなく、常に感情を動かし思考し続ける存在である。そのなかには偉大な存在になるはずだった者もいるかもしれない。廃棄された食料を漁り、会社の目を盗んではサボる従業員たちにあたたかいまなざしを向けながら、『希望の灯り』は、身勝手な国の都合や社会の事情に翻弄される人々の目線から、闇を歩き続けるような日常にささやかな明かりを灯してくれる美しい映画だ」

ベルリンの壁が崩壊して今年で30年。この映画の原作者も監督も旧東ドイツ出身である。トーマス・ステューバー監督は来日時に、

「旧東ドイツの政治システムを懐かしんでいるわけではないけれど、その頃の価値観のようなものは見直していい部分もあるのでは。東ドイツでは労働や労働者が大切にされていた」と語った。

およそ20年前のドイツを描いた映画から、時間も距離もずっと離れた日本では、今や「労働の尊さ」「職場の仲間の大切さ」といった当たり前のことが、すっかり希少なものになっている。
静かで味わい深い物語は、後半に予想外の展開を見せつつ、『希望の灯り』ならではの着地をする――。
まもなくGW。大作映画ぞろいの時期に、あえてこの作品に浸る、という選択もアリかもしれない。
取材・文:羽鳥透 1965年、東京生まれ。エディター&ライター
ブルーノ(右)はクリスティアンのメンターとして、あれこれ導く。演じたペーター・クルトは『ヘビー級の心』(15/Netflix)で難病ALSと診断される元一流ボクサーの中年男を好演し、独アカデミー賞主演男優賞を受賞  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
ブルーノ(右)はクリスティアンのメンターとして、あれこれ導く。演じたペーター・クルトは『ヘビー級の心』(15/Netflix)で難病ALSと診断される元一流ボクサーの中年男を好演し、独アカデミー賞主演男優賞を受賞  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
フランツ・ロゴフスキ(右)は本作で第68回ドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
フランツ・ロゴフスキ(右)は本作で第68回ドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
マリオン役のザンドラ・ヒュラーは、『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)で仕事中毒の女性を演じ多くの主演女優賞を獲得。ドイツを代表する女優  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
マリオン役のザンドラ・ヒュラーは、『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)で仕事中毒の女性を演じ多くの主演女優賞を獲得。ドイツを代表する女優  映画『希望の灯り』 (C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
  • 羽鳥透

    1965年、東京生まれ。エディター&ライター

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