奇抜なサービス「レンタルなんもしない人」に依頼が殺到する理由 | FRIDAYデジタル

奇抜なサービス「レンタルなんもしない人」に依頼が殺到する理由

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「ご連絡ありがとうございます。こちらからはとくに気の利いたことは言わず、質問に対してごく簡単な受け答えをするだけで大丈夫であればお受けできます」

2019年3月、レンタルなんもしない人さんに取材の依頼をすると、こう返信が返ってきた。数日後に待ち合わせると、約束の10分前にレンタルなんもしない人さんが指定の場所に。トレードマークのブルーの帽子がひときわ目立つ。

「なんもしない人(ぼく)を貸し出します。常時受け付け中です。国分寺駅からの交通費と、飲食代等の諸経費だけ(かかれば)ご負担いただきます。飲み食いと、ごく簡単なうけこたえ以外、なんもできかねます」とTwitterでサービス開始の告知したのは2018年6月のこと。以降、約9カ月間でのべ1000人を超える依頼を受けてきた。

彼はいったいなぜこのサービスをはじめたのか、このサービスを始めてなにか見えてきたものがあったのか。迫ってみた。

組織に馴染めないことで気づいた「なんもしたくない」強い欲求

レンタルなんもしない人さんこと森本祥司さんは、現在35歳。実は既婚者で一児の父親だ。サービスの提供による対価は基本的には発生しないので、収入はほぼゼロ。貯蓄を崩しながらこのサービスを続けているという。

森本さんは、大学院で物理学を専攻し、卒業後は教材系の出版社に就職した。しかし、組織になじめず仕事を転々とするなかで「なんもしたくない」自分に気がついたという。

「大学時代に塾講師をしていたので、数学などの問題をつくる教材系の仕事が向いていると思ったんです。しかし、会社で黙々と一人で仕事をしていると、チームワークを重視しろ、もっとみんなとコミュニケーションをとれ、と言われるんです。僕は毎日同じ人とコミュニケーションをしなくてはいけない“固定された人間関係”が苦手で、徐々に会社に居づらくなり、苦しくなって、結局3年で退職しました。以降はコピーライターを目指すものの、今度は広告業界に馴染めず挫折し、淡々と一人で仕事ができそうだと思って編集プロダクションでも働きましたが、ここもやっぱり合わず、続きませんでした。やろうとしていたことがダメになって、なんもしなくなる。こんなことを繰り返すうちに、僕は“なんもしたくない”という欲求が人よりも強いことに気がついたんです」

ある日、SNSで、人の奢りだけで生計を立てている「プロ奢ラレヤー」という人物の存在を知り、なんもしないで生きていきたいという欲望がさらに大きくなった。人は働いてお金を稼がなければ生きていけない、という社会の常識にとらわれず、なんもしなくて生きていけるのか? そんな命題の実験の場と考えつつ、自分の心に素直に従っていくうち、なんもしない自分を貸し出すというサービスを思いついた。

「『動く置物』という名前も検討していたけれど、言いにくいし、何か固い。直感的に降りてきたのが『レンタルなんもしない人』でした。とても軽いニュアンスで、なんもしないこともわかりますからね」

彼に寄せられる依頼内容はさまざまだ。たとえば、普段は奢ってもらうことが多いという依頼人から「奢りだと気を遣ってしまう。じっくり料理を味わいたいので奢らせてほしい」と、高級鉄板焼き店に行ったことがある。メジャーリーグ愛好家から「自分と同じくらい野球のことをよく知っている人と観戦すると、かえって意見がぶつかってしまうので、野球をあまり知らない人と観戦したい」と、東京ドームで開催されたメジャーの試合を依頼者の解説つきで観戦したこともあった。

時には依頼者の人生の局面に遭遇することもある。「離婚届の提出に同行してほしい」と依頼を受けたときには、離婚届を提出して依頼者の名字が変わる“県境”をまたいだ。「旦那が浮気しているというメールの真偽を知りたい」という依頼者についていき、決定的な証拠を見せられ、顔を覆う依頼者を2席隣から見守った、などなど。

だからと言って何か気の利いたことをするわけではない。「その場の空気も人の心も全く読めないんです」と言うレンタルなんもしない人さんは、数時間ほど依頼者の傍らにいるだけだ。

“固定された人間関係”による生きづらさを多くの人が抱えている

痔の手術への同行、裁判の傍聴、医師国家試験の合格発表見届けなど1日に約20件の依頼が届き、1ヵ月先くらいまでの間で日程を調整。ほぼ毎日、3~4件の依頼をこなしている。そして、依頼主の許可がおりれば、Twitterに依頼内容を上げたり、気が向いたときには感想をつぶやいている。タイムラインを覗けば、さまざまな人が心の片隅に抱えている願望や悩み、人間模様を垣間見ることができるため、今では約11万4000人のフォロワーがこの活動報告を楽しみに待っている。

「いろんな人がいるとよく言いますが、このサービスをしているとそのことを肌で感じます。逆に言えば、僕の存在に対する安心感につながっています。組織には馴染めず、社会から外れ気味ですが、それでも僕がこの世の中にいてもいいんだ、と。そして、さまざまな経験が財産になっていますね。経験は誰にも盗まれることがありませんし、いつか換金可能なのではないかと思っています」

できることならこのサービスをできるだけ長く続けていきたいと話すレンタルなんもしない人さん。多数の依頼を受けるなかで感じた、人に言いづらい話や悩みを聞くという案件が多い理由をこう話す。

「『人に言いづらい話』における『人に言いづらい理由』は実にさまざまです。『友人に愚痴を話すと、話がいろんな人に伝わってしまうかもしれない』『自慢話を人にするのは嫌がられそう』といったわかりやすいものもありますし、『仲間内で自分はドライなキャラクターで通っているので、恋人ののろけ話を言う相手がいない』『深刻な悩みではあるが、話した相手にやたらと心配されたり助言されたりするのもストレスだ』など、複雑な心理が絡んだ依頼も多いです。中には、『友人に自分の悩みや秘密を話してしまうと、関係が悪化したときに、弱みを握られることになってしまう』と考える依頼者もいます。悩み事が人それぞれであるのと同様に、依頼の動機も人の数だけあるように感じます。ただ、いずれの場合でも『普段の人間関係の中では処理しきれない話』であるのは間違いなく、僕が会社員のときに抱えていた”固定された人間関係”による生きづらさを、実は結構たくさんの人たちも抱えていたのかな、と思っています。『レンタルなんもしない人』の需要は、まさに僕自身の生きづらさの中にあったのかもしれません」

そう言って、少し笑顔をみせたレンタルなんもしない人さんは、次の依頼に向かって去って行った。

 

レンタルなんもしない人・プロフィール

2018年6月より「なんもしない自分を貸し出す」というサービスを開始。「東京から大阪に引っ越すのだが、ドラマのように見送ってほしい」という依頼に関するツイートが話題となり渦中の人に。2019年3月28日から『モーニング&週刊Dモーニング』(講談社)で漫画連載「レンタルなんもしない人」がスタート。4月15日には、今までの活動をまとめた書籍『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)を上梓。

  • 取材・文油野崇撮影西崎進也

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