日本代表の要となるか? ベテラン右プロップ・山下裕史の闘争心

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

「しょーもないことすな」

デモ隊の先頭には関西人を配置すべし。

昔、どこかで読んだ。

学生運動の盛んな時代、ヘルメットをかぶり隊列を組み、いざ機動隊と対峙する。どちらのサイドも興奮しているので、言葉が激しくなる。このとき東京、しかも山の手あたりのイントネーションでは迫力を欠く。「こら、通さんかい。突破や、殲滅や」。こうでなくちゃ。

なぜ、そんなことを思い出したのか。

大阪は四條畷の生まれ、都島工業高校に学んだ男が、憤然、外国の巨漢に額をぶつけるように叫んだのだ。

「しょーもないことすな」

怒りの焔が湯気と化す。

ここは大阪でも神戸でもない。東京でもない。日本ですらない。ニュージーランド北島のハミルトンのラグビー場である。

山下裕史、怒りの関西弁、いかしていた。

先月の2日。スーパーラグビーのサンウルブズの右プロップを務め、敵地で強豪のチーフスを破った。前半33分、チーフスの身長2メートルのロック、マイケル・アラダイスが倒れた姿勢のまま手を用い、サンウルブズの背番号3の次の展開への走り出しを巧みに妨げた。ちょっとしたズルだ。

「しょーもないことすな」の発動。こら、とつかみかかると、サンウルブズの同僚であるトンガ系、サモア系、ヨーロッパ系、3人のニュージーランド出身者が引きはがしにかかる。近鉄ライナーズ所属、英語の次の母語を「大阪弁」と定める好漢、トンプソンルークは芝の上でこらえきれず笑った。

その試合のその瞬間、テレビ解説をしながら「デモの先頭は関西人」説について話そうか迷った。そもそもデモ隊をイメージしづらい若者も視聴している、と、踏みとどまる。

さて、いささか旧聞に触れたのは、その後、心配された通り、サンウルブズのスーパーラグビーからの除外が決まったからだ。来シーズン限りでコンペティションを離れなくてはならない。統括団体「SANZAAR(サンザー)」の定見の不足もさることながら、やはり日本協会に「なんとしてもスーパーラグビーにとどまる」という情熱が欠けていた。残留条件の「年間約10億円供出」についても、心の底よりサンウルブズを大切に考えるなら打つ手はきっと見つかった。代表強化の機会を手放すのみならず、せっかく日本ラグビーに芽吹いた新しいファン文化は行き場をなくしてしまう。

本物の右プロップ

33歳の山下裕史は、歳月によって煮詰められたような故郷の抑揚で、3年前には自身が属した古巣、チーフスの大男に憤りを表した。サンウルブズの存在がかつては想像しがたい場面を現実とさせた。なのに惜しい。

そして思う。あれは感情をいたずらに乱した苛立ちと種類が違った。どう表現するのか、自然な貫禄がにじんでいた。

愛称ヤンブーは4年前のワールドカップを最後に日本代表を外れた。しかし昨秋、充実の神戸製鋼での働きを認められて呼び戻される。ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)は「経験と誇りがある」と選出理由を語った。師走の日本一、年が明け、サンウルブズへ。ワラターズとの今季第2戦では、相手投入のスクラムのボールを2度も奪い、コンペティション全体のチーム・オブ・ザ・ウィークに名を連ねた。

その試合後、本人は取材陣に一言。

「自分の役割は果たせたかな」

自信があって過信はなし。

後日、こんな発言も見つかった。

「ただただラグビーをしたい。変態ですね」(スポーツニッポン)

なんと正しい変態だろう。

ラグビー界には国境や世代をまたいだ秘密結社「碇クラブ」が(たぶん)存在する。

碇、イカリ、英語でアンカー、でっかい船をぐらつかせぬためのオモリだ。右プロップはずっとそう呼ばれた。背中に「3」を貼り付けた頑丈な人間がいないと競技は成り立たない。ここに弱虫がひそむと、スクラムはすぐに崩れて、試合は進まぬ。学校で、地域のクラブで、国の代表で、いちばん胸板が分厚く、辛抱強い者に託される。替えの利かぬという意味でも「本物の右プロップ」は、あらゆるチームの最優先のリクルート対象だ。

しんどいポジション。トライなんてめったにできない。カリフラワー状の耳たぶ、イノシシの首、「XXXⅩL」のジャージィとパンツ、サイン帳を携える女性ファンはけっこう素通りする。

さあジャパン。ワールドカップの代表は計31人。右プロップ枠は2、ひょっとしたら3か。韓国から大分の公立中学へ留学、以来、日本でキャリアを積んだ24歳、具智元は体重122㎏、もはや世界も注目の大器である。この若者を軸に、トンガ系のヴァルアサエリ愛、スクラム対応力に定評の浅原拓真がからむ。さらに、いま、一時は、いまは盛りにあらずと評されたベテランが席を狙う。

山下裕史には、ユニークで誇るべき経験がある。2016年6月14日。ハミルトン。チーフスの一員でウェールズ代表と対戦した。40対7の勝利。キックオフ前、あのハカを踊った。闘争の儀式。胸のうちに大阪は北河内なまりの誓いが響いたはずだ。

※この記事は週刊現代2019年4月27日・5月4日合併号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

週刊現代の最新情報はコチラ

  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

Photo Gallary1

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事