悲しみを知るからこそ公正でいられる…名レフェリーの「条件」 | FRIDAYデジタル

悲しみを知るからこそ公正でいられる…名レフェリーの「条件」

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

自死を試みた苦しみ

1996年の4月。英国のウェールズ。かつての炭鉱地帯の山のどこか。みずから命を絶つのだと心に決めた男がいた。過食による肥満。筋肉増強剤の過剰摂取。そして、もうひとつの苦しみ。大量の鎮静剤を口に流し入れた。効かなければ持参の銃の引き金に指をかけるつもりだった。警察のヘリコプターが発見。30分遅れなら死んでいた。

23年後の同じ月。ナイジェル・オーウェンズは、ラグビー界でもっとも有名なレフェリーとなった。いま人々は耳を傾ける。絶望の底にあえぎ自死を試みたからこそ、その声を聴きたい。言葉を知りたいのだと。

先の4月10日。オーストラリア代表ワラビーズ代表の格別な才能、イズラエル・フォラウがインスタグラムにこう投稿した。

「酔っ払い、ホモセクシャルズ、姦通者、うそつき、婚約前に性交する者、盗人、無神論者。偶像崇拝者―には地獄が待っている。もし悔い改めなければ」

同性愛者への差別。国際的な批判はまさに渦と化した。昨年もフォラウはSNSに同様の投稿をしていた。しかし「共生」を方針に掲げるオーストラリア協会(RA)は「表現の自由」との兼ね合い、なによりフォラウの際立つ実力と人気に弱腰となり、本人の謝罪も撤回もないまま巨額の新契約を結んだ。

問題が先送りされただけだった。

今回はRAも厳しく対応、レイリーン・キャッスルCEOは「解雇」の方針を公言している。フォラウは法的権利を行使、弁護士を雇い、地位を守るために争う姿勢だ。

そこでナイジェル・オーウェンズに出番はめぐる。英国のラジオ局『トーク・スポーツ』がインタビュー、以下のごとく語った。

「人生において、いくつか、みずからが選び取れることがある。セクシュアリティーはそこには含まれません」

47歳。2015年のワールドカップ決勝の審判を担った。語尾の詰まったウェールズなまりの英語にユーモアを漂わせ、大男の激突を飄々とさばく。プロフェッショナルのレフェリーでありつつウェールズ語のテレビ番組の人気出演者である。クイズの司会もこなし、スタジオでレッドカードを突き出したりする。MBE(大英帝国五等勲爵士)を授与されている。

この名レフェリーにして名物レフェリーは’07年、自身で「ゲイ」であると明らかにした。ずっと隠してきた。24歳で冒頭の行為におよぶ。背景を自伝にこう述べている。

「みずからゲイでありたいと望んだわけではなかった。何年もそうではないのだと努めようとした。私に残された唯一の行動、それは周囲が気づく前に人生を終わらせることだと感じた」(『Half Time』)

カミングアウトを経て

ウェールズ南西のマネス・キャリッグという村に生まれた。土地の言葉で「石の山」。英語よりもウェールズ語を日常に用いる昔ながらのコミュニティーに暮らした。

「もちろん男の子としてウェールズ代表のラグビーをテレビ観戦するのは大好きだった」(同)。残念ながら才能は乏しかった。

日本の学制にすると高校1年のころ、とある試合でフルバックを務めた。キャプテンが親友なので起用してもらえたのだ。終盤、トライを返して12対12。ポスト正面のゴールキックが決まれば勝ち越しである。ナイジェル少年はさわやかにキッカーを志願する。これでシーズン初勝利のヒーローは僕だ。蹴った。楕円の球はふらふら、あろうことかコーナーフラッグの方向へ飛んだ。

それから2週間、キャプテンは口を利いてくれなかった。それでも本人は振り返る。

「もし、もっと上手な選手であったなら、いまの私はここにいなかった」(同)

学校の先生は選手よりもレフェリーの道を勧めた。ウェールズ協会の養成プログラムに参加、16歳でローカルの試合の笛を吹いた。ボールを蹴るよりも、はるかに適性はあった。2000年のシーズン、ヨーロッパのファーストクラスの試合を初めて担当、翌年の10月にプロへ。いまに至る順調な出世だ。ただし胸の内の影は消えなかった。

前掲書にこうある。「17歳か18歳のころから、ほかの男子とはどこか違うのだとわかった」。ガールフレンドを嫌いではない。むしろ愛している。なのにハッピーな気分にならない。「そんな奇妙な感覚を自分ではコントロールできなかった」。

ひとつの家族のような故郷の村に「違い」の場所はありそうにない。謹直な父、優しい母を悲しませたくなかった。

35歳。とうとう決断、オープンにした。

「偽りは人格に影響を与える」。もう肩の荷を下ろそう。おそれていた事態は起きなかった。公表後、選手や審判はもちろん、観客からも「同性愛をめぐる罵倒はいっぺんもない」(ガーディアン紙)。ラグビーのサークルは公正だった。

だからイズラエル・フォラウの投稿を声荒らげずにたしなめる。

「だれにも自分の意見を持つ権利はある。ただし、その表明が多くの人間を傷つけかねないことを理解しなくてはならない」

威張るやつ。脅える者。ラグビーのレフェリーになってほしくない。でも悲しみを知る人には向いている。

※この記事は週刊現代2019年5月11日・18日合併号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

週刊現代の最新情報はコチラ

  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事