<p><span class="strongInContent">『居酒屋ふじ』『国士舘物語』の著者として知られる作家・栗山圭介が、長年こよなく愛するのが「朝ドラ」だ。毎朝必ず、BSプレミアム・総合テレビを2連続で視聴するほどの大ファンが、物語を熱く振り返る。今回は4月よりスタートした『なつぞら』第4~5週から。</span></p>
<figure id="attachment_46276" aria-describedby="caption-attachment-46276" style="width: 2544px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a109a7c7"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2019/05/5a55c054566429e23d70fd6e1619d8e0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-46276" class="wp-caption-text">NHK連続テレビ小説『なつぞら』公式サイトより</figcaption></figure>
<h2>絶妙なタイミングでの東京編</h2>
<p>十勝から東京へ。舞台を東京に移したことで物語は変速した。とかく田舎娘の上京物語となれば、前半戦ではどっぷり田舎暮らしが描かれ緩やかな速度で展開していく。やがて夢を抱いた主人公が上京すると一気に展開が加速し、その落差に視聴者は振り回される。過去にも田舎編から東京編へ移行した頃、“なんか田舎編の方が良かったな”と感じることがあったが、それはシナリオの良し悪しとは無関係に、展開の速度変化に順応できなかったからでもあった。となれば先週の東京編は、物語を絶妙のタイミングで掻き回して緩急をつけた。それは今後急加速するであろう東京編への免疫となり、我々は豪速球からスローカーブまで見極める選球眼を鍛えたことになる。</p>
<p>ある日、幼なじみの信哉（工藤阿須加）がなつを訪ねると家族全員が集合した。柴田農園で働く戸村悠吉（小林隆）が、「なっちゃんを東京から連れ戻しに来たんじゃねぇかって夕見子ちゃんが言うもんで」と口火を切ると、菊介（音尾琢真）が「今さら連れて行くなんて言わんでほしいんだわ」と泣きを言い、明美（平尾菜々花）は「ねえちゃんどこにも行かんで！」となつにすがった。それを聞いた信哉が「なっちゃんがこんなにもみなさんから大事にされていて本当に良かったです」と笑顔で胸を撫で下ろす。</p>
<p>直後に、なつ（広瀬すず）と富士子（松嶋菜々子）がなつの兄、咲太郎（岡田将生）を探しに東京へ行くと、柴田家はぽっかりと穴が空いたようになる。なつと富士子が十勝を経った夜、食卓での剛男（藤木直人）と泰樹（草刈正雄）の会話がそれを如実に物語っていた。</p>
<blockquote><p>「しかしこんなさみしい食事ははじめてだな」<br>
ふとこぼした剛男に、泰樹が返す。<br>
「お前が戦争に行ってる間ももっと賑やかだったな」</p></blockquote>
<p>必死で笑いを堪える夕見子（福地桃子）と明美、そして照男（清原翔）。いつもとちがう食卓に、なつがかけがえのない家族であることを誰もが思い知る。家族それぞれがなつとの距離を再確認した瞬間でもあった。</p>
<p>夕見子はそれまでそっちのけだった家事を手伝い、明美は茶碗を拭きながら上の空。剛男は仕事が手につかず、泰樹にはなつが十勝を離れてしまうのではないかという不安がよぎった。誰もなつから、兄と東京を奪うことはできない。誰もが宿命へのジレンマを感じなら、なつへの複雑な想いを重ねていく。それぞれのマイペースが狂いはじめ、十勝編のスピードはピッチを速めた。</p>
<figure id="attachment_46279" aria-describedby="caption-attachment-46279" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1003a082"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2019/05/438b6a7444859572bd0b031ec971faf8.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-46279" class="wp-caption-text">photo by アフロ</figcaption></figure>
<h2>「なつロス」に揺れる泰樹</h2>
<p>物語の魅力は、登場人物同士の距離感の変化にもある。夕見子にとってなつは格下のはずだった。しかし、いつしかひたむきななつの生き方に憧れ、尊敬と嫉妬を抱きはじめる。家事を手伝ったのは芽生えはじめたライバル心の表れだ。</p>
<p>かつて夕見子にぞっこんだったなつの親友・雪次郎（山田裕貴）に会いに帯広まで行ってみやげを持ち帰ると、「あんな女の子らしい夕見子ちゃんははじめてだ」と悠吉を驚かせた。大学受験をめぐり富士子に言った言葉は、同い歳のなつへのライバル心を剥き出しにしたものだった。</p>
<blockquote><p>「私は努力してこの街を出たいの。土地に縛るのはなつだけにしてよ」</p></blockquote>
<p>縮まったり離れたりする距離感の中で見つけたなつへ嫉妬心を、誰にも気づかれないうちに消してしまいたい。夕見子の小さな嫉妬が今後もなつとの距離を微妙に変化させていくのだろう。</p>
<p>富士子は東京への旅で、なつとの新たな距離を確信したことだろう。なつに咲太郎を探しに東京へ行こうと切り出した裏側には、今一度、他人としての距離をもつことが必要だと悟ったからではないか。それはそれ、これはこれ。「それ」は他人を意味し、「これ」は家族を意味する。避けては通れないなつの人生の証明のために、富士子は「それとこれ」をひとつにした。なつと咲太郎との再会に覚悟を決めたことで、富士子はなつと、母娘を越えた絆をもった。</p>
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<p>泰樹は、なつを想うあまりに距離感を見失いわがままになっていく。孫であり、弟子であり、働く仲間であり、酪農のよき理解者であり、後継者候補であり、他人でもあるなつは、泰樹の人生の中枢に存在する。つまりどうしようもなく可愛すぎて誰にも渡したくない宝物なのだ。泰樹のなつへの想いは照男への言葉の中で暴走する。</p>
<blockquote><p>「お前、なつと結婚しろ。結婚するんだ。そしたらなつは正真正銘、柴田家の家族になる。一生、この家に居ることになるんだ」</p></blockquote>
<p>その言葉に、照男もまたはっとする。打ち消そうとしていたもやもやの中に、何かを見たのだ。泰樹の言葉は、なつをさらおうとする未来への嫉妬でもあった。</p>
<p>十勝編に東京を挟み、スピード感と緊張感に変化をつける展開。登場人物たちとなつとの距離、深まる想い。先行きの鍵を握る咲太郎の過去と現在、彼にまつわる人々、突然目の前に現れたアニメーターの世界……。</p>
<p>紺碧の空に突然雨雲がかかり稲妻が光るように、なつの空は急変する。気まぐれな初夏の日に涙暮れても、空は希望の明日へと続く。なつよ、空に続けよ。我々視聴者は毎朝15分、茶の間で続けます。</p>
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<p style="text-align: center;"><a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/43309">＜「なつぞら編②」</a>　<a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/48409">「なつぞら編④」＞</a></p>
<p style="text-align: center;">朝ドラに恋して「まんぷく編」　第1回は<a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/20224">コチラ</a>から</p>
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1962年、岐阜県関市生まれ。国士舘大学体育学部卒。広告制作、イベントプロデュース、フリーマガジン発行などをしながら、2015年に、第1作目となる『居酒屋ふじ』を書き上げた。同作は2017年7月テレビドラマ化。2作目の『国士舘物語』、3作目の『フリーランスぶるーす』も好評発売中

栗山圭介

『居酒屋ふじ』の著者として知られる作家・栗山圭介が、こよなく愛する「朝ドラ」を熱く振り返る。今回は『なつぞら』第4~5週から。物語序盤の上京で急展開の予感！？

朝ドラでは珍しい物語序盤での「上京」で加速し始めた『なつぞら』

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