「ぼっち」でも寂しくない 芸人ヒロシ流『ひとりキャンプ』術
登録者37万人を誇るキャンプ動画制作のヒロシが勧める「オトナのヒマ潰し」
「僕も初めは大勢でキャンプに行っていました。でもそうすると、料理をするにしてもテントを張るにしても、すべて役割分担をしないといけませんよね。僕みたいに何度かキャンプに行ったことがあると、それだけで『できるんでしょう?』と思われて、面倒な仕事を押し付けられてしまうんです。腹が立ったのは、あるとき複数人で行ったキャンプで初対面のメンバーが、『あれ、焼きそばないんすか?』と言ってきたことです。他人任せにするなよと思い、そのとき、もう一人でキャンプに行こうと決めました」
そう語るのは、’00年代に「ヒロシです」のネタで大ブレイクをはたした、芸人のヒロシ(47)だ。
’90年代に四駆自動車の普及に伴い「第一次キャンプブーム」が訪れてから約20年。いま、一人で楽しむキャンプが流行している。
ヒロシも6~7年前からひとりキャンプを始め、多いときは月に5~6回、キャンプ場に出かけるという。’15年には自身のYouTubeチャンネル「ヒロシちゃんねる」を開設し、火おこしや料理、ハンモック泊などの動画をアップしている。チャンネル登録者数は年々増え続け、現在は37万人を超える。
「一人で行くキャンプの魅力は、『とにかく自由であること』。みんなで行くと、カレーやらバーベキューやら、色々準備しないといけないじゃないですか。大量に作る割には結局残して全部捨てるし。でも一人で行けば、肉を焼くだけの手抜き料理でも誰にも怒られない。僕は夕食にカップラーメンを食べることもあります。他人から文句を言われないおかげで、日頃溜まっているストレスも解消されて肩こりも治ってしまうんですよ」
ヒロシと同様、一人で自然と戯れることに魅力を感じている人は多いようだ。
「30年ほどキャンプ場を経営していますが、ここ2~3年で急激に一人のお客様が増えました。特に平日はその傾向が顕著ですね。平日というと、以前はお客様が一人も来ないという日もよくありましたが、今はお一人のお客様を一日1~2件は見かけます。20代後半~40代前半の女性、20代中頃~50代の男性など、性別や年齢層もさまざまです」(白岩渓流園キャンプ場オーナー・新井貞市氏)
忙しい人も手軽にリフレッシュ
ひとりキャンプの醍醐味は、「あえて不便さを楽しむ」ことだと言う。ヒロシが続ける。
「焚き火をおこすときライターで火を付けてもいいんですが、僕は面倒でも火打ち石を使って、火花から少しずつ火を大きくしていくことに喜びを覚えます。簡単にできることにわざと手間をかけることが重要。便利なのが好きならキャンプに行かず家にいれば良いんですから。反対に複数人で行くと、急かされて集中させてもらえないことが多いですよね」
忙しい人の息抜きとしてもひとりキャンプは最適だ。ヒロシ自身も、「仕事で理不尽なことがあったとしても、キャンプ道具を選んでいるときは少年の心に戻れる。焚き火を見つめていると気持ちがデトックスされ、次の日も頑張ろうと思える」と話すが、それには科学的な根拠も存在する。
「”ボーッとすることは脳に良い”という事実が近年、学術的に証明されるようになっています。キャンプで頭を空っぽにしながら火や星空を眺めることは、脳の疲労回復につながり、仕事のパフォーマンスも向上すると考えられます。ひとりキャンプは単なる遊びというだけでなく、個人の健康にとってもプラスの影響を及ぼしてくれるでしょう」(明星大学経営学部准教授・兒玉公一郎氏)
オトナのヒマ潰しとしても、リフレッシュの方法としても最適なひとりキャンプ。以下からは、おすすめのグッズや個性的な楽しみ方をヒロシが一から指南する。


ヒロシのひとりキャンプに同行
待ち合わせ場所に車で現れたヒロシが取り出したのは、中サイズのザック一つとクーラーボックスだけ。ひとりキャンプとはいえ、かなりの軽装備だった。
「荷物を一つにまとめるのがヒロシ流です。試行錯誤した結果、無駄を削ぎ落とすスタイルに辿り着きました。キャンプ用品を大量に買い込んでも、荷物が多いと結局面倒くさくなって、キャンプ場から足が遠のいてしまいますから。ザック一つだと、電車でも気軽に行ける。キャンプ場を選ぶときは、人が少ない場所を選ぶようにしています。そうすれば、誰とも顔を合わせずに済みますから」
この日、ヒロシが向かったのは滝沢園キャンプ場(神奈川県秦野市)だ。目的地に着いた彼が取りかかったのは、居住区の設営だった。
まず彼が取り出したのはハンモック。慣れた手付きで、3分足らずで設置を完了させた。数年前に初めて使用した際、設置の容易さに感動し、以来、ほぼ毎回ハンモックで寝ているという。
「テントよりコンパクトで、設置時間が短い。これがすべて。夜は星空を見ながら眠りにつき、朝は鳥のさえずりと、朝日で目が覚める。これがまた良い」
続いて、ヒロシは焚き火をするために地面に落ちている枝を集め始めた。大量の枝を両手に抱えてハンモックのある場所に戻ると、ザックから焚き火台と火吹き棒、白樺の皮を取り出す。
白樺の皮に火を付け、小さな枝から順に投入していくと、火がおこり始めた。「ススキの穂が燃えやすいんです」などと豆知識を披露しているうちに焚き火が燃え盛り、いよいよ食事の準備に取りかかる。この日のメニューは飯ごうで炊いたごはんと、殻付きそら豆、国産黒毛和牛のステーキという、まさに男メシ。ごはんの完成度を尋ねると、「見た目はキレイですが、芯が残っていて底が少し焦げているので60点です」とのことだった。
夕方6時――食事を終えると、日が暮れかけていた。
「情緒を楽しむために持ってきている」というランタンに火を灯し、ブラックコーヒーをすする。
「夜が更けるほど、空がだんだん藍色に染まってくる。これが美しい」と呟きながらハンモックに揺られたかと思うと、タブレットで動画を視聴し始めた。
「大自然の中でゾンビドラマ『ウォーキング・デッド』を観ることにハマっています。土の匂いや獣の足音を感じながら、”ゾンビが襲いかかって来るかもしれない”というリアリティを味わうんです」
ゴールデンウィークは、ひとりキャンプにとってベストシーズンだそうだ。
「自分なりの気軽な装備で、迷うより先にまずは行ってみてほしいです!」
ひとりキャンプは日々の生活に疲れた人々にとって、心のオアシスになるかもしれない。







ネットを使えば寂しくない
一人で出かけたり趣味を楽しんだりすることは、これまで「ぼっち」と呼ばれるなどマイナスのイメージがあった。しかし、数年前から「一人焼き肉」や「一人カラオケ」が定着し始めたことで、そのイメージが払拭されつつある。
とはいえ、やはり一人でキャンプに行くのは寂しいと思う人もいるだろう。そんな人におすすめなのが、帰ってきた後にSNSなどに写真や動画を上げ、思い出を共有することだ。
ヒロシも自身のYouTubeでキャンプの様子を公開している。アップされた動画の一つ、『みんな忙しいのでまたソロキャンプ』は、視聴回数が188万回を超えるほどの人気だ。
コメント欄には、「ヒロシさんの動画を見て私も数日前に人生初のひとりキャンプをやってきました」「動画を参考にキャンプグッズを買い揃えています」といったメッセージが寄せられている。
ひとりキャンプの動画をアップする楽しさについて、ヒロシはこう語る。
「配信した動画を観て色々な人が反応してくれたり、『自分もキャンプに挑戦しました』と報告してくれたりすることが嬉しいです。そんなときは、動画を上げて良かったなと思えます」
ひとりで好きなときに好きな場所に行き、自由なスタイルでキャンプをする――。キャンプのあり方は、新たなものに変わりつつあるのだ。









『FRIDAY』2019年5月10・17日号より
写真:結束武郎