「数学科」ならではの試合コントロール 早大のSO岸岡智樹の実力

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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オール5で都の西北へ

とっくに知っている。上手なことは。では、どこがどう上手なのか。

5月19日。東京・上井草の早稲田大学グラウンド。赤黒ジャージィの背番号10の4年生を見た。本拠で流通経済大学との春の公式戦に臨んだ。

岸岡智樹。教育学部。そこまでは珍しくない。ただし、その下の「数学科」はラグビー部員にはまれだ。

学生最高級のスタンドオフは東海大学付属仰星高校時代に日本一を経験、当然、各大学のリクルートの対象であった。あのころ噂が流れた。「ラグビーでなく数学ありきで進路を選ぶらしい」。嘘ではなかった。自己推薦で都の西北の数学科に挑んだ。ラグビー部の関係者には「落ちるかもしれない。期待するな」なんて釘を刺される。サクラサク。高校の特進コースでオール5と報じられた評定もきっと効いた。

実は「オール5」を疑っていた。そいつは許される範囲の誇張であり、たとえば「4・8」くらいではあるまいか。流通経済に51対24と大勝後、無礼にも本人に確かめてみる。本当にオール5? 「はい」。蝶が手の甲にとまるような口調だった。

いけない。ラグビーのページなのに勉強の話がふくらんだ。でも岸岡智樹の評判の試合コントロールには数学の気配があった。

抜けるところへせっかちには向かわない。公式をたどるみたいに手順を施す。隣の仲間にさりげなくパスを渡す。もういっぺん。さらにまた。あらかじめ知っている道における妨害の要素をあらかた整理、そうしておいて大きなゲインを確実に狙う。

パスならパス、ひとつプレーを終えて、次の位置取りのため駆けるコースも独特で、あえて深く帰ったり、斜めに戻ったりしながら敵の布陣を観察している。

あれ、情報を取るため?

「僕の走るコースは限られているというのか、到達点は決まっているので、それに向けて最短を走るのでなく、若干、大回りをしたり、ふくらんでみると、全体が開けて見えることがあるんです。首を振らずに情報が取れる。(仲間の)声の情報も必要なのですが、それだけではなく視界が大事。百聞は一見に如かず、ではないですけど、自分の目で見ることを意識しています」

ランは鋭い。俊足だ。ただトップスピードに達するのはまれである。ほとんどの時間を優雅に柔らかく緩く走る。ムキにならず、さりとて立ち止まりもしない。中庸のリズムで移動を続ける。

「最短距離を走ると(パスを受けるまで)待つことになる。待って、そこで首を振りながら情報を取るともったいない。7割、8割の力で動き続けることを意識しています」

では、軟弱な貴族か?

最後のくだり、一般に日本の選手の不得手な領域である。全力ではなく、なおゼロにもならず、視野に余裕を残しつつ、ゲームを読みながら、ここというところの突破に備えるのは、総じてヨーロッパ系、いわゆる白人が得意だ。

早稲田の司令塔は異質である。肉弾戦という灼熱のただ中にあって、エアコンをしつらえた部屋で地図を俯瞰する。古典的な言い回しなら「ひとりだけ試合の終わりまでパンツが白い」男だ。整えられた髪型は雨にも嵐にも乱れない。

では軟弱な貴族か。これが違う。たまにタックルを仕掛けるとなかなかハードなのである。話を聞こうと隣に立てば、ジャージィを脱いだ上体を筋肉の鎧が幾重にも覆い、印象は裏切られた。腰回りだって太い。

昨年度は、対抗戦では慶應、明治両大学を破るなど復活の機運をつかむも、全国選手権準決勝で明治との再戦に4点差で敗れた。勝ち切るにはどこが足りなかった?

「ああいう接戦ではディフェンスがやはり問われます。最後の試合は、明治の守りのしつこさに負けました」

優勝するためには。

「前へ出て失点を減らせるか。展開力はあるので、さらにアタックを洗練させ、整備できるか。(一軍の)Aチームだけでなく全員の力で勝利するのが早稲田、そのスタイルというか文化を継承できるか」

卒業後は「一般企業に就職」ともささやかれる。真相は? 「ラグビーを続けるつもりです。日本のチームの10番を日本の選手が務めることに僕としては価値があると思っているので、そのために一風変わった(プレーの)道を行こうと常に意識はしています」

生きた教科書、かつて世界一の10番、神戸製鋼のダン・カーターを語ってください。

「僕なりの感想ですが、相当な信頼を周囲から得ているなと」。ココロは。「あんなに浅い位置に立ちながら(仲間の)フォワードが(カーターの横に)走り込んでくる。走り込む側にすると相手との間合いが詰まっていると嫌なものなのです。なのに信じて走ってくる。正確なパスを信頼している」

ちなみに卒業論文のテーマは?

「まだ決めていませんが、代数学の整数論かなと」。ちんぷんかんぷんです。「証明の変なのと思ってください」。

机上。そして芝の上。青春の証明の時間はいまこのときも流れる。

※この記事は週刊現代2019年6月8日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。
週刊現代の最新情報はコチラ

  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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