桂歌丸師匠は「落語の神様」になった

最後まで現役を貫き自らの病気もネタにする壮絶晩年

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昨年1月、病を押して高座に上がった師匠。古典落語「つる」を25分間にわたり披露した

「関西で活動していた私が’11年に上京した時、末廣亭(東京都新宿区)で歌丸師匠にバッタリ会ったんです。私が『本格的に東京でやることになりました』と挨拶すると、師匠はニコニコしながらこう言いました。『いいねぇ。大いに暴れてよ。雀々(じゃくじゃく)さんのような勢いのある人が活躍すると、東京の人間にも刺激になるからさ』と。独特の言い回しで励まされ、大感激したのを今でも鮮明に覚えています」

落語家の桂雀々は、こう振り返る。

7月2日、67年間にわたり高座に上がり続けた桂歌丸師匠が、慢性閉塞性肺疾患のため亡くなった。享年81。温厚な物腰とは違い晩年の生き様は壮絶だった。

「’06年に脊柱管狭窄(せきちゅうかんきょうさく)症のため手術を受けてからは、入退院の繰り返しでした。落語家仲間から『病気のデパート』とあだ名をつけられ、受けた手術は8回を数えます。それでも師匠は『噺家(はなしか)は高座で死ぬのが本懐』と、病を押して舞台に出続けたんです」(落語芸術協会関係者)

上の写真は、その執念を表すような師匠の姿だ。’17年1月に肺炎の診断を受けた師匠は、横浜市内の病院に入院。退院したわずか3日後に、神奈川県平塚市で行われた「新春落語会」に出演したのである。高座の後ろに酸素吸入器を置き、35kgまで体重の落ちた師匠は、こう言って観客を笑わせた。

「今度の入院で反省しました。病院で冗談を言うものではないと。看護師さんが寝ている私に言うんです。『何かお困りのことはありますか』って。それで『カネに困っています』と答えたら、その人が腹ぁ抱えて笑うんです。笑いながら採血の針を刺すんだから痛ぇのなんのって」

師匠は初回から50年間出演し続けた、日本テレビの娯楽番組『笑点』の顔でもあった。’06年からは10年間司会を担当。司会を受け継いだ春風亭昇太が語る。

「司会を引き継ぐ時、ボクのプレッシャーを気遣って『気楽にやってくださいね』と言ってくださいました。もっと休んでゆっくり仕事をしてもらいたかった。ただ高座に上がり続けたのはお見事。落語家として立派な人生だったと思います」

師匠は成仏したのだろうか。それはちょっとムリと言われているらしい。なぜなら「落語の神さま」になったのだから。お〜い、座布団1枚持ってって!

車イスに乗り、スタッフの先導でエレベーターで移動。ファンの声かけにも頭を下げ丁寧に対応していた

撮影:等々力純生(下写真)

 

Photo Gallary2

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