元巨人・上原浩治が恩師に明かした「引退後の野望」

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引退会見後、巨人の球団職員から花束を贈呈された。新人時代からつけていた背番号19は、浪人した19歳の1年間を忘れないという思いから選んだ

「会見前日の昼過ぎに、上原から『引退します』と電話がありました。『シーズン中に辞めて大丈夫なんか?』と聞くと、『もう決めたことですから』とサッパリした様子でした」

こう語るのは、大阪体育大学野球部監督の中野和彦氏だ。5月20日に引退を発表した、上原浩治(44)の恩師である。

日米通算21年間で134勝、128セーブ、104ホールドという日本人初の「トリプル100」を達成した上原は、学生時代から独自の考えでトレーニングを重ねてきた。

「ブルペンで投げることを、とても嫌っていました。『打者がいないところで投げても意味がない。バッピ(バッティングピッチャーの略)をやらせてください』と。打者に向かってはインコース、アウトコースと投げ分け、一球一球考えながら100球から150球も投げるんです。コントロールをつけることを、常に意識していたようですね。栄養学もよく勉強していた。試合に勝つと他の選手はよく焼き肉を食べに行っていましたが、上原は『今週まだ試合があるので栄養学的に良くない』と断っていました」(中野氏)

会見で「(引退後のことは)何も考えていない」と語った上原だが、恩師に明かしていた野望があるという。

「『自分が育てた子がプロに入るのを見てみたい』と。上原は大学入学前に浪人生活を経験するなど、決してエリートではありません。学生時代から脚光を浴びるスター選手ではなく、自分のような無名選手を指導したいのでしょう。だからボクは『特任教授でもなんでもいいから母校に戻ってこい。席を空けて待っているぞ』と言っているんですよ」(同前)

地元・大阪体育大学の野球部指導者として、「第二の上原」をプロに送り出す日が来るかもしれない。

『FRIDAY』2019年6月7日号より

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