井上尚弥 ロドリゲスのノックアウトシーン「衝撃の256秒」
たとえるなら「居合斬り」だろうか。
井上尚弥(26)は戦前、本誌に「1ラウンドは相手の拳(こぶし)が届く距離と自分のパンチが届く距離を見極めるラウンド」だと説明した。互いに無敗、初めての同年代。「これまで戦った中で間違いなく最強」と警戒したIBFバンタム級世界王者、エマヌエル・ロドリゲス(26)との一戦は意外にもスピード決着となった。
2ラウンド開始早々、井上は鋭いワンツーでロドリゲスをのけぞらすと、間髪入れずに死角から左フックを入れてダウンを奪う。その後、なんとか立ち上がったロドリゲスからボディ攻撃で2度のダウンを奪い、TKO勝ち。戦前のプラン通り、1ラウンドで敵を見極め、わずか259秒でWBSS準決勝を制したのだった。
ここ1年で、3人の世界王者をKO。要した時間はたったの4ラウンドだ。KO率の高さもさることながら、世界を驚かせているのは、倒すまでにかかる時間の短さ。アマチュア時代から井上を知る、ロンドン五輪の金メダリストで前WBAミドル級世界王者の村田諒太(33)は「人並外れた当て勘とパワー」に舌を巻く。
「2ラウンドで相手がパンチを打つタイミングも見切っていますね。それで2ラウンドに入って、少し重心を落とした。自分から仕掛けるためです。井上選手はヒザの使い方が非常にうまく、下半身から上半身、腕から拳へと筋肉を連動させ、身体全体で生み出したパワーをパンチに乗せることができる。これはもう才能というほかない、彼しかできない打ち方です。ロドリゲスのパンチは見切っているし、一発の破壊力が全然違うから、相打ち気味に打っても井上選手は怖くない」
相手が打ってくるタイミングも、射程距離もわかっているから、ギリギリのところに踏み込んで、カウンターで当てることができる。そもそも人並外れたパンチ力なのに、カウンターで入るから破壊力は何倍にも何十倍にもなるのだ。
「世界トップクラスの戦いになると、見えるパンチって(打たれても)ガマンできるんですよ。来るとわかっていれば、どれだけパワーがあっても倒れずにいられる。逆に言えば見えないところからパンチを打ち込めば、相手の脳を揺らしてダウンを奪える。それには”距離の取り合い”を制すことが大事なんです」
そう語る井上。ロドリゲス戦の後の彼の顔には傷一つなかった。全身全霊で繰り出す、迷いなき拳が伝説を創りだす。

『FRIDAY』2019年6月7日号より
写真:山口裕朗/アフロ(1枚目写真)撮影:鬼怒川毅