世界的TKGブームの陰で、日本の卵に海外からクレームが来た理由 | FRIDAYデジタル

世界的TKGブームの陰で、日本の卵に海外からクレームが来た理由

世界中で話題の “アニマル・ウェルフェア“とは? 

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卵を生で食べる習慣があるだけに、卵に厳しい衛生管理を課している日本。安全性では、日本の卵は世界一を誇るが、一方で、養鶏の飼育環境においては、世界から大きく遅れているとの指摘が。そこで日本の畜産が抱える問題点を専門家に聞き、目に見えない食の安心・安全を考えた。本当の意味で安心な卵とは?「TKG(卵かけご飯)、大好き!」という人は必読だ。

日本の卵に対して海外からクレームがついたというニュースが…

財務省の貿易統計によると、2018年、日本の鶏卵の輸出量が過去最高を記録した。輸出量は5887トンと、一昨年に比べて、なんと5割増。海外での日本食人気の高まりから、卵を生や半生で食べる人が増えていることが要因とされる。すき焼きや卵かけご飯を食べて、そのおいしさに気づく人がたくさんいるのだろう。

そもそも卵を生で食べる習慣が海外ではほとんどない。卵は加熱して食べるのが前提なので、日本より衛生基準が甘く、生で食べるとサルモネラ菌などによる食中毒のリスクが高い。そこで日本の卵の需要が増えているのだ。

「さすが日本の卵は世界一」と鼻を高くしたいところだが、一方で、来年の2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下 東京五輪)を前に、日本の卵に対して海外からクレームがついたというニュースを耳にした。

アメリカのサイクリングチームのロンドン五輪銀メダリストであるドッチィ・パウシュら9人の五輪経験者たちが、小池百合子都知事と大会組織委員会に対して、東京五輪の選手村で提供される鶏卵や豚肉の見直しを求めるように嘆願書を提出したというのだ。

彼らが問題視した点は、日本における採卵鶏や豚の飼育法だ。たとえば鶏卵についてみると、日本では鶏をケージ(檻)で拘束して飼育する方法が一般的だが、現在、EUの一部の国やアメリカの複数の州では、動物愛護の観点からケージを使っての飼育は禁止されている。また、そのようなストレスある方法で採卵鶏が飼育された場合、卵の栄養価が下がり、選手のパフォーマンスに悪影響を与える可能性があるため、改善してほしいという内容だった。

日本の卵が、世界から後れをとっている理由とは?

素晴らしいと思っていた日本の卵が、じつは世界から遅れをとっている!? 本当なのだろうか。消費者法の専門家で、食品の問題にも詳しい日本女子大学教授の細川幸一氏に話を聞いた。

「日本の卵の衛生基準が高いことは確かです。サルモネラ菌などを洗い流し、厳しく品質管理されているから生食が可能なんですね。ただ一方で、世界の流れから大きく遅れていることも否定できません。じつは現在、世界の畜産でスタンダードになっているのは、『アニマル・ウェルフェア』(動物福祉)という理念です。 

アニマル・ウェルフェアとは、動物に与える痛みやストレスを最小限に抑え、動物がその行動欲求を満たし、健康的な生活が送れるように配慮した飼育方法を目指す畜産のあり方です。身動きのとれない狭い場所で家畜を飼育することを避けたり、動物がより痛みを感じない屠殺の方法を取り入れたりすることで、動物のストレスを軽減するのです。 

このような動物福祉の考え方は、1920年代にイギリスで提唱され、ヨーロッパをはじめ、世界の畜産業に大きな影響を与えました。欧米では、今や広く知られるようになりましたが、残念なことに日本の畜産ではその基準がまだあまり浸透していない。それで海外の五輪選手たちが嘆願書を提出したのです」

アメリカ、カナダのマクドナルドは100%ケージフリー卵

採卵鶏の飼育方法をくらべてみると、その差は歴然としている。現在、日本では90%以上の養鶏場で、EU諸国では禁止されているバタリーケージが使用されている。バタリーケージとは、ワイヤーの金網の中に鶏を入れ、それを何段にも連ねて飼育する方法。日本ではお馴染みの光景だが、バタリーケージはとても狭く、止まり木もない。

本来、鶏は羽ばたきたい生き物なのに羽ばたくことができず、無理に羽を広げようとすると羽を傷つけてしまう。また、バタリーケージは足元も金網のため、安心して眠ることができない。鶏にとって、とても居心地の悪い環境なのだ。

そこでEUでは、アニマル・ウェルフェアの観点から、2012年にバタリーケージを禁止し、新しい基準を設けたエンリッジドケージを採用。鶏がよりよい環境で過ごせるように、巣箱や止まり木の設置を義務づけたほか、1羽あたりの面積、ケージの各層間の距離など、細かい最低基準を定めた。さらにこの10年は、エンリッチドケージすら時代遅れとなり、養鶏はケージフリーが主流となっている。ケージフリーとは、その名の通り、平飼いや放牧など、鶏をケージに閉じ込めずに飼育すること。

数字を見れば、それがよくわかる。ケージフリーで飼育された鶏の卵の割合をEUの国別にみると、なんとスイス、ルクセンブルグでは、100%がケージフリー卵。以下、オーストリア99%、ドイツ94%、スウェーデン91%、オランダ84%と、その割合は非常に高く、アニマル・ウェルフェアが根付いていることを示している。(『European Commission Agriculture and rural development』2017年度データより)。「バタリーケージの卵は食べたくない」と五輪選手たちが訴えるのもうなずける。

アニマル・ウェルフェアに対する取り組みは、世界的な企業にとっても重要な課題となっていて、アメリカ、カナダのマクドナルドをはじめ、世界で200 以上の企業が100%ケージフリーの卵を使用することをすでに決定している。

例えば、世界最大の食品会社ネスレは、2020年までにEUとアメリカで、2025年までに、日本・中東・アフリカ・オセアニアで、使用卵を100%ケージフリーに完全移行させると宣言。世界最大のコーヒー店チェーンでもあるスターバックス コーヒーに至っては、アメリカだけでなく、EU、日本、中国の20000店舗で、2020年までに100%ケージフリーの卵を調達することを発表。早くも来年には、世界の直営店すべてでケージフリーの卵に移行するということになる。 

まずは卵の選択肢を増やし、消費者が選べるようにするのが第一歩 

では、今後、どうしたら日本にアニマル・ウェルフェアが根付いていくのだろうか。細川先生は、「まずは変わらなければならないのは、『安ければいい』という消費者の意識」だと言う。

「消費者が安さを求める限り、養鶏業者もそれを追及せざるをえなくなります。卵の値段を下げるには過密飼育しかなく、アニマル・ウェルフェアどころではありません。しかしその結果、日本では卵の値段が下がり過ぎて、養鶏業者自身も悲鳴をあげています。 

ヨーロッパでは、1980年代から『エシカル消費』(倫理的消費)ということが盛んに言われるようになりました。エシカル消費とは、人や社会、環境、動物に配慮して作られたものを購入することです。児童労働や労働搾取を助長したり、環境破壊を招く物は買わないことで、さまざまな問題を消費者として解決していくことが可能です。欧米ではこのような社会規範が浸透しているから、卵の値段が少し高くなっても、その価値があると消費者は考えます。 

もちろん急に卵の値段が上がって、買えない人が出るのも問題ですから、ケージフリーの卵か、そうでない卵かを消費者が選べるようにすればいい。まずは選択肢を増やすということが大事だと思います。 

アニマル・ウェルフェアの話をすると、『貧困や病気でたいへんな人がいるのに、動物の健康を考えている場合じゃない、まずは人間を救うことだろう』という反論があります。でも、考えてみてください。劣悪な飼育環境は、働く人間にとっても快適な労働環境とはいえないはずです。また、不健康な動物の肉や卵が人間にとって安全安心なものにはなり得ないでしょう。 

つまりアニマル・ウェルフェアとは、動物福祉の問題であると同時に、消費者の安全、畜産従事者の労働環境を整えることでもあるのです。 

オリンピックは運動の祭典であると同時に、環境や社会のことに配慮する知恵の祭典でもあります。人類とともに生き、感情もある家畜動物を東京五輪がどのように扱うかについても、世界の注目が集まっています」 

 

聞けば聞くほど、奥の深い卵の話。卵かけご飯を食べる時に、世界標準になりつつあるこの“アニマル・ウェルフェア”という考え方を少し意識してみるのもいいかもしれない。

細川 幸一 日本女子大学教授。独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、アメリカ・ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、現職。一橋大学法学博士。内閣府消費者委員会委員、東京都消費生活対策審議会委員などを歴任。立教大学、お茶の水女子大学で兼任講師。消費者法や消費者教育、企業の社会的責任(CSR)、エシカル消費などを研究。著書に『大学生が知っておきたい消費生活と法律』、『大学生が知っておきたい生活のなかの法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)など。

  • 取材・文佐藤なつ写真アフロ協力認定NPO法人アニマルライツセンター

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