「極悪女王」ダンプ松本 第2次ブームの壮絶秘話を明かした!

可愛いコがヤラれ血だらけになるとワクワク 「美女レスラーを今後もイジメぬきたい」

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’60年11月、埼玉県生まれ。’80年にデビューし、ブル中野と「極悪同盟」を結成。クラッシュ・ギャルズとの攻防で女子プロレス界を盛り上げた

「当時は同じメンバーで年間300試合もこなしていましたが、シゴキがヒドかった。地方巡業中にバスがガソリンスタンドに寄ると、人生ゲームで使うオモチャのお札を渡され、先輩が『饅頭買ってきな』と言うんです。当然ガソリンスタンドに饅頭など売っていませんが、先輩の言葉は絶対。渋々、店内に買いに行くと突然バスの扉が閉まり発車します。慌てて追いかけ2㎞ほど全速力で走ると、ようやく乗せてもらい『今日のウォーミングアップは終わり』と言われるんです」

こう振り返るのは、’80年代第2次ブームを支えた”極悪女王”ダンプ松本(57)だ。当時はヒール(悪役)とベビーフェイス(正義役)がハッキリしていた。

「ベビーフェイスとヒールは別々のバスに乗り会場入りするんですが、極悪レスラーの乗っていた車にはお客さんから石が投げられるんです。降りてからも控え室までの通路で『バカヤロー!』と罵声を浴びせられながら、石を投げつけられる。ムカつきますよ。よく実況の人が『ダンプは今日も試合前から機嫌悪そうですね』なんて言っていましたが、そんな状況では当たり前でしょう。場外乱闘になった時には、衣装の背中にカップ麺を入れられたこともあります。あれは熱かったなぁ。ヌルヌルして気持ち悪いし。犯人をとっつかまえて、頭を引っぱたきました。当時は、やられたら相手が観客だろうとやり返す時代だったんです」

ベビーフェイスとの試合は、必ずガチンコだったという。

「(所属する)全日本女子プロレスの社長が、試合前に『長与(千種)がオマエらの悪口を言っていたぞ』と吹き込むんです。私たちも若かったから、『なんだと!』と熱くなる。引退して分かったんですが、ベビーフェイス側も社長から『ダンプがオマエらをバカにしていたぞ』と言われていたそうです。ベビーフェイスとヒールは、移動の車も控え室もホテルのフロアーも別々。顔を合わせる機会がなかったので、本気で受けとめていました」

ダンプは’03年に現役復帰し、リングの上に立っている。

「最近は、グラビアに出るような可愛いコが増えたね。ただ外見だけでなく、プロレスでもしっかりファンを魅了してほしい。私は今でも、可愛いコがヤラれ血だらけになるとワクワクしますから」

ダンプは「ヒールとして美女レスラーを今後もイジメぬきたい」と語る。

本誌未掲載カット

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撮影:加藤 慶

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