蒼井優、山崎努らの競演が光る『長いお別れ』想像と違う味わい
「認知症」がテーマの映画と聞くと、どうしても身構えてしまう。だが、蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努らが演じる『長いお別れ』(5月31日~公開中)を実際に観てみると、事前の想像とはかなり異なる感情に包まれる。『長いお別れ』はそんな作品だ。
この作品は、認知症になり徐々に記憶を失って行く父と、その家族の7年間の日々を描いている。『長いお別れ』という題名を見れば、物語の大きな流れは誰にでも想像できるだろう。
かつて、「認知症」が「痴ほう症」と呼ばれていた頃、「認知症」をテーマにした映画は、観客にとってあまりにもショッキングだった。『恍惚の人』(1973年作品。出演:森繁久彌、高峰秀子、田村高廣)や、『花いちもんめ。』1985年作品(出演:千秋実、加藤治子)などが代表的だ。
認知症の兆候・発覚。本人の悲嘆と家族のとまどい。介護の苦労や症状の進行。やがて訪れる悲しい別れ…。親たちがこうなるのか! 自分がこうなるのか!? 認知症の実態が、映像として赤裸々に描かれ、名優たちの体を張った渾身の演技が社会に衝撃を与えた。
――時は流れ、高齢化社会がますます進行し、「認知症」に対する理解や経験値は社会全体では高まってきた。とはいえ「認知症」が本人と家族にとって一大事であることは変わらない。
そんな時に登場したのが『長いお別れ』だ。
山崎努と松原智恵子の両親。竹内結子と蒼井優の娘たち。この4人を中心に物語は進む。
元・中学校校長で認知症を患い、ゆっくりと記憶を失って行く父親を演じるのは山崎努。過剰に劇的にしない枯れた演技が絶妙なリアリティを出していて、さすがである。
竹内結子が演じる長女は夫の転勤でアメリカで暮らすが、不慣れな海外生活や息子の子育てに悩みを抱えている。蒼井優が演じる次女は、仕事も恋も順風満帆とはいかず、こちらも悩んでいる。
それぞれの抱える問題が、父親の症状の進行と共にサイドストーリーとして、かなりしっかり描かれる。父親の認知症は一大事だが、そんなことはお構いなしに自分たちの人生もある、という感じで、『長いお別れ』が描く世界(あるいは、サブテーマ?)は広い。そして、竹内も蒼井も実に自然体の演技で、息のあった姉妹っぷりが実にチャーミングだ。
そして、この作品の最大の収穫(感動ポイント?)は、松原智恵子かもしれない。観客が期待する「松原智恵子が演じる母親像」が素敵にスクリーンに現れる。が、それだけに留まらない見せ場があって、「妻の想い」に心が震えてしまう。
タイトルロールでは、蒼井優が一番手。ついで竹内、松原、山崎の順に表記されているが、4人の誰もが主演であり助演でもある、見事なアンサンブルキャストになっている。
監督は中野量太。ずっとオリジナル脚本にこだわってきた中野監督だったが、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年作品。主演:宮沢りえ)が映画各賞に大量ノミネート&受賞を果たし絶賛される前に、この『長いお別れ』(原作・中島京子)のオファーを受けた。
「映画というのは、『今、撮らなければならない』、あるいは『今、必要だ』という点に価値があると思っている。『長いお別れ』は、そういう作品だと感じました」と中野監督は語る。
この映画は、失うものは大きいが、その過程で得るものや気づきがあること、そして継承さえも描いている。中野監督の言葉通り、「認知症」が当たり前になった日本だからこそ、まさに「いまこそ必要」な映画と言えるだろう。
自らの両親を想い、自らの行く末も想い、スクリーンと対話してみるのも悪くはない。中高年に限らず、若い人、結婚したばかりの人にもご覧いただきたい。そこには単なる哀しみ、とは別の感情が待っている。
映画『長いお別れ』 フォトギャラリー
- 文:羽鳥透