都城主婦絞殺事件 普通の奥さんを死に至らしめた「バイトと不倫」 | FRIDAYデジタル

都城主婦絞殺事件 普通の奥さんを死に至らしめた「バイトと不倫」

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第9回

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2005年、宮崎県都城市で発生した絞殺事件。被害者はごく普通の主婦で、なぜ人通りのない市道脇で遺体が発見されたのか不明点が多かった。当時、小野一光氏は関係者への取材を重ね、被害者が事件にあう直前にメールをした友人にたどり着く。その証言から明らかになった事件の真相とは。

宮崎地検から都城署に移送される容疑者(当時)。派手な柄物のパンツにトレーナー、サンダル姿だった
宮崎地検から都城署に移送される容疑者(当時)。派手な柄物のパンツにトレーナー、サンダル姿だった

宮崎県都城市で全裸に靴下だけという女性の遺体が発見された――。

そんなニュースが編集部に入ってきたのは2005年1月のこと。遺体発見から3日後に犯人が逮捕されたとの連絡を受けて、まず向かったのは都城市ではなく宮崎市だった。

出版社は記者クラブに属していないため、被害者や加害者についての情報を警察から得ることはできない。そのため新聞やテレビで流れる公になった情報をもとに、現場周辺に向かうことになる。だが、今回はとあるコネクションで、事前に宮崎県警を担当する記者から情報が得られることになっており、同県警本部がある宮崎市に立ち寄ったのだ。

そこで面会した記者からまず聞いたのは、被害者である宮崎県西都市に住む主婦・田代裕子さん(仮名=死亡時30)の家族や事件前にとっていた行動について。同記者は言う。

「裕子さんは52歳の夫と3歳の娘の3人で暮らしていました。遺体が発見された日の午後4時ごろ、夫に『いま宮崎(市)にいる。保育園に預けた子供を迎えに行ってほしい』との連絡を入れた後に姿を消しており、その3日後に夫が警察に届け出て、遺体の身元が判明したのです」

裕子さんの遺体が発見されたのは都城市にある市道脇で、周囲には牛舎と民家が点在するだけの、人通りのない場所だった。

「死因は絞殺でした。現場の周辺で女性用の靴とフード付きのジャンパー、長袖のハイネックセーターとズボン、さらに赤い下着が発見されています。彼女の身長は145㎝と小柄で、身に付けているのは黒い靴下だけ。髪は肩までの茶髪で、足の爪には赤いペディキュアが塗られていたそうです」

被害者の遺体が発見された現場は人通りのない寂しい場所だ
被害者の遺体が発見された現場は人通りのない寂しい場所だ

やがて通話履歴などから、裕子さんに不倫交際の相手がいることが浮上。彼女が行方不明になる直前にその男と会っていたことが判明したことから、緊急手配をしたのである。すると大分県別府市内の路上で男が見つかり、公務執行妨害容疑で大分県警によって現行犯逮捕されたのだった(のちに宮崎県警が殺人、死体遺棄容疑で逮捕)。

逮捕されたのは無職の萩原誠二(仮名、逮捕時37)で、鹿児島県出身の彼は窃盗などで10件の前科があり、前年秋に刑務所を出所したばかりの「札付きのワル」だった。

「刑務所を出所したときの身元引受人は暴力団関係者で、事件当時から逮捕時にかけて運転していたベンツは、知人の自動車販売店から無断で持ち出したものでした。事件が起きた日の昼過ぎに、裕子さんは女性の友人に『セイちゃん(萩原)と夕方から会うんだよ』とメールをしていたそうです。じつは裕子さんは今年になって、宮崎市内の風俗店で4日だけ働いていました。そこで萩原と出会ったのではないかと見られています」

私は当該の風俗店を訪ね、裕子さんが実際に働いていたことを確認した。だが、なぜ彼女が家族に隠れて風俗店で働いていたのかまではわからない。続いて西都市に住む女友達の元へと向かう。裕子さんが事件に巻き込まれる直前にメールを送った相手だ。

山間部の崖道をレンタカーでひた走った先に女友達の家はあった。彼女、川村文子さん(仮名)は、裕子さんとはなんでも話ができる間柄だったという。

「裕子ちゃんからご主人に対する不満を聞いたことはまったくありません。借金とかもありません。本当に明るくてほがらかな、普通の主婦だったんです」

裕子さんが22歳年上のご主人と知り合ったのは18歳のとき。2年間の交際を経て結婚し、3年前に出産してからは育児に忙しく、外に働きに出るようになったのは、前年からだった。

「そのときやっていた仕事も、自動車部品工場での組み立ての作業だとか、酒販会社での立ち仕事といった真面目なものばかりです。事件後に今年になって風俗店で働いていたと聞いて、すごく驚きました」

文子さんは、これまで真面目一筋できた裕子さんが、なぜ風俗の仕事に就き、萩原のような男に惹かれたのかわからないと語る。

「過去に浮気の話は1回もありませんでした。私が彼女から交際について初めて聞かされたのは事件の4日前なんです。電話口で『ベンツに乗ってる人と知り合った』と言うから、『どこで知り合ったの?』と尋ねると、『まあ、そんな細かいことはいいがね』とはぐらかしたんです。それでどんな人物か質問すると、『ハンサムで、親がすごくおカネを持ってて、なにも仕事をしなくても平気だと言ってる』って……。さすがに心配だったので、『大丈夫なの?』って聞いたら、『喋ったら全然怪しくないよ。大丈夫』と答えていました」

私が宮崎県警担当記者から、「萩原容疑者(当時)は警察の調べに対して、裕子さんにバッグを買って欲しいと言われ、かっとなって首を絞めて殺し、遺体を捨てたと供述している」と聞いたことを話すと、文子さんは「絶対にそんなことはない」とかぶりを振った。

「さっきの電話は午前中だったんですけど、じつは同じ日の午後にもう1回、裕子ちゃんと電話で話したんですね。そこで彼女から『(萩原と)会って最初のとき、なんかプレゼントしたいから欲しいものある? と聞かれたけど、知り合って間もないからよう言わんかった』と聞いています」

宮崎県警の調べでは、犯行前に裕子さんと食事をした萩原は、1万円以上するミュールを持参し、受け取るのを遠慮した彼女に無理やり渡していたことがわかっている。文子さんはため息混じりに言う。

「裕子ちゃんは田舎で育って純粋だったから、悪い男に騙されたんだと思います。こんなことで被害者の裕子ちゃんがまわりに誤解を受けてしまうと思うと、本当に悔しくてたまらないんです」

文子さんは友達の裕子さんに対する誤解を解くために、あえて取材を受けたのだった。

”風俗”や”不倫”といった煽情的な単語により、被害者にも落ち度があるとの印象を抱かせてしまいがちだが、じつは平凡な主婦が平穏な生活のなかで刺激を求め、ふと魔が差してしまったときに出会ったのが最悪の男であったため、最悪の結果を招いてしまった。それこそが、この事件の真相だったのである。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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