有名人を狙い撃ち 精鋭部隊「マトリ」が持つ強力な捜査権限
元取締官が語る「おとり、潜入、スパイ捜査。何でもアリ」の実態
「私たちの仕事は、『刑務所の塀の上で綱渡りをしているようなもの』と表現されます。取締官は売人や常習者など、違法薬物の当事者と常に接触している。その分、犯罪行為とも隣り合わせの場所にいるんです。だからこそ、ひとつ間違えれば違法捜査に手を染めたとして自分自身が刑務所に入ってしまう。本当にどう転ぶかわからない仕事なんです。そして違法薬物の捜査には専門知識や法知識も必要ですが、何より大切なのは人間力。いかにして取り調べで有効な情報を引き出し、鍵となるネタを持ってくるか。そのためにどのような距離感で捜査対象と接するべきなのかが問われています」
こう語るのは、元厚生労働省・麻薬取締官の高濱良次氏だ。
田口淳之介・小嶺麗奈両容疑者の逮捕で脚光を浴びた厚労省麻薬取締部、通称「マトリ」。特別司法警察職員として逮捕権を持ち、危険な現場に突入するため拳銃の携帯すら認められているクスリ捜査のエキスパートだ。マトリの取締官は全国で300人にも満たない。まさに超精鋭部隊である彼らは、ジャンキーになったタレントらのような”大物”を狙うことが多い。今年3月にミュージシャンで俳優のピエール瀧被告(52)をコカイン使用で仕留めたのも記憶に新しいだろう。
「田口・小嶺容疑者に関しては、自分たちが捜査対象になっているとは露(つゆ)ほども思っていなかったでしょう。常習者が自宅の見つけやすい場所に大麻を置いているなんて、無防備すぎます。瀧被告の捜査は半年にわたるものでしたが、それはマトリにしては相当時間をかけている。300人もいない組織ですし、目に見える結果を求められる時代になってきた。誰を狙って、どのくらい時間とお金をかけるか。費用対効果はいつも念頭に置いて動いているはずです」(前出・高濱氏)
マトリにとって何より強い武器となるのが、彼らだけに許された「おとり捜査」の権限。さらには水面下では「潜入」や「スパイ捜査」も行われている。
だが一方で、それが行き過ぎたことで事件化するケースもある。実際、’16年12月には奥村憲博取締官(46・当時)が、自らスパイとして囲っていた覚醒剤売人の逃走を助けるため、警察の捜査情報を流したことが発覚。奥村取締官は犯人隠避のために虚偽の供述調書を作成したとして、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕されたのだ。
「マトリは強力な捜査権が与えられている分、暴走すると歯止めがかからない危険性もある。奥村取締官のようにミイラ取りがミイラになってしまうんです。さらに近年、同じく違法薬物の捜査を担当する警視庁組織犯罪対策第5課(組対5課)とのライバル関係も激化している。手柄を立てることに焦るあまり、奥村取締官と同じような事件が起きてしまう可能性はあります」(全国紙社会部記者)
ターゲットを捕まえるためには何でもアリ。マトにかけられた常習者は、逃げられないのだ――。
『FRIDAY』2019年6月14日号より
- 写真:日刊スポーツ/アフロ
- 撮影:蓮尾真司