同性愛者中傷で解雇…W杯前にグラウンドを去った世界的「スター」 | FRIDAYデジタル

同性愛者中傷で解雇…W杯前にグラウンドを去った世界的「スター」

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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許容されない「引用」

バサッ。怪鳥の羽根の音が聞こえるようだ。いや聞こえた。跳ぶ。というより飛ぶ。空中を舞うボールの所有権はいつだってトンガの血を引く背番号15の手元にあった。

そう。「あった」。もはや過去形で記さなくてはならない。イズラエル・フォラウ。オーストラリアのみならず、まさに世界のラグビーの財産がグラウンドを去った。去らなくてはならなかった。

イズラエル・フォラウ/photo by Aflo
イズラエル・フォラウ/photo by Aflo

5月20日。解雇決定。オーストラリア・ラグビー協会(RA)との4年間で400万豪州ドル(約3億円)の契約は正式に打ち切られた。右か左か、ともかく、どちらかの手のひとさし指で小さなキーを押した。するとスポンサーからの報酬を含めれば、さらに巨大な収入が失われた。なによりスポーツの才に恵まれた者のスポーツを楽しむ機会はなくなった。それは4ヵ月後、9月20日開幕のワールドカップ日本大会の「顔」の消失も意味するのだった。

すべては4月10日のソーシャル・メディアへの投稿で始まった。同性愛者などに「地獄が待つ」。本人にすればクリスチャンの信仰の表明、聖書の引用なのだが、RAとしては許容できず、同国スポーツのスターの中のスターは、たちまち国際ニュースの主役のひとりとなる。昨年も同様の主張を発信しており、2度目とあって「反省ナシ」と受け取られた。本欄でも紹介したが、みずからゲイと明かした国際レフェリー、ナイジェル・オーウェンズら多くのラグビー人が声を荒らげずに、でも、深くたしなめた。

30歳の才能は「言論の自由」をめぐる法廷闘争の含みを残しつつ、ひとまずジャージィを脱がなくてはならない。ラグビーのエンターテインメントの灯にフタは落とされた。やむをえない。そして惜しい。あまりにも。

本欄で扱うラグビー(2013年~)、13人制のラグビー・リーグ(’07年~’10年)、オーストラリアン・ルールズ・フットボール(’11年~’12年)、普及や興行で競い合う3種の競技のいずれにおいてもプロ選手の経験を有する。明らかに非凡だ。17歳から常にフィールドの一線で力を発揮してきた。

193㎝、103㎏の細身のシルエット。ひとたび駆け出せば、幅の広いストライドは「超高速のスローモーション」のようだ。速いのに、ゆっくりと映る。サッカーや野球でもそうなのだが、本当に上手な選手は動いているのに止まって見える。冒頭に書いたように蹴り上げられたボールの争奪にめっぽう強い。ひょいとパスを投げ、すっと軽く動くと決まってそこにチャンスは訪れる。再びパスを受けてトライ。口笛吹く風情、リラックスしながら、ごく自然に完璧なコースを走っている。アロハシャツに短パン姿で高等数学を解く。そんな感じがした。

違いを認めぬ違い

シドニー郊外ミントにトンガ出身の両親のもと生を享けた。現在「(オーストラリア代表)ワラビーズのスコッドに40%、世界のプロ全体では20%」(ガーディアン紙)に達するパシフィック・アイランダーのラグビー選手には熱心なクリスチャンが少なくない。このほどの「地獄が待つ」に対し、トンガ系のイングランド代表ナンバー8、ビリー・ヴニポラは賛同の投稿をして、協会より警告を受け、スタジアムのブーイングにさらされた。

フォラウ自身は4月14日に語った。

「私は信仰を生きている。現役続行か否か、すべては神のおぼしめしであり、主の望みなら喜んで従う」(シドニー・モーニング・ヘラルド紙)
余波もある。オーストラリアの政界の一部には「信仰の表明について契約条項に含めてはならない」との主張も出てきた。「フォラウ法」なんて呼ぶ声もある。

ソーシャル・ネットワーク・サービスが根付き、仲間うちの会話や個人の内面にひそんだ「信仰と公正のせめぎ合い」は表に浮かんだ。言論の自由の範囲は。アスリートは一般市民と異なる規範をどこまで求められるのか。政治的妥当性を欠いた人間は選手生活をあきらめなくてはならないのか。スポーツ界の新しい問題とも解釈できる。

ワラビーズのマイケル・チェイカ監督はこう話した。「人には信仰の権利がある。私は100%、それを支持する。多様な人間がともにあることに賛成だ。それはチームにとって役立ちます。ただしチームが最優先でない場合は問題となる」(AFP通信)。ワールドカップの躍進に欠かせぬ格別なタレントを欠くことはさぞや痛手だろう。

フォラウのワラビーズでの同僚、デヴィッド・ポーコックは、人権尊重の意識が高く、同性婚の合法化のために運動してきた。日本のパナソニックにも在籍、世界最高のフランカーのひとりは今回の件について述べる。

「スポーツとして我々は『排斥せず』でありたい。人々がラグビーをするとき、だれもがその人のままであれるように。それがいま問われています。彼(フォラウ)が去るのは悲しい。本当に悲しい。ラグビー界が、安心できる場の創造のための活動を続けることを望んでいる」(キャンベラ・タイムズ紙)

違いを認め合ってひとつになるのが本物のチームであるなら、違いを認めぬ違いは、それが個性だとしても、チームにはそぐわない。さらば。楕円球の申し子よ。

※この記事は週刊現代2019年6月15日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。
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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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