がん遺伝子検査が保険適用 第一人者が語るメリットと課題点 | FRIDAYデジタル

がん遺伝子検査が保険適用 第一人者が語るメリットと課題点

一歩前進したが米国からは10年遅れ 中村祐輔医師に緊急インタビュー

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本誌のインタビューに答える中村祐輔医師。遺伝子パネル検査の保険適用についてメリットと課題点を語った
本誌のインタビューに答える中村祐輔医師。遺伝子パネル検査の保険適用についてメリットと課題点を語った

より患者に合った医療へ

「今回、がんの遺伝子パネル検査が保険適用になったのは、患者さんにとって喜ばしいことです。これは患者さん一人一人に適した治療をしていこうという『プレシジョン医療』が、ようやく一歩前進したことを意味します」

そう語るのは、「がん研究会がんプレシジョン医療研究センター」所長の中村祐輔医師(66)。がんの個別化医療に尽力するゲノム解析の第一人者だ。

6月1日、厚生労働省が「がんの遺伝子パネル検査」の保険適用を開始した。「がんの遺伝子パネル検査」とは、特定のがん治療薬と結びつきが強い、がん化に関連する遺伝子変異を次世代シーケンサーという解析装置を使って一気に調べる検査のこと。この検査によって、その人に合った治療薬を見つけるのが目的で、1回の検査で114~324の遺伝子を調べることができる。

検査が受けられるのは、国立がん研究センター中央病院をはじめとするがんゲノム医療中核拠点病院11病院と、それらと連携する病院156施設。

さらに、今回の保険適用で注目すべきは、その検査価格だろう。厚労省の決定で検査についた価格は56万円。70歳未満で年収約370万円~770万円の患者ならば、年齢や所得に応じて上限額を設定する「高額療養費制度」が適用されるため、自己負担は月8万円程度。他の医療費の負担を考えると、この検査費用の全額が実質的にはゼロになりうるケースもある。

気になるのは、この検査の対象者だ。今回の保険適用で対象となるのは、「標準治療をすべて終えて他に方法がない人。または稀少がん(小腸がんや肉腫など)や原発不明がんで受けられる標準治療がない人」。さらにその中で、主治医が化学療法をできると判断し、分子標的治療薬(がんの原因となっている特定の分子を狙い撃ちする薬)を投与できる体力がある患者が対象となる。

「そもそも遺伝子パネル検査は、その人に合う分子標的治療薬があるかどうかを調べるための検査です。これまでは肺腺がんに多い『EGFR遺伝子』や、大腸がんの『RAS遺伝子』など、特定の遺伝子変異に限定して個別に検査が行われていたため、多くの遺伝子を調べるには時間もコストもかかっていました。それがパネル検査で、がんの治療薬に関連する遺伝子を一気に調べられるようになったわけです。一般的な抗がん剤の有効率は20~30%ですが、その人に合った分子標的治療薬を使うと、有効率は60~70%というデータがある。何とか治療を続けたい、諦めたくないという患者さんに、新たな選択肢が見つかる可能性が広がったわけです」(中村医師)

もっと早く、もっと安く

こうした明るい希望が持てることは、患者や家族にとって朗報だろう。だが、現時点ではまだ手放しでは喜べない。この検査には、課題点も残されているのだ。

ひとつは、この検査を受けられても、必ずしもすべての患者に新しい治療薬が見つかるわけではないこと。実際に自分に適した薬が見つかる患者は10数%程度。さらに、新しい分子標的治療薬は保険適用になっていないケースが多く、薬価も高い。そのため、自分に合った薬が見つかっても治療を断念せざるを得ない患者も少なくないのだ。また、このパネル検査の制度自体にも、いくつかの疑問があるという。中村医師が続ける。

「まず、気になるのはコスト。56万円という検査代がはたして適正なのか、という点です。遺伝子検査の技術は21世紀に入って驚くほどの進化を遂げています。’00年からの17年で、遺伝子解析にかかる時間は約50万分の1に、経費は100万分の1になった。わずか100~300程度の遺伝子を調べるのに56万円は高すぎる。今の技術なら、すべての遺伝子を解析する『エキソン解析検査』を行っても、20~30万円ほどのコストでできるはずなのです。もっと患者さんや国の負担が少なくて済むと思います」

それだけではない。さらに、遺伝子パネル検査が行われるタイミング自体も、今後の課題として話し合われるべきだと中村医師は指摘する。

「今回、パネル検査が保険適用になったことで国が負担する医療費が増えることになる。その懸念からパネル検査の対象者を絞っていると推測されます。ただ、より早い段階で検査を受けられれば、まだ患者さんの全身状態が良好な状態で治療を受けることができる。そうすれば、薬の効き方も違ってきます。つまり、より多くの患者さんたちが救われることになるのです。いずれ、がんが見つかった時点で、誰でもエキソン解析ができるようになれば、がん治療は劇的に変わる可能性があるのです」

中村医師が語るように、日本のゲノム医療は現時点で世界的にも大きく遅れをとっている。実際、今回保険適用になった遺伝子パネル検査も米国ではすでに10年前に採用されていた方法なのだ。だが、今月から開始したパネル検査の保険適用が日本のがん治療にとって大きな前進となったのは間違いない。がんのゲノム治療は目覚ましいスピードで進化している。がんが撲滅される日も、刻々と近づいているのだ。

パネル検査の保険適用を決定したのは厚労省の「中央社会保険医療協議会」。患者の組織標本から中外製薬とシスメックス社の遺伝子変異解析セットで調べる
パネル検査の保険適用を決定したのは厚労省の「中央社会保険医療協議会」。患者の組織標本から中外製薬とシスメックス社の遺伝子変異解析セットで調べる

『FRIDAY』2019年6月21日号より

 

  • 取材・構成青木直美(医療ジャーナリスト)撮影(1枚目)濱﨑慎治

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