福岡3女性連続強盗殺人事件 子煩悩な父親の「異常性欲」

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第10回

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2004年〜2005年にかけて福岡県で起こった連続強盗殺人事件。05年に犯人逮捕の一報を受けたノンフィクションライターの小野一光氏は、現地に向かった。当時の取材メモから明らかになる犯人の素顔とは。妻子持ちで子煩悩な父親が「異常性欲者」として逮捕されるまでをレポートする。

99年に行われた結婚式で、幸せそうにウエディングケーキに入刀していた鈴木

2005年3月8日、”あの事件”の犯人が逮捕された、との知らせを受けたのは、大阪市での取材を終えてすぐのことだった。

電話をくれたのは友人の福岡県警担当記者。彼の言う”あの事件”とは、同年1月18日に福岡市で大手航空会社の子会社に勤める福田祥子さん(仮名、当時23)が、通勤途中に刺殺された事件のことを示す。事件発生後に私は取材に赴いていて、彼女の着衣に乱れがあり、さらに持ち物が犯人によって持ち去られていたことから、強盗強姦未遂ならびに強盗殺人であるとの認識があった。

その、福田祥子さんの携帯電話を持っていた福岡県直方市に住む男が、同日未明に占有離脱物横領容疑で逮捕されたというのだ。さらに同記者が続けた言葉に私は仰天した。

「それで、逮捕された男は福岡の事件だけでなく、飯塚の事件と、あともう一つ、北九州で昨年末に起きた事件にも関与しているようなんです……」

飯塚の事件とは、祥子さん事件の約1カ月前である04年12月13日の未明に、飯塚市に住む専門学校生の安川奈美さん(仮名、当時18)が、友人と会って帰宅途中に何者かに襲われ、絞殺されたというもの。私はこの事件の取材にも駆け付けていたが、やはり彼女の着衣には乱れがあり、所持品が盗まれていた。

さらに、取材はしていなかったが、04年12月31日の早朝に北九州市に住むパート主婦の大倉聡子さん(仮名、当時62)が、勤め先に向かう途中で刺殺され、所持品が奪われた事件にも関わっている疑いがあるという。

点と点が繋がるだけでなく、さらに新たな点もあったのだ。私は東京に戻ることを急遽取りやめて、すぐに直方市へと向かうことにした。

逮捕された男の名前は鈴木泰徳(逮捕時35)。職業は土木作業員で、妻と幼い子供2人がいるとのことだった。

夕方前に辿り着いた鈴木の自宅では、まさに家宅捜索が行われている最中だった。規制線が張られ、付近の住民が遠巻きに見ている。そのうちの1人に話を聞くと、「子煩悩で、子供を連れてよく出かけていた」とのことだった。だが後日、友人の記者に逮捕時の状況を聞くと、それはあくまでも彼が外で見せていた、ごく一部の顔に過ぎないことがわかった。同記者は語る。

「鈴木は祥子さんから奪った携帯を使い、出会い系サイトなどのアダルトサイトに頻繁にアクセスしていました。その理由は『通信料が惜しかった』というもの。携帯電話の電波で位置が特定できることを知らずに使い続けたため、2月中には容疑者として浮上していたようです。ちなみに、パチンコやスナック遊びなどで多額の借金を抱えていた鈴木は、看護師の妻から愛想を尽かされ、夫婦生活を拒絶されていました。身柄を確保されたときも、借金のことで妻に責められるのが嫌で自宅に帰れず、家の近くに停めた自家用車内で、祥子さんの携帯からアダルトサイトに接続している最中でした」

最初に被害に遭った飯塚市の奈美さんと、3番目の被害者である福岡市の祥子さんの着衣に乱れがあったことから、金銭強取だけでなく、わいせつ目的の犯行でもあるとの見立てがなされていたが、まさにその通りの男だったのである。

福田祥子さん(仮名)が殺害された福岡市内の現場

逮捕時に土木作業員と発表された鈴木だが、それは3件の犯行後に就いた職業で、犯行時は運送会社に勤め、トラックで生鮮食品などの配送をしていたことがわかった。鈴木が住む直方市は事件が発生した飯塚市、北九州市、福岡市を線で結んだ三角形の中心にある。彼が犯行に及んだ地域は、すべて仕事でまわる配送エリアだったのである。取材した運送会社の関係者は明かす。

「鈴木は去年12月13日の午前4時に福岡方面に向かって出発しているので、最初の事件は仕事前の犯行です。次の事件を起こした12月31日は休みでしたが、犯行現場は彼が仕事で使う田川市から北九州市に向かうルートのすぐそばで、保冷車のタコグラフを見ると、その時間より前に現場の近くで停車していた記録が残っています。さらに今年1月18日は午前3時過ぎに福岡市に向かい、納品作業をして午前5時から5時40分まで休憩。続いて午前6時から納品作業をしていますので、途中の休憩時間に犯行に及んだのでしょう」

鈴木がこの仕事に就いたのは、最初の犯行の2カ月前である04年10月のこと。しかし、それからわずか3カ月の間に3回の事故を起こし、1月22日に退職している。

直方市内の公立中学を卒業した鈴木は、鞍手郡宮田町(当時)にある公立の農業高校を経て、自動車関係の専門学校を卒業。04年5月まで実家の自動車整備工場で働いていた。高校時代の同級生は言う。

「高校時代からキレるとなにをするのかわからないところがあるので、誘いを断れずに何度か彼と飲みに行きました。店の女の子に寿司を持って行ったり、ボトルを気前よく入れたりするのでチヤホヤされていましたが、”いいお客さん”だから人気という印象でした」

直方市内には鈴木が行きつけのスナックが何軒もあり、そこで豪遊を繰り返していたのだそうだ。別の同級生も証言する。

「鈴木とは何度か直方で飲みましたが、結局は”ええかっこしい”なんですよ。店で大盤振る舞いをして、女の子の歓心を得たりするんが大好きやったんです。だけど、そんなことをするにはカネが必要やないですか。それで友達やら消費者金融なんかにカネを借りまくってました。借金取りがやってきて、あいつの親父さんが肩代わりしたことも何度かあったそうです。前に親父さんに会ったときも借金について『たぶん1千万円くらいあったんじゃなかろうか』との話を聞きました。あいつが整備工場を辞めたのは、奥さんに内緒で自宅を抵当に入れて数百万のカネを借り、それがバレて勘当されたからなんです」

この同級生は鈴木が00年の正月に出した年賀状を見せてくれた。そこにはその前年に行われた結婚式で、鈴木と妻がケーキカットをする写真が印刷されていた。彼は続ける。

「鈴木は奥さんが看護師をしよるとよく自慢してました。さっき話した自宅を抵当に入れた借金については、親父さんが弁済してくれてなんとかなったんですけど、その後さらにもう1回、自宅を抵当に入れて借金したのが奥さんにバレてしまったんですよ。それで夫婦関係は完全に破綻していました」

この同級生によれば、鈴木が妻に愛想を尽かされたのは04年9月だという。その翌月に彼は配送の仕事を始め、さらにはみずからの性欲を満たす相手を物色していたのである。そして最初の犯行に及んだのが12月のこと。以降、短かい期間のなかで身勝手な犯行を重ねていたのだった。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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